第53話 10.9 デビュー
本番まで残り10分。
もうそろそろ体育館の入口まで移動しないといけない時間だ。
「みんな、集まってるわね?」
ハルルが周りを見渡す。
サクにゃん、メイメイ、ナギチ、レイ、都、ボク。
そして出ることはできないけれど、ウーミーも来ている。
「今日は私たちの大切なデビュー日。スポフェスという大きな舞台で前座を務める栄誉を賜ったわ。その栄誉に恥じぬよう全力を尽くしましょう!」
ハルルの力強い言葉に、ボクたちは全員深くうなずいた。
「私たち全員で舞台に立てる喜びに感謝を! そしてレイに特別な感謝を! Call Enchant! We Can! We Can! We Can! We Can! We Can definitely do it!<私たちなら絶対にできる!>」
ハルルの気持ちがこもった特別なエンチャント。
そして右手にブイサイン。ボクたち8人で星形を作る。ボクと都がここにいないシオとウタの分も両手を出して参加する。ダブルスターマーク完成だ。
「Are you ready? Our goal is to make lots of people smile. Let's enjoy the stage as usual today!<私たちの目標はたくさんの人を笑顔にすることよ。さあ、今日も普段通りステージを楽しもう!>」
『We are ≪The Beginning of Summer≫!!』
3分前。
会場の照明が半分落とされる。
ハルル、サクにゃん、メイメイ、ナギチ、そしてレイが会場の中へと進んでいく。
まだ席についていないお客さんもたくさんいる状態だ。ざわついた会場の中を5人が進んでいく。
がんばれ、みんな!
ここまできたらあとは楽しむだけだ!
5人がポジションにつく。
セットポジションで時を待つ。
定刻。
ミュージックスタート。
1曲目『The Beginning of Summer』が始まる。
会場のざわついた雰囲気が少しずつ収まりはじめ、ステージへと注目が集まっていくのを感じる。
「何が始まったんだろう」という興味の空気から徐々に変化し、注がれる視線に熱を帯び始める。
曲の最初からペンライトを振ってくれている観客は100人にも満たない。1万人のうちのたった1%だ。小さな小さな光。ボクたちの希望の灯。
それでも歩みを止めることはない。
前を向いて歩いていく。
たとえ見向きもされないとしても、たとえ冷めた目で見られたとしても、何も恐れることはない。
ここが最初の1歩なのだから。
そうだ。どんな偉大なグループにだって、最初の1歩はある。
でも決して孤独なんかじゃない。
それが小さな小さな光だとしても、後押しをしてくれる勇者たちがこんなにもたくさんいるのだ。
それを道しるべとして、ボクたちは歩いていく。
ありがとう。
さあ一緒に、ここから伝説を始めよう。
しかし曲が進むにつれて、手拍子の音がどんどん大きくなっていくのを感じていた。
彼女たちの魂の歌声に、全力のダンスに、そして彼女たちを鼓舞する勇者の光に、会場全体が飲み込まれていくかのようだった。
ありがとう。
君たちのおかげでみんなはステージに立っていられるよ。
ありがとう。
奇異の目に晒されながらも、ペンライトを振るのをやめないでいてくれて。
ありがとう。
君たちのためにボクらはがんばれる。
ありがとう。ありがとう。
もうダメだ。
目に涙がたまってしまって、みんなのダンスがよく見えない。
こういうの弱くて、もうちょっと立て直せそうにないよ……。
見かねた都がそっとハンカチを渡してくれる。
ごめん、1人だけ泣き出しちゃって……。
借りたハンカチで涙を拭いてから、そっと都の顔を見ると、都の目も真っ赤だった。
『The Beginning of Summer』が終わる。
しばしの余韻と静寂の後、ハルルが発声する。
「みなさん、こんにちは! 初めまして! 私たち~」
「「「「「≪The Beginning of Summer≫で~す」」」」」
一瞬間を置いた後、会場全体から割れんばかりの拍手が鳴り響く。
「私たち≪The Beginning of Summer≫は、なんと今日! 今まさにデビューしたアイドルグループです! ぜひ名前だけでも覚えて帰ってください!」
ハルルの言葉に会場から再び温かい拍手が鳴り響く。
「この伝統ある『スポーツフェスティバル』の中、私たち≪The Beginning of Summer≫が、今日こうしてデビューできたことを大変光栄に思っています」
堂々たる宣言。
ハルルがリーダーで本当に良かった。
「え~と、今お聞きいただいた曲は『The Beginning of Summer』という曲で、私たちのグループ名と同じタイトルになっています。日本語にすると『初夏』という意味なのですが、気づけばもうすでにすっかり秋めいてきてますね。でもでも、少し季節? 人によっては時間ですかね? を少し巻き戻してですね、初夏の甘酸っぱい青春の香りを存分に感じていただけたのではないでしょうか!」
少しの笑いとたくさんの拍手。
なんて温かい会場なのだろう。
「え~、名残惜しいもので、次が最後の曲となってしまいました~」
『え~今来たばっかり~』という100人の猛者たちの雄叫びが聞こえてくる。
「ありがとうございます。次の曲は『サツマイモラブ』という曲なのですが、今度はタイトルも秋! 今の季節にピッタリのダンサブルなラブソングとなっています。サビの部分は簡単な振り付けになっていますので、みなさまぜひご一緒に体を動かしてみてくださいね。スポーツフェスティバルの準備運動にもなりますよ」
ハルルのMCに乗っかって、席を立って屈伸運動などしてくれる人がちらほら見える。会場の人たちが運動会をするわけではないのだけれど、ノリの良いお客さんたちが集まっていてくれて助かった。
「それでは最後の曲をお聞きください。≪The Beginning of Summer≫で『サツマイモラブ』!」
ハルルのタイトルコールに合わせて、前奏が流れ始める。
さあ、最後まで全力でぶちかまそう!
みんながんばれ! レイ、がんばれ!
明らかに先ほどまでと会場の雰囲気が違う。
ペンライトの数が増えてきている。気のせいではない。
さっきまでの勇者100人による孤独な闘いではない。会場の半分……とまではいかないけれど、1000人、2000人、いやもっと多くの人がペンライトを振ってくれているのだ。
スポフェスの中休みには、他のアイドルグループのステージも予定されている。そのアイドルファンたちだろうか。ダブルウェーブのファンたちが≪初夏≫のことを認めてくれた、ということなのかな……。
ペンライトの数はアイドルの戦闘力にも等しい。
大きな後押しを、そして勇気をもらった気がした。
こんなにたくさんの人たちが≪初夏≫のことを認めてくれているんだ。
そう思うと……ごめん、またちょっと涙が。
ボク、なんでこんなに涙もろいの……。
みんなステージでがんばってるのに、ボクだけここで泣いてるわけには……。
都が再びハンカチを手渡して……すでにビチョビチョだった。
見れば都もめっちゃ泣いていた。
その姿に、ボクは感極まって号泣してしまった。
ごめん、あとは心の目で見させてもらう……でも、これだけの声援をもらえてるんだから、もう大成功だよね……。
ああ、曲が終わる――。
ラスサビのオーラス。レイ渾身のアドリブが炸裂し、サクにゃんのほっぺたにキスをして曲が終わった。
1曲目を超える万雷の拍手。前座の身に余る光栄。
やるじゃん、レイのアナリーゼ。
「いよいよこれから、スポーツフェスティバルが開催されます。みなさん、最後まで全力で楽しんでいってくださいね! 以上、≪The Beginning of Summer≫でした! ありがとうございました!」




