第14話 サツマイモラブ
「糸川海、18歳。今日からお世話になることにしました。よろしくお願いしますですわ~」
夕方、レッスン場に行くと、なんとウーミーがそこにいた。
お世話に⁉ 昨日の今日で⁉ 決断早くない⁉
「わ~い、先輩だ~。これから毎日一緒にシェフのスイーツ食べましょうね~」
メイメイがウーミーにハグをしている。
食堂の会員派閥が出てきてしまうのか。何をする集まりなのかわかってないけれど。
「ちょっと、夏目さん! いきなりっ!」
ウーミーの顔が真っ赤だ。照れている……のか? そういうキャラだっけか。もっとツンツンしているものだとばかり。ギャップがかわいいな。
「もう同じグループのメンバーなんだから、早月って呼んでくださいよ~」
メイメイのハグからは逃れられないっ!
「わかりました。わかりましたから、早月さん! 放してくださいまし!」
「えへへ。改めまして、糸川海先輩! 熱烈歓迎です~」
メイメイさん、もうハグはやめて差し上げて⁉ ウーミーの呼吸が荒く……過呼吸気味になってない?
「糸川先輩……いいえ、ウミ、今日からよろしく、ね!」
ハルルが緊張気味に握手を求める。メイメイにハグされたまま、呼吸を整えてにこやかにそれに応えるウーミー。メイメイサンドイッチ。うむ、すごい絵図だ。
「春さん、正式なリーダーになったのね。よろしくお願いしますですわ」
「こんにちは、海さん。≪六花≫加入のお話、受けていただきありがとうございます」
ウタが近寄ってきて恭しく頭を下げる。
ようやくメイメイから解放されたウーミーもスカートの裾を持ち上げ、小さく膝を曲げて応える。
「あら、詩さん。ごきげんよう。そんなに畏まらないでちょうだい。あなたはわたくしのバディなのだから、普段通りのあなたを見せてほしいですわ」
「そう、わかったわ。遠慮なくいかせてもらうわね」
ウタは頭を起こし、軽く右手を挙げる。
「それで良いですわ。アイドルとマネージャー、年齢は関係なくってよ。役割分担して、対等に高めあっていきましょう」
そう言って髪をかき上げたウーミーの目はキラキラ輝いていた。どんどん人間関係が構築されていく。コミュ力って大切なんだなあ。
それにしても、昨日は2人でどんな話をしたのだろう。
今日すでに練習に参加していることが答えなのだとは思うけれど、どんな話をしたのか、ものすごく気になる。
「遅くなりました! あ、糸川海さんね。私、マネージャーの市川都です。今日からよろしくお願いします」
遅れてやってきた都が挨拶をする。
都はすでにウーミー加入の話を聞いていたようだ。
「よろしくお願いしますですわ。都さんが春さんのバディね。なるほど、頼りにしてますわ」
早くも和やかな雰囲気で、少なくともここにいるみんなには受け入れられている様子。あとはレイがどんな反応をするかだなあ。
(わたしはみなさんがよければそれでいいです)
そうですかー。じゃあ早く来て挨拶したらいいじゃないですかー。
(わたしもいそがしい身なのですよ)
そういえばナギチがいないね。今日は2人で別メニューかな?
(さあ、そういった話は聞いてませんね。単に遅刻しているだけでは?)
ふむ? ではレイさんも仲良く遅刻ですか?
(すみません、電波が……また後でかけなおします。ツーツーツー)
いや、電話じゃないんだから……。
やっぱりウーミーのこと、苦手は苦手なのかな。わりと強引に誘っていたっぽいしなあ。
「ところで、みなさまは普段どのような練習をなされているのですか?」
「普段平日は基礎練中心。月水金はダンストレーニング。火木はボイストレーニング。土日は全体練習でその都度メニューは変わるわ。ちなみに今日の予定は、新曲のデモ配布となっているわ」
端末の予定表を確認しながらウタが答えた。
さすがスケジュール管理に定評がある詩お姉ちゃん! へえ、今日新曲のデモ配布なんだ!
「そうなんですの。オーディションの時の曲以外にもいただけるのですね。すばらしいですわ」
「9月1日にアップするMVはデビュー曲の……まだタイトル未定なのだけど。それ以外にインタビュー動画の合間や練習風景を撮る時に使うのが、今日配布される新曲の予定なのよ」
9月1日の時点では完璧でなくて良いけれど、10月9日のスポフェスでは合計2曲披露することになっているから、今のうちからしっかりと練習しないといけない。……いけないんだよ?
しかし、デビュー曲のタイトルが決まってこないのはなぜだろう。
今のところ歌詞もまんま『The Beginning of Summer』なんだよね。でもグループ名は≪六花≫だし……別にグループ名をデビュー曲にしなければいけないわけじゃないからいいんだけど。モヤッとする。
「わたくし、まだデビュー曲のほうから練習する必要がありますので、どなたかお付き合いいただけませんこと?」
ウーミーが辺りを見回している。
そうだよね。今から追いつかなければいけないのは相当な努力が必要だろう。涼しい顔をしているけれど、かなりきついはずだ。
「もちろん私が付き合うわよ。バディだから当然ね」
「詩さん、ありがとうございますわ。でもフォーメーションチェックもしたいので、楓さんもお付き合いいただけませんこと?」
「あ、はい。ボクで良ければもちろん」
こういう時に頼られるのは素直にうれしい。がんばろう。
(人数がたりなければわたしも呼んでくださいね)
レイさん、それはウーミーに直接言ってあげたら喜ぶのでは?
(どうしても人数がたりなければ……)
はいはい。
「おまえらそろっているか~? 新曲のデモを配布するぞ」
ダンスのチーフコーチがレッスン場に入ってきた。
ピリッとした空気があたりに広がる。
「いつも通り……そろってないな。桜と渚はどうした?」
「はい、おそらく仕事関係かと!」
「まあいい。都、あとで今いないメンバーにも展開しておくように」
「かしこまりました!」
都が最敬礼をする。
と言っても、デモ映像は社内ネットワークを通じて配布されるので、ここにいないと受け取れないわけではないのだ。
ではなぜ集まっているかって?
それは一体感とか、現場の雰囲気とか……あと、チーフコーチのしごきを受けるためですよ?
「ではまず、通して映像を流す。全体の雰囲気をつかめ。個人のパート確認は後でするように」
チーフの合図とともに、レッスン場の壁にプロジェクターから映像が映し出される。
あれ? この曲は……5枚目のシングルのカップリング曲『サツマイモラブ』だ。
ううーん。ボクの知っている≪初夏≫のリリース順だと5番目のはず? だけどスポフェスが秋だからこの曲なのかな。歌詞のわりにアゲアゲな曲調だし、前座には良さそうかも。
でもこの曲って、フォーメーションがダブルセンターなんだよね。サクにゃんとウーミーの。カップリング曲なのにライブでは毎回セトリに入ってくるくらい人気がある曲。『ビギサマ』に比べると、ダンスの難易度爆上がりなんだけど、しっかりモノにできたらけっこう良いかもなあ。
「わたくし、重要なポジションを任されるようですわね。気合入りますわ! いただいたチャンス、きっちりモノにして見せますわ!」
ウーミーがやる気だ!
がんばっていこう! 9月1日はすぐきちゃうからね!
あれ? そういえば≪初夏≫ってどこでデビューしたんだっけ。最古参じゃないからリアタイしてないし、ちゃんとは把握してないんだよね。でも≪六花≫と同じスポフェスではなかったような……。うーん、記憶がはっきりしないな。




