第54話 一瞬の輝き
「以上、≪The Beginning of Summer≫でした! ありがとうございました!」
ハルルのアイサツとともに、全員が手をつなぎ、深々と頭を下げる。
大きな拍手。揺れるペンライト。
ああ、終わったんだね。
とうとう、みんなはデビューできたんだ……。
おめでとう。本当におめでとう。
みんながゆっくりと会場を後にする姿を見て、また涙があふれてくる。
「楓、泣きすぎよ……」
「都だって……」
もうハンカチがビチョビチョで使えないくらいボクらは涙を流し続けていた。
都が泣いているのを見て、また感極まって……。何とかうるさくならないように、声を押さえてむせび泣くのが精いっぱいだった。
だってさ、ボクたちはこの日のために準備してきたんだ。
これからトップアイドルになるためのスタートラインだってことはわかっている。わかっているけれど、でも、やっぱり、どうしても――。
みんな本当にデビューおめでとう……。
ダメだもう。涙腺壊れた。
「ミャコさん! カエデちゃん! やったよ~!」
ハルルが顔を紅潮させて戻ってきた。
あふれんばかりのまぶしい笑顔。
全力で手を振りながらこっちへ向かって駆け寄ってくる。
「春さんお疲れさま!」
都がハルルを抱きとめた。
遅れて他のみんなも戻ってくる。
「サクラ、ただいま帰還しました!」
みんなの顔に涙はない。まだ少し息を弾ませながら、リンゴのように真っ赤なほっぺたを震わせて、満開の笑顔の花を咲かせていた。
やり切った。すべてを出し切った。そんな晴れやかな笑顔をしていた。
「みんな……ホントに良かったよ……もう、会場の一体感とか……」
言いながらボクはまた泣いてしまった。
みんなをちゃんと迎えないといけないのに……。
「カエデちゃんなんやの~。あーしらより先に泣いたらあかんで~」
「だってさ……会場のファンたちが温かくて、増えていくペンライトの光を数えてたら、みんなが受け入れられたんだなって思えてきて……」
ダメだ……その光景を思い出したらもう声にならない。
都のぐしゃぐしゃのハンカチを奪って自分の顔に押し当てた。
「楓の言う通りで……みんな本当にかっこよくて、会場の雰囲気も最高で……とにかく最高だったわよ!」
「ステージは気持ちよかったですよ~。もっとたくさん踊りたかったです~。≪ビギサマ≫のサビの手前のところでみんなの振りがぴったり合ったところは最高で~、こう、こうですよ~」
都の賛辞にメイメイが答える。
身振り手振りでどう良かったのか、詳細に教えてくれていた。
「レイはどうだった?」
「わたくしは……みなさんの気迫に引っ張られて……なんとか最後まで踊れましたわ」
ウーミー(レイ)は、ぼんやりと宙を見ていて、どこか心ここにあらずといった具合だった。
見た目と声はウーミーなんだけど、レイっぽい行動で……うーん、やっぱり脳がバグる。
「ちょっと頭の中が混乱してくるから、何とか変換くんのチップ外してくれないかな?」
「サクラ、外します!」
サクにゃんが、すばやくレイの首筋からチップを外してくれる。
「さくらさん、ありがとうございます」
ああ、いつものレイの声だ。やっぱりこのほうが落ち着くね。見た目はそのままウーミーだけど、とりあえず声だけでも!
「オホン。あらためて、レイ。ステージは楽しかった?」
「はい。最初は頭が真っ白で無我夢中でしたけど、みんなで歌って踊れて最高に楽しかったです」
レイがボクを見て微笑んだ。
ああ、本当に良かった。その顔が見られて安心したよ。
≪初夏≫のデビューを、ボクたちが待ち望んだ8分間を心の底から楽しめたんだね。
「レイさん! みなさん!」
花さんに付き添われながら、ウーミーが関係者席から戻ってくる。
目が真っ赤だった。
「うみ先輩。わたし……」
「とても、最高に素晴らしかったですわ!」
2人のウーミーが抱き合う。
「わたくしの、わたくしたちの舞台を守ってくださって、本当にありがとうございます、ですわ」
「はい、とにかく必死で……みなさんに助けられながら、なんとかやり遂げられたんだと思います」
「ずっと見ていましたわ。最初の最初、一瞬だけ遅れた以外はもうそれはそれは完璧でしたわ」
おお、さすが厳しい指摘。
「最初本当に頭が真っ白で……すみません」
「いえいえ、大丈夫ですのよ。本当に素晴らしかったですわ。わたくし自身が舞台に上がっているのかと錯覚するほどでしたのよ。だから、『サツマイモラブ』のラストでハレンチなアドリブを入れたことも許しますわ」
え、ハレンチ⁉
もしかして、ラストのサクにゃんのほっぺたにキスしたところ? めちゃくちゃいいアドリブだと思ったけど⁉
「え、あ、はい。かなりテンションが上がってしまって……」
「サクラもびっくりしましたけど、曲のストーリー的にはありだと思いました!」
「で、でもキスは……過激すぎますわ」
ウーミーの感覚がピュアすぎる!
そうか、いつもウーミーのラストはサクにゃんの手を握る演出だったね……。あれがウーミーなりの恋のアピールだったわけか。
うーん、この先そういう曲が……どうするんだろ。まあ、なるようになるのかな。
「今日のデビューイベントは成功っちゅうことでええやんな⁉」
「ええと思います!」
全員が強くうなずいた。何度も何度もうなずいた。
「みんなお疲れさま。感動を分かち合っているところ悪いんだけど、ずっとここにいると邪魔になるから撤収よ」
花さんが撤収をかける。
そうか、ここにいたらスポフェス進行の邪魔だね。
「それでは一旦楽屋に戻って荷物を回収しましょう」
都が指示を出す。
「あ、でもウーミーさんはこのまま私と一緒に駐車場に向かいましょう。楓、私たちの荷物お願いしてもいい?」
「了解、リーダー。ボクが取りに行くから、都はウーミーに付き添ってあげて」
「ありがとうございますですわ。お言葉に甘えさせていただきますわ」
ウーミーが小さく頭を下げてから、都と一緒にゆっくりと歩いて行った。
「そうだ、レイもメイク落としてくる? こっちで荷物を駐車場まで運んでおくよ」
「そうですね。ありがとうございます。トイレで着替えてから合流します」
レイはうなずき、トイレに向かって歩き出した。
「じゃあ、残りのメンバーで荷物を片付けにいきますか」
* * *
楽屋が片付き、全員車に乗り込む。
車が発進し、あっという間に代々森体育館は見えなくなった。
ああ、終わったんだなあ。
長い時間をかけてデビューまでの準備をしてきた。当日もハプニング満載だった。
でも、本番は一瞬だった。
それはきっとデビューイベントだけではなく、これからのアイドル人生ずっとそうなんだと思う。
ファンと触れ合うこの一瞬の輝きのために、ボクたちはこれからも努力をし準備を続けるのだ。
大変だったけれど、充実した1日だった。
本当にデビューしたんだなあ。
全員の端末が一斉に鳴り、メッセージ着信を知らせてくる。
ん、せっかく余韻に浸っているのに……。
『1stシングル発売日決定、およびソロユニット曲発売決定』
なんだって、ソロユニット曲⁉
そんなの知らないぞ……。
第二章 学園・大学病院編 ~完~
第三章 シングル発売記念イベント・ソロユニット活動編 へ続く
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ここまでお読みいただきありがとうございました。
引き続き、第三章にお付き合いいただけると幸いです。




