第31話 9月1日のスケジュール
9月1日。朝。
ボクたち高校生の夏休みは終わり、2学期が始まる。
と、同時に今日は≪六花≫のデビュー告知日だ。事務所の公式サイト、各メディアの情報解禁は、だいたい夕方くらいと聞いている。
今日は始業式で午前授業なので、とくに問題なく事務所待機できるはず。
告知開始までそわそわしながら待とう。
ボクとレイがひさしぶりの制服に袖を通していると、2人の端末にメッセージの着信を知らせるメロディーが鳴り響いた。
「ん、なんだろう」
制服を中途半端に着たまま、ボクは端末を開いた。
『グループ名決定通知と本日のスケジュールについて』
おっと。当日にそうきましたか。
本文を読もう。
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グループ名決定通知と本日のスケジュールについて
新垣春・小宮桜・夏目早月・糸川海・水沼渚の所属するグループ名は下記に決定した。
The Beginning of Summer
9月1日のスケジュール
14:00 宣材写真撮影
16:00 デビュー前注意事項説明
18:00 情報解禁、プレスリリース配信、SNS運用開始
以上
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やはり、そうなりますか……。
≪The Beginning of Summer≫
ボクはボクなりにやれることはやってきたつもりだし、≪六花≫としてスタートするつもりだった。
これまで手ごたえはあった。前の≪初夏≫とは違う形でのデビューになりそうだと少しワクワクしていたんだ。
でも、こうなった。
運命は変えられないということなのか……。ボクはメイメイの運命を変えられるのだろうか。
「かえでくんはいったい何を考えているんですか?」
レイが心配そうに声をかけてくる。
「ボクの心の動きが見られるなら、レイには断片的にはわかっているんだろうけど、あえて言葉にしてはっきり伝えておくね」
この期に及んでレイ甘えて、「察して」では良くないと思うから。
「ボクはたぶん、ここより先の未来からやってきたんだと思う」
ずっと考えていたことだけれども、初めて言葉にした。
いまだにボク自身確証は持てていないけれど、おそらく高い確率でそうなのだろうという、ボクなりの仮説をレイに話していく。
「――というわけで、今から3年後、≪初夏≫が武道館ライブを成功させた後、メイメイが失踪してしまうんだ。お母さんの秋月美月さんと同じように表舞台から突然消えてしまう。そのことに絶望していたら……なぜかメイメイがデビューするより前の時間軸に、3年前のここに立っていたって感じかな」
自分で言ってても支離滅裂でよくわからなくなってくる。
なぜ? どうして?
そう聞かれてもわからないとしか答えられない。
ボクはここにいる。
それだけしかわかっていることはないのだから。
「たぶん、神様か誰かが、『メイメイが消えないようにおまえが救いなさい』って、デビュー前の過去にボクを送り込んで、メイメイのマネージャーにまでしてくれたのかなって思ってる。都合良すぎる解釈かな?」
自嘲気味に笑う。
レイもこんなこと言われて、急に信じられるわけがないよね。
「最近のかえでくんの精神の波長は、とても安定していました。ふわふわして迷っていた以前とはぜんぜん違います。師匠と会ったあとから、まるで別人みたいに……」
レイは独り言のようにつぶやき続ける。
「師匠と会って迷いがなくなったなら、それはよかったのかなと思っていました。でも違ったんですね」
「違った? 違ってないと思うよ。麻里さんのおかげでやるべきことは見えたし、覚悟が決まった。だから今は前向きにがんばれてると思う」
「わたしにはまだ人の心がよくわからないから、はっきり言葉にしてもらってようやくわかったんです。かえでくん、それは違います。間違っています」
ボクは運命を変える。
何が違うというのだろう。
≪初夏≫が国民的アイドルになって、武道館ライブを成功させて、その先のずっと未来まで、メイメイが笑ってアイドルを続けられる未来をつかみ取るんだ。
「かえでくん。≪六花≫いいえ、≪The Beginning of Summer≫のみんなが、デビュー後、たくさんのファンに囲まれて人気が出て、武道館でライブをするのを目標にするのはとてもよいことだと思います。わたしもその夢を一緒に追いかけたいです」
レイが大きく息を吸い込んで深呼吸をする。
「でも! さつきさんが失踪した未来がどうだとか、それを防ぐために神様が遣わせたとか、そういうのはぜんぜん違います。絶対に間違っています。もし師匠がそんなことを言ったんだとしたら、わたしが師匠に抗議しに行きます。かえでくんの人生はかえでくんのものです。誰かに与えられたものではないし、やり直しの道具でもないです。誰かのために使えと、神様や師匠に勝手に決められるものでもないんです」
ああ。レイはボクのために怒ってくれているんだ。
「≪The Beginning of Summer≫のみんなを、さつきさんを支えたいという、かえでくんの気持ちはとても正しい感情だと思います。それはかえでくんが自分で決めたことだから、自分で責任を取る自分の人生だからです。これからも自分の意思で、自分の未来を決めてください。たとえ、かえでくんが本当に今より先の未来からやってきたのだとしても、それはその時のかえでくんの現在なだけで、わたしたちがいる今は今なんです」
今は今、か。
誰かに決められた未来へと続くレールを走るために、ボクはここにいるわけじゃないってことだよね。
「わたしの好きなかえでくんは、迷いながらもみんなを導いて、不器用ながらもみんなのお手本になって、みんながなんとなく目を離せずに動向を追ってしまう、そんな人のはずです。誰かの意思で動かされるだけのあやつり人形とは絶対に違います」
「レイ、ボクのために怒ってくれてありがとう。そうだよね。ボク自身が決めないといけない。メイメイのために生きたいと決めたのはボクだ。麻里さんはボクの中にある答えを見つけるための問答をしてくれただけ。麻里さんに何かを決められたわけではないよ」
そう、何も決められてはいない。むしろ麻里さんは、ボクに仲間がいることに気づかせてくれた。
「『お母さんが会いに来てくれることを目標にするアイドルなんかに、ファンのみんなをしあわせにできるわけない』なんて、超絶えらそうに説教垂れておきながら、自分も同じことをしていたなんて……」
こうやって人に指摘されないと、視野が狭くなって間違った道に突き進んでいることって、なかなか気づけないものなんだね。
「ボクはボク自身のために、ボクの中にいる理想のメイメイを超えるために、メイメイをプロデュースするよ」
決まったな。
我ながらかなりポイントの高い笑顔をレイに向けた……つもりだったんだけど、レイの顔は引きつっていた。
「かえでくん……あと5分で学校に遅刻ですよぅ」
え、マジ? ボクまだ半分くらいしか着替えてないんですけど。
「わたしは先に行ってエレベーターを止めておきます。もう1人のわたしが着替えも手伝うのでできるだけ急ぎましょう」
レイたちが大活躍……緊急事態だから許される、のかな。




