第13話 なんとかX
「こんなところに呼び出して何のご用事ですの?」
ウーミーが不審そうにあたりを見回している。
いや、ホントなんでこんなところなの……。
お昼時の食堂。めっちゃガヤガヤしているんですが……。
「先輩と一緒にシェフの新しいパフェを食べたくて~」
メイメイが巻物みたいな長さの食券を3枚、風になびかせながら戻ってきた。
これはまさか……。
「とうとう待望の新作ですよ~。『シェフがプリンから浮気するのも仕方ない⁉ パンナコッタとわらび餅が夢の共演! 共演の決め手はほうじ茶ラテ~これぞスペシャリテと呼ぶにふさわしい! いざ定番メニュー入りへ皆様ぜひ投票よろしくお願いしますバージョンX』がとうとう今日から食べられるんですよ~」
やっぱり裏メニューシリーズ! それで何? 名前がぜんぜん頭に入ってこなかったので、そのなんとかXの正式名をもう1回お願いします。
「夏目さん……あなたもそちら側でしたの……」
ウーミーが腕を組み、訳知り顔でうなずいている。
え、そちら側って何よ……。
「先輩がシェフのファンだってことはもちろん知っていましたよ~。シェフから聞いていますからね~」
「すでにシェフと会話できる会員グレードなのね。尊敬いたしますわ」
なぜか握手している2人。
何言っているのかまったくわからないんですが。
会員グレード? この食堂では一体何が行われているのかな?
「ええ、私の会員グレードはダイヤモンドですよ~。なんとこのメニューは私のアイディアからシェフがインスピレーションを得た新メニューですからね~」
「夏目様、わたくしはまだゴールドですわ。シェフと気軽に会話できる身分ではなくて……」
呼び方が夏目様になっちゃってるよ……。会員グレード怖い。
シェフってあの食堂のおばちゃんじゃないの? この間はわりとフランクにプリンアラモードを頼んでいたような?
「シェフは会員グレードなんて気にされない方ですよ~。好きなものを好きって言ってあげると喜びますから、気軽に意見しちゃいましょう~」
ということはやっぱり食堂のおばちゃんが謎のシェフか。もう知らんけど!
「あ、できたみたいなので受け取ってきちゃいます~」
メイメイがスキップしながら受け取り口へ。
メイメイのアイディアから生まれているし、めちゃくちゃ自信のありそうな商品名だから期待は高まるけれども。
「代理さん、今日は、その、零さんはご一緒ではないのかしら?」
ウーミーが急に話しかけてきた。
「あーっと、今日はボクとメイメイの2人ですね……すみません」
「いえいえ、謝らないでくだいまし。今日の呼び出しのご用件は、てっきり零さんのことかと思いましたが、違いましたのね」
「そ、そうですね。直接は……。メイメイが来たら改めてその話をさせてください」
「わかりましたわ」
ウーミーはにこやかにほほ笑むと、手元の端末をいじり始めた。
間が持たない。
メイメイ早く帰ってきて……。
手持ち無沙汰で、うつむきがちのウーミーをなんとなくぼんやり見つめてしまう。
まつげが長くてホントきれい……。まつエクやってたりするのかな。あー、チークの色かわいい。どこのブランドだろう。化粧品もレイに買ってきてもらっているばかりじゃ良くないし、自分でもお化粧覚えたいな。
「なんですの? じっと見つめたりして。そんなに熱い視線を送られると、わたくし照れてしまいますわ」
ずっとウーミーの顔を眺めていたら、目が合ってしまった。
しかも見つめていたのがバレてる!
「えっと、その、ウーミー先輩ってすごくきれいだなって。化粧品何使ってるんだろうって見ちゃってました。じろじろ見てごめんなさい」
「ウーミー先輩ってかわいい響きですわね。他の人にも広めようかしら。あなたのお化粧は、零さんに習って……いいえ、零さんにメイクしてもらっているのね」
「え? わかるんですか?」
「もちろんですわ。零さんの好みはここに寒色系を使うのが特徴ですわね。わたくしは、あなたになら、えっと……こちらの色のほうが合いそうに思いますの」
そう言って自分のポーチからいくつかのアイシャドウパレットを取り出し、並べて見せてくれた。
こんなに色がたくさん……。
「なるほど、勉強になります!」
「ちょっとたれ目の方は、目尻ばかりに気を取られがちですけど、目頭のほうもおろそかにせずに――」
「おまたせしました~。シェフの新作到着ですよ~」
ああ、メイメイの到着で貴重なメイク講座が!
「そんなに残念そうな顔しないでくださいまし。またいつでも教えて差し上げましてよ」
ウーミーが口元に手を当てて笑っている。
やだわ。そんなに顔に出てたかしら? 恥ずかしいですわ。
「新人のうちはマネージャーがアイドルのお化粧を直せたほうが何かと都合が良さそうですから、覚えて損はないのですわ。でも、ステージ用のメイクはまた違った難しさがあるので、最初からあまり気負いすぎないでくださいましね」
「はい、がんばってみます!」
そうかあ。ボクがメイメイのメイクを……重大な仕事だ!
「新作早く食べましょうよ~」
「ごめんごめん、新作楽しみだね!」
メイメイが持ってきてくれた……なんとかXは、見た目がわりとシンプルだった。
白い陶器の器に入った一見普通のパンナコッタ。
あ、でも、本来のパンナコッタは、見た目はプリンに似ているけれど、卵が入っていない分もっと白いはず。ああ、そうか、なんとかXはほうじ茶が入っているから、ちょっと茶色っぽいのか。
「夏目さん、大変貴重なものをありがとうございますですわ! さっそくいただいてもよろしいかしら?」
ウーミーの目が輝いている。
シェフのファンだもんね、そりゃ当然期待が高まっているよね。
「もちろんどうぞどうぞ~。先輩からぜひ~」
メイメイはウーミーの前に、なんとかXの器をトンと置いた。
「召し上がれ~。萌え萌えキュン~♪」
「え? 急にメイド喫茶⁉」
いや、メイメイ急にどうした⁉ 胸の前でハートマークなんて作って! 熱でもあるの?
「アカリちゃんが、人にサーブする時はこうしろって~」
ああ、そういうこと。アカリさんの教えを守って……なんてえらい子!
「夏目さんのおかげで一層おいしそうですわ~。『シェフがプリンから浮気するのも仕方ない⁉ パンナコッタとわらび餅が夢の共演! 共演の決め手はほうじ茶ラテ~これぞスペシャリテと呼ぶにふさわしい! いざ定番メニュー入りへ皆様ぜひ投票よろしくお願いしますバージョンX』いざ実食ですわ~」
スプーンを縦にして器の下まで沈めてから、ゆっくりと持ち上げた。
1回聞いただけの商品名を噛まずに言えるウーミーパイセンぱないっす……。
器の下から持ち上がってきたスプーンには、下にわらび餅、上にパンナコッタがきれいに2層に分かれて乗っていた。
おお、見た目も映える。
ウーミーのつややかな唇にゆっくりと吸い込まれていくスプーン。その仕草に思わず息を飲んでしまう。なんか微妙にエロい……。
「はふぅ~。これは絶品ですわ~。限界まで緩くしてあるわらび餅に、少しやわらかめに作ってあるパンナコッタがよく絡んで口の中で溶けあいますの。パンナコッタがほうじ茶味なのも和テイストでベストマッチ。星3つ、ですわ~」
ウーミー先輩大絶賛! まさに至福の時といった恍惚とした表情。
これは食堂のおばちゃんもニッコリですわ~。
「先輩がお好きな味で良かったです~。それでは私も失礼して……ん~おいし~!」
メイメイも満足そうな表情だ。うんうん、しあわせそうで何より。
それでは、ボクもいただこうかな。
おお、これはすごい!
パンナコッタが見た目よりも甘さ控えめで、ほうじ茶のお茶成分がしっかりと主張していて好みだわー。もしかしたら、もう少し薄くして、ドリンクにして販売しても売れるかも!
ボクたちはシェフのスペシャリテに大満足なのでした。
「おいしかったですね~」
「本当に。夏目さんありがとうございますですわ」
「どういたしまして~。じゃあ、先輩、私たちのアイドルグループに入って一緒にデビューしましょう~」
ええ、いきなりー。
経緯説明とかしようよ……。
「それはまた急なお話ですわね……。受けるにも断るにも、即答はできかねますわ」
ウーミーは真剣な表情で姿勢を正した。
ふざけていると取られなくて良かった……。
「えっと、ボクのほうから少し補足しますね」
慌てて間に入る。
ボクたちの今置かれている状況について。
デビューの条件のこと、アカリさんのこと、ボクたちの中でのウーミーの評価など、できるだけ包み隠さずすべてを話した。
駆け引きはなしだ。
「お話はよくわかりましたわ。それではわたくしのほうからも質問させてくださいまし」
ウーミーは腕を組むと、ボクに対して鋭い眼光を向けてきた。
「七瀬さんは正式加入されないのですか?」
想定される質問だった。
ウーミーはオーディション時のボクのパフォーマンスを見ている。その後初めて会った時も、気にかけてくれている様子でもあった。
「ボクのやりたいことは別にあります。ボクがやりたいのはマネージャーとして≪六花≫のみんなをトップアイドルに押し上げることです」
ボクはウーミーの眼光に負けないように、しっかりと正面から見つめ返す。
「代理としてのあなたのパフォーマンスは最高のものでしたわ。他の皆さんの実力に合わせて程よく抜けて目立ちすぎず、周りをフォローする余裕すら感じました。それだけの実力をお持ちなのに、あなたからは個性を感じなかった。それが答えなのですわね?」
そう、ボクはあくまで代理としてのパフォーマンスをした。そこにアイドルとしての表現は入れようもなかった。もし入れてしまっていたら、それはアカリさんの代理ではなく、ボクになってしまうから……。
「ウーミー先輩、そこまで見てくださっていたんですね。では、なぜ今日こうして先輩をお誘いに上がったのかも、すでにご理解いただけているものかと」
「先輩の巨乳が≪六花≫には必要なんです~」
ちょっと、メイメイは黙っていようか? ある意味それも間違ってはいないんだけどさ……。
「それなら零さんを加入させる方が早いのではないかしら?」
ウーミーはメイメイの失礼な発言にも、憤慨する様子はなかった。
ただ冷静に分析し、ビジュアルだけなら自分ではなくても成立すると、事実だけを述べてくれた。
「レイもまた、ボクとは違う理由でアイドルにはならない選択をしています。レイのことを熱心に誘われていたウーミー先輩のほうが理由はよくご存じなのでは? もちろんメイメイの言うことも一理あって、ウーミー先輩のビジュアルが強い武器になるというのは間違いないです。でも、それだけでお誘いするほど安い提案ではないつもりです」
ウーミー先輩はそれを聞いてしばらく黙る。
そして小さく息を吐いた後、こう言った。
「あなたたちの提案はよくわかりましたわ。結論を出す前に、わたくしのバディとなる予定の方とお話をさせてくださいまし。それは零さんではないのでしょう?」
「後藤詩というマネージャーです。これまで灰原灯を担当していました。早急に場をセッティングしますね」
よし、あと1歩だ。
あとはウタにすべてを託す。
詩お姉ちゃん……どうかお願いします!




