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第6話 3502号室

「はい、そろそろお開きにしましょう」


 そう言って、花さんが両手をポンと叩いた。

 ふと見上げると、天窓から西日が差し込んできていた。 

 

 そして円卓の上を見ると、お菓子の残骸。

 あらかた花さんに食い散らかされていたわけだけど。ふむ……。


「今日は疲れたでしょう。片づけは私がやっておくのでこのまま解散にしましょう。あさって月曜日の17時にお越しください」


「はーい、ありがとうございました~」


 みんなそれぞれお礼を言ったり、頭を下げたりしている。


「契約書の件、必ず忘れずにね。学校が早く終わった人は17時より前に来ても大丈夫です。受付を通れるようにしておきます。それではお疲れさまでした」


 花さんはそう言いながら大きなゴミ袋を広げ始めた。

 

「七瀬さんと仙川さんは寮を希望していましたね。ここ片づけたら案内するので、悪いけれど少し手伝ってくれる?」


……寮ってなんだ?


「はい、お手伝いします。こちらの袋が燃えるゴミですか?」


 仙川さんがテーブルの上のゴミを分別し始めた。



「すみません、手伝いたいのですが、今日はもう帰らないと両親との約束が。すみません、すみません」 


「あ、うちも急ぎの用が~ありがとうおおきに~ほんならさいなら~」


 市川さんが高速でペコペコしながら、三井さんはなぜかニヤニヤしながら、それぞれ扉から消えていった。


「私は時間があるので手伝います」

  

 と、後藤さんが髪をシュシュでまとめて腕まくりする。


「そう? 助かるわ。そっちの燃えないゴミの袋を広げてくれる? 七瀬さんは掃除機をお願いね。絨毯が汚れていると怒られるのよ……」


「あ、はい」


 掃除機、掃除機。どこかなっと。


「あっちよ」


 花さんが白いキャビネット指さした。


「あ、はい」


 ひとまず掃除……ポテチを床にこぼしまくったの誰だよ。



* * *


 10分ほどで片付けも終わり、後藤さんは帰っていった。


「お疲れさまでした。それでは寮に案内しますね。もう部屋に荷物も運ばれているでしょうし」


「あのー、寮って」


 満を持して花さんに話しかける。


「んー食堂もあるし、ちゃんと3食出るわよ~。仙川さんは学校がある日はお弁当の用意もあるので忘れずに受け取って持っていってね」


「ありがとうございます。助かります」


 いや、食事の心配とかではなく。


「七瀬さんのことは保護者の方から伺っています。……つらかったわね。大丈夫よ。学校は無理に行かなくてもね……行きたい時にいけばいいのよ?」


 そう言いながら、花さんがハンカチで目元をぬぐった。

 

 え? ボク、不登校か何かの設定なの?


「2人は保護者の方からすでに同意のサインをもらっているので、さっきの契約書は内容を確認するためのものね。今夜しっかり読み込んでおいて。明日原本にサインしてもらうのでお願いします」


 すでに保護者(?)が契約書にサインしている……だったらさっきの審査的なダンスや歌はなんだったんだろう。いろいろよくわからない話だ。



* * *


「では寮に移動しましょう。と言っても、このビルの中にある住居スペースのことを寮と呼んでいるのよ。このビルの説明をしておきましょうか。まずは1階がエントランス。2階には食堂や日用品をそろえた店舗が入っています。3階から10階が執務室で、11階から15階には会議室やダンスや歌スタジオ、トレーニングルームなどがあります。16階から上が居住スペースです」

 

 なんだか本格的ですごい。なんでもそろってそう。全然覚えられないけど!


「住居スペース、いわゆる寮は、階ごとに男女の区画が定められています。スタッフも含め、専用のカードキーがないとエレベーターが止まらないようになっていて、エレベーターホールにセンサーが設置されているので、許可のない人物の侵入ができない仕組みなのね。そのあたり、安心してね」


 花さんが親指を立てながら自慢げに笑った。

 

「はい、これカードキー。ビル内のセキュリティ関係と身分証明も兼ねているのでなくさないようにね」

 

 ネックストラップがついているので首にかけてみた。

 ボクが青で、仙川さんが紫のストラップだった。


 社員証をぶら下げていると、なんだかオフィスで働いているスタッフっぽくていいな。


「2人の部屋は35階ね。3502号室。いきましょう」



エレベーターで35階に上がり、3502号室の前につく。エレベーターホールからすぐ近くの部屋だ。


「そこにカードキーを刺して」


「ここですか?」


 仙川さんがドアノブの下にカードキーを刺しこむ。

 ピーっと音がしてドアの鍵が開した。


 おお、高級ホテルみたい。


「荷物は運んであるので各自確認しておいてください。不足があれば2階にお店があるので購入できます。支払いはカードキーで。でも後でまとめて請求が来るので使いすぎないようにね?」


「ありがとうございます」


 仙川さんがお辞儀をして中に入ろうとしている。

 長い前髪がふわっと揺れて……でも目元は見えない!


「このあと19時から食事なので食堂へ。場所はすぐわかると思うわ。わからなければそれで連絡して」


 花さんはカードキーを指さす。

 え? これ、連絡もできるの?


「それは薄型のスマートフォン端末なので、音声通話、ビデオ通話、メッセンジャー機能もあります。オフィス内で働くスタッフの連絡先は自動的に共有されてくるので安心して。使い方は……若いしすぐ慣れるでしょう。2人とも若いし!」


 すごいけれど、雑!

 若さへの憎しみが半端ないな、この人。


「汗もかいているでしょうから、食事までにお風呂を済ませておきなさい。部屋に備え付けのでもいいし、女性用の大浴場は38階にあるのでそれを利用してもいいわ。そうそう、洗濯物は各自の専用ボックスに入れて40階のクリーニング室へ持っていってね。クリーニング後の受け取りもそこで。新しいトレーニングウェアなどの支給もそこで行われます」


 あ、はい。覚えることがたくさんで……。


「全部覚えなくていいわよ? 端末からマニュアルが参照できるようになっているから、迷ったらそれを見て。私に連絡してくれても大丈夫よ」


「ありがとうございます。これ、かな」


 仙川さんは端末を操作して、早速マニュアルを確認しているようだった。


「では19時にまた食堂で」


 そう言って、花さんが立ち去ろうとする。


「あのー、ボクの部屋はどこですか?」


 まだ案内してもらっていない。


「部屋? そこよ? 3502号室。ああ、しばらくは2人1部屋でお願いね」


 2人で1部屋……だと……。

 つまりそれは女子と2人で1部屋! 部屋には1つのベッド! 何か間違いが起こらないわけもなく……って、いやいやいや。


「それはさすがにまずいんじゃ……」


「まずいも何も今回のプロジェクトでは必須のことだから。ここは従ってちょうだい」


「でも、ほら、あったばかりの女子と同室なんて倫理的に……」


 花さんの頭の上にハテナマークが浮かんでいるようだ。「あなた何言ってるの?」という顔しないでください。


「仙川さんだって……、その……困るよね?」


 急に男と同じ部屋で生活しろなんて、ね?


「私は別に問題ないですけど?」


 あの……仙川さん?

 相変わらず前髪が邪魔をして目元が見えない。

 何を考えているんだ⁉


「もう、ごちゃごちゃ言ってないで早くお風呂に入っちゃいなさい! もうすぐ食事よ! 食事まで1時間もないわよ!」


 花さんはのしのしと怪獣のような足音を立てながら歩いて行ってしまった。

 食事食事ってそれより重要な問題じゃ……。


「えっと、とりあえず中に入りませんか?」


「あ、うん……」


 仙川さんに促されるように部屋へと入る。

 メカクレ女子に気を使わせてしまった……。



 中に入ると、廊下の突き当たり真ん中が広めの部屋になっていた。ソファーやテレビなどが置いてある共有スペースのようだ。

 部屋の左右に鍵のついた扉がある。左の部屋のドアに『七瀬楓』、右には『仙川零』というネームプレートが張り付けられている。


 ……ああ、そういうこと? ルームシェア的なね? ももももちろん知っていたからね⁉


「あの、七瀬さんはお風呂すぐいきます?」


「え? お風呂⁉」


「大浴場、38階でしたよね」


 この子マジか。もしや誘ってるのか⁉ いくらなんでもそれはアウトだよ……。


「えっと、きょ、きょきょ今日は部屋のほうで……」


 キョドりすぎてもはや不審者。だって心の準備がまだ……。


「そうなんですね。わたしはせっかくなので大浴場行ってみます」


 目の前の不審者に不審がることもなく、うれしそうにバスタオルを胸に抱く仙川さん。

 うん、いいと思うよ。純粋なままのキミでいてね。

 でも前髪は少し切ったほうがいい。


 これ、男だってバレたら捕まるよね……。

 夢でもさすがに逮捕はちょっと……しかしリアルすぎる。というか、これ、いつ覚めるの?

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