第42話 助けてマリえもん
「助けてーマリえもーん!」
「誰がマリえもんだ! ええい、泣きつくんじゃない。白衣が汚れるだろうが!」
「だってぇー、ファンの人たちがメイメイのことキャラ薄いっていじめてくるんだよぉー」
あれからエゴサしまくって、ファンの配信参加しまくって、出た結論が「メイメイはぜんぜんキャラが立ってない」です!
「きれいでかわいいだけって言われて、全然推してもらえないんですよぉ。悔しいよぉ」
メイメイは基本の行動原理も考え方も変わってるし、仲良くなれば魅力がわかってくるスルメタイプなんだよ……。おもしろいところはいっぱいあるけど、動画や配信でちょっと見ただけだとそれにあんまり気づかれにくいのが難点。
「それを何とかするのがマネージャーでありプロデューサーの楓くんの仕事なんじゃないか?」
「そうなんですけど! もうデビューのスポフェスまで時間がないんです! 何かヒントだけでも! プリーズヘルプミー!」
麻里さんのお知恵を拝借したいのです。
なんとかきっかけを……。
「うむ……かなり切羽詰まっているな。仕方ない、少し話をしようか」
麻里さんはボクをソファーのほうへと誘導する。自分は腕組みをして立ったまま、しばらく沈黙した。
「ありがとうございます。なんとか少しでも浮上の兆しを見つけたくて」
「よろしい。ではまずは基本的なところから攻めてみよう。楓くんはなぜ早月のファンになった?」
麻里さんもボクの隣に座って足を組む。2人で何も映っていないテレビの画面を見つめる。
なぜって――。
「ビビッときたんですよ。言葉では表現しにくいんですけど、インタビューの受け答えを見て、応援したいなって!」
「どうして他のメンバーではなかったんだ? あざとかわいい、チョロ優等生、巨乳お嬢様、おもしろ乙女、不思議ちゃん、後輩キャラ、いろいろ揃っていただろう?」
「もちろんみんな好きですよ。でも、目で追ってしまうのはメイメイだったんですよね。なぜだろう……魂の渇望、かな? ハハハ」
正直自分でもよくわかっていない。
メイメイを見ると心がざわつくというか、ずっと見ていないと落ち着かなくなるというか。
「では違う質問にしよう。楓くん以外の早月ファンは、早月のどこを気に入っていると思う?」
「うーん、よく言われるのが、やっぱり『顔』? あとは『スタイル』? CMや雑誌のモデルが多かったですから、入りやすいのは見た目、なんでしょうね」
認めたくはないけれど、ライブでの青のサイリウムはとても数が少なかった。冷静に考えると、アイドルとしてのファンではなく、タレントやモデルとしてのファンの比率が多かったのだと思う。
「アイドルとしての魅力は薄かったというわけだな?」
「悔しいですが……」
ボクにカリスマ性があって、もっとメイメイのファンを増やせていたら……。
「早月にセルフプロデュースは難しいだろう。いわゆる天然だからな。他人にどう見られているか、いまいちよく理解していない。理解していない度でいえば、零もそう変わらんが、理解しようと努力している分まだ改善の余地はあるな」
そうか。タイプは違えどメイメイもレイも他人とのかかわり方がわからないんだ。
「その点、楓くんは人たらしなところがあるから、それを彼女たちに教えてあげたらどうだ?」
麻里さんが突然こちらを向いて、ボクのあごを一撫でしてきた。
「人たらしって人聞きの悪い……」
「悪いことはないさ。楓くんもたいがい天然ではあるけれど、みんな君を放っておけなくて自然と集まってくる天然タイプだな」
ボクってそんな感じなんですか……。結構がんばってるつもりだし、しっかりしようと努力しているんですけどね……。
「レイがよく言っているだろう? 楓くんは『みんなに愛されている』と。レイが感覚的につかんで言っていることだろうが、実際その通りだと思うぞ」
「たしかに、みんなやさしいので甘えてしまっているところはあると思います」
「それで良いんじゃないか?」
「それ、とは……」
何かわかりかけた気がする……。
「何でも自分でやろうとする人間に、積極的に手を差し伸べようとする物好きはいないだろう?」
たしかにそうだ。変に手助けしようとしても、かえって邪魔になってしまうかもしれないし、そもそも望まれてもいないだろう。
「人の話を聞かない人間に、何かを語ろうとする物好きはいないだろう?」
まさにのれんに腕押し、ぬかに釘。徒労に終わるくらいだったら他のことに時間を使いたいものですからね。
「愛されたいと思っていない人間を、愛そうとする物好きは……いるかもしれないが数は少ないだろうな」
ああ、そうだ。……何かわかった気がする。
「メイメイは一方通行なんだ!」
そう、アイドルとしてはそれで正しいのかもしれない。でも――。
「『ファンを笑顔にしたい』というメイメイの目標はとてもまっすぐで正しいけれど、メイメイはファンから何も受け取ろうとしていないんだ」
「ふむ、続けてごらん」
「『ファンと一緒に成長したい』というけれど、メイメイの言う一緒に成長とは何を指しているのか。単にライブ会場が大きくなっていくことが成長? ファンの数が増えることが成長?」
そうじゃない。
「ファンは集合体なんかじゃない。1人1人が違う人間なんだ。おかれている立場は違うけれど、みんな苦しい現実に飲み込まれそうになりながら、必死に生きている1人の人間だ」
学生だったり、会社員だったり、主婦だったり、公務員だったり、もしかしたら定年退職した高齢の方もいるかもしれない。
「苦しい現実に耐えられなくなりそうな時に、メイメイの歌を聞いて、メイメイの笑顔を見て、一瞬でも癒されて、また明日からがんばろうって思ってもらえるような存在に……」
そうなるためにはみんなの痛みを知らないといけない。
「そのためにはファン1人1人が何を思って推してくれているのか。個人個人の想いの違いを受け取って、咀嚼して、それをパワーに変える必要があるんだ」
「やるべきことは整理できたか?」
麻里さんがペットボトルのお茶を投げて寄こす。
ボクはそれを受け取り、キャップを開けた。
「はい、イメージはつきました」
「よろしい。ではそのお茶を飲んだらさっそく精進したまえ」
「ありがとうございました!」
ボクはお茶を一気に飲み干した。
「なに、私は楓くんの壁打ちをしたに過ぎないさ。答えは君自身が出したんだ。自信を持て。以上だ」
「ありがとうございます!」
ボクは立ち上がり、深々と頭を下げた。
よし、帰ったらさっそく「ファンと触れ合おう大作戦」のスタートだ!




