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第2話 誤発注の夢を見る

 

 ざっしゅ、ざっしゅと荷馬車は走る。


 ロバより一回り大きな、細身のアルマジロみたいな謎動物の一頭立て。ライオンみたいな手足なのに、リズミカルなトロットで走るんだこれが。途中、正真正銘の道草食っていたが、舌が長くて驚いた。


 たとえ夢でも、こんな面白い生き物が見れるなら、現実なんて爆発しても問題ない。


 ちなみにお迎えの姫様はというと、白いブラウスに青い厚手のポンチョ風マント、腕には手甲っぽいプロテクター、フレアのミニスカにニーパッド付膝上ロングブーツにハイサイソックス。そして……やめとこう。


 まぁそれはいい。


 あの後、散らばった『あかんヤツ』の残骸集めを手伝いながら、自身の状況を分析してはみた。


 とりあえず、お試し中の機械が原因なんてのはないだろう。21世紀半ばの現在であっても、機器の能力としてこの現象が起こせるとは到底考えられない。


 むしろ、就寝中に突然死して異世界転生した……てのが信じられたら楽ではある。


 やはり走馬灯? いやいや、ここは見たことも行ったこともない場所だぞ。迎えに来た彼女は、全く見覚えの無い子だ。それに、間違いなく今の自分自身が俺じゃない。


 細くて白くて綺麗な手を眺める。


 とりあえず、わからない。ほんとわからない。わからないならということで、俺は荷台から謎の銀髪美少女アンリ・マトス嬢の背中に質問してみることにした。


「アンリさん。どこいくの?」


「探題……管轄のサンザノの探題です。さっきやっつけたのは広い縄張り持った特殊個体(名持ち)なので急ぎで討伐報告しなきゃです」


「そ、そういえば、そうだ。さっきの黒いの何!?」


「あっ!、そういえば業地(ごうち)から出てこられたのでビックリしました」


「業地? っていうの? 向こう側って」


「はい。えーっと……あと、あの黒いのは……」


 それそれ、かなり知りたい。


 アンリの話はこんな感じだった。


 昔々、人は高い文明を持ち、豊かに暮らしていた。しかし欲は止まる事を知らず、争い、奪い、騙し、そして殺しあった。神はそんな人の有り様に怒り、その欲望を怪物にして突き返した。強欲な人々の住む土地は穢れ、永遠に人を罰し続ける……。


 怪物はクオン。さっき追っかけらたれ『あかんヤツ』もそれだ。穢れた地は業地(ごうち)。こちらから見た光の壁の向こう側、俺が墜落した場所はそんな呼び名だった。


「さっきの大きな手は?」


「想甲ですか?。クオンをやっつける武器です」


 神話っぽい厄災がリアルに存在していて、不可思議な武器でそれと闘っていた。彼女は職業として自主的に、時に要請に応じてクオンを討伐する民間の兵士。探題猟兵というらしい。


 冒険者とかハンターみたいなのかな。


 で、想? 装甲じゃなくて? 魔法的な何かなのか? 全体的に話がふんわりしてるし、ファンタジー系なのか?


 あ、ちなみに言語は問題ないようだ。俺には日本語にしか聞こえないし、表意文字らしきものは漢字として頭に浮かぶ。こちらの言葉もちゃんと現地の言葉に翻訳されているようだ。


 ただ、この体に関しては色々と違和感が半端無い。声も女の子みたいだし。


「ま……魔王とかいます?」


「まおう? いいえ?」


 魔王はいなかった。


 さっきからアンリがすごい怪訝な表情で見てる。やらかした感ハンパない。


「あの、なんか変ですか?」


「……その、落子さまって話せないと聞いていたので」


 え? そっち? 今更黙るのも変だし、このまま通す。


 そういや俺、落子(おちご)様っていわれたっけ。まぁ、確かに墜落はしたな。そんで落ちた場所にピンポイントで迎えが来てるってことは、ここでは俺みたいなのが珍しくないんだな。


「あの、落子って?」


「管理神ラーラ様が贈ってくださいます。えー……巫女様?」


 なぜ疑問形。まぁいい。俺の派遣主は神様なのか。


 つーか神様ならチート能力くれとは言わんから、説明もなしに大気圏突入(ダイナミック)出向はやめてほしい。それから着地点何とかしろ。いきなり死にかけたぞ。


「ラーラ様って?」


「天空に居られる星域管理三柱の一柱で、民の神です。落子さま以外にも薬草や良く育つ穀物の種を送ってくださいます。他に星象の神リット様、想理の神ベロナ様がおられます」


 民はわかる。星象? 想理? 造語が多いのはいかんぞと心中悪態を吐きながらも、それなりに会話も弾み、名前で呼び合う程度にはなった。


 とりあえず『ストラ』って名乗った。オンラインゲームの常用ハンドル名。本来はSTRATOS(ストラトス)。音声チャットだと、概ね『ストラさん』って呼ばれるので流用した。ここの言葉でも変な意味ではないようだしね。


 たぶんこの体、年齢的にアンリ嬢とそう変わらない。鏡を見たわけではないが三十路間近の平たい顔のおっさんではない。気軽にタメ口で話せるなら、それに越したことはない。しばらく同伴っぽいしな。


 それにしても、異世界だかなんだかの子と話してんのに、あんまり面識の無い親戚の女の子と話してる程度ですんでるのが笑える。海外旅行より楽だぞ。死にかけたけど。



 ◇



 業地と呼ばれる化け物の住処との境界、光の壁を左手に見ながら移動すること二時間ほど。生乾きの砂漠みたいな殺風景な風景に変化があったと同時に、現在地が小高い丘の上だと知った。


「ストラ。あれがサンザノだよ」


 アンリが指さす眼下には、かなりの高さの細長い塔と、その麓にびっしり張り付いた同じ形の白い箱たちが見える。雰囲気は地方都市からちょっと外れた集落といった風情で、規模的にたぶん車だと2分くらいで抜けちゃう感じだ。


 さらに進むこと1時間。町に近付くと周囲は5メートルほどの高さのコンクリート製と思しき壁で囲われていて、ガッチガチの最前線の様相を呈していた。


 一方で町の入り口には頑丈な門はあるものの、解放されていて出入りは自由。人の流れはソコソコある。なんか、出入りしてるのがほとんど一般人っぽいので、えらく長閑な雰囲気がある。


 壁は規格化された大型のブロックが整然と並べられたとても近代的な構造物だ。ただ近代というには住人の格好が画一的でバリエーションに乏しい。みんな教会の人みたいな姿で、流行ってレベルじゃない。


 宗教的か……それとも政治体制的なものだろうか。ひょっとしてアンリのシャツにマントにミニスカロングブーツっていう服装の方が変わってるって可能性があるな。実際、俺の格好はここの住人に近い。


 アンリは門番(たぶん)のおじさんに手を振って町に入る。


 町中の住居は、なんともシンプルだ。全戸例外なく7~8メートルぐらいの立方体。マジ四角い。大きさは違えど、基本的に四角くて白くて二階建てで窓が少ない。違いといえば、たまに色違いがある程度だ。


 ここまで徹底してると規格品かと思われる。地面からポコポコ生えてるみたいで可愛いのだが、某クラフト系ゲームの建築みたいだ。殴ったらブロックになりそう。


 御者台の銀髪美少女に軽い案内を受けながら、町の目抜き通りを進んで行く。道は固めた土みたいな質感で、電柱、信号などは見当たらない。


 なお、路肩の箱型家の前には競うように植物が植えてあって緑が多く、とても奇麗だった。何より目に優しい。


 あー思い出した、ギリシャの海辺の白い町。あれの建物の背を低くした感じだ。


 町の住人に挨拶しまくりながら、ほどなく到着した目的地は、恐らくここが『探題』だろう。規格品が3×5、15個ほど合体したような大きさで相変わらず四角いが、軒が出っ張ってたり看板が掛かってたりと賑やかだ。


 数台留まっている駐馬場に乗り付けて荷物を降ろす。


 さて、恐らくこれから『あかんヤツ』の討伐報告だ。落下地点でアンリがぶっ飛ばしたヤツ。ちなみに現場で集めた残骸は討伐証明だそうだ。ネームドだと言ってたので、名を聞くと『六本腕』。


 そのまんまですやん。


「ストラも、ほら! 行くよ」


「えーっと、私はここに……」


 問答無用でアンリに引っ張られて、一緒に探題に入る。聞いた範囲では準軍事施設みたいな場所かと思ってたが、なんというか割と出入りは緩いようだ。


 現時刻は恐らく夕方。施設の分厚い扉を開けると、わっと喧騒が耳に飛び込んできた。


 目に入ったのはテニスコートくらいの大きなフロア。中では十数名の人たちがたむろしていた。


 服装は地球(こちら)の物とそう変わらない。みな軍服に近い装いだが、制服ではなさそうだ。武装は特に無く装備はいかつめのプロテクターのみ。私見ではあるが鎧とか甲冑の類ではない。あくまでプロテクターの範疇に見える。


 それでも喧騒の半分くらいはカチャカチャという金属音が占めていた。


 アンリがそのうちの数人に挨拶すると、受付らしき場所に向かう。それからほどなくして、カウンター内の事務方が忙しく動き出すと同時に、フロアにいた連中も興味を向けだした。


 その後、探題ではネームドの討伐にちょっとした騒ぎになった。


 7期ぶりのネームド討伐! 相手は非常に隠密性の高い個体だったため半ば伝説と化していた『六本腕』! 二種討伐としては最年少記録更新! 汽力域での交戦にもかかわらず、想手甲のみで対抗し、ほぼ瞬殺!


 等々、ほとんど言ってる意味は解らなかったが、なんかすごそうだというのは解った。というか、そばにいたイカツイおっちゃんが、めっちゃ説明してくるので、アンリの後ろに隠れた。


 ちょっと悲しそうな顔したおっちゃんには悪かったけど、普通に怖いって。


 アンリは様々な年齢の同業から賛辞を受けながら、討伐の協力者として俺を紹介して回った。なんというか常連だらけの居酒屋に有りがちな絶妙な居心地の悪さ。


 まぁ、みな良い人ばかりなんだろうなとは思う。人相悪いけど。


 驚いたのは女性の多さ。この仕事けっこう危なそうなんだけど、お姉ちゃんもおばちゃんも普通にいる。その中にあって、アンリは飛びぬけて若い。


 その後、手続きと、討伐ネームドの広い縄張りの消失による影響の話合いが始まって、探題から出る頃にはすっかり日が落ちていた。


「アンリ。これからどこいくの?」


「んー……時間が遅くなったから、いったん家に戻るね。あした役所で市民とう……」


「?」


「市民登録と、落子さまの世話人選びです」


 そういや神様が勝手にぶん投げてるんだから身分も戸籍もないわな。


 再び、荷馬車での移動が始まる。少し冷えるな。飯食ってないけど大丈夫かな。あれ? そういやトイレも行ってない。


 知らない人にたくさん挨拶したせいか、ちょっと頭がグルグルする。人に酔ったか……いや、違うぞ。星だ。星が多すぎるせいで目がチカチカしてるのか。


 マジでどこだここ。夜空の三割くらい天の川だぞ。大洪水だ。


「ストラ。眠かったら寝てていいよ。ちょっと時間かかるから」


「うん。じゃぁ、そうする」


 瞼が重くなってる俺に気が付いたのか、アンリは鞄からショールを出すと渡してきた。受け取ったそれに包まり、三角座りで突っ伏した。


 ワッスワッスって感じの荷馬車に揺られながら目を閉じる。


 ぐるぐる回る思考に、昼間の赤い目が頭にこびり付いて離れない。状況をもう少し整理したかったが、本気で眠くなってきた。


 色々イベント詰め込みすぎだぞ、派遣主様。


 ほどなく眠気に誘われるまま、考えるのをやめた。


 白檀の匂いがした。


 自室の、ベッドの脇にある置物の匂い。全身に圧し掛かる布団の温もり。時計の音。エアコンの音も聞こえた。


 え? これ夢なのか……………………



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