第9話 ハッピーエンドだった
レイから麻里さんに連絡を取ってもらったところ、あっさりと面会の承諾があった。
ただし「今回はボク1人でくるように」という条件だった。
なぜ1人なのか見当もつかないが、言われた通りに1人で行くしかない。それで真実に近づけるなら願ったり叶ったりだ。
「師匠が何を考えているか、わたしにはわかりません。でもあえて、かえでくん1人だけと強調しているということは、わたしには話せない何かを楓くんに話そうとしているということなのだと思います」
それはなんだろう。
アカリさんのことで、レイに話せないが、ボクにだけ話せることなんてあるのだろうか。
ああ、1つだけあったか……。
ボクだけに、アカリさんの声が聞こえていたことだ。
もしその話題が麻里さんのほうから出なかったとしても、あの謎は確認したい。
「まずは麻里さんに会って話を聞いてみるよ」
「危害を加えられるということはさすがにないと思いますが、師匠の研究室は特殊な保護がされていますので、師匠に許可されていないとわたしでも中に入ることはできません」
「つまり、覗き見もできない?」
「ええ、そうですね。予想ですが、おそらく念話も遮断されると思います」
そうか、本当にボク1人なのか。
麻里さんに聞かなければいけないことをまとめておこう。
アカリさんは今どこにいるのか。
アカリさんは復帰可能な状況なのか。
アカリさんの声はなぜボクにだけ聞こえていたのか。
シンプルに聞きたいことはこれだけのはずだ。
よし、行くか……。
「いってらっしゃい。かえでくん」
「いってきます」
レイに背中を押され、ボクは麻里さんの研究棟へと向かった。
* * *
「入れ、許可する」
扉の向こうから麻里さんの声がする。ブザー音とともにドアのロックが外れた。
「失礼します」
ボクは少し緊張気味に、研究室の中へと入っていく。
麻里さんはデスクには座っておらず、ソファーに座ってくつろいでいた。
「おう、きたな、楓くん」
自分のほうへ来るように目で指示される。それに応えてボクはソファーのほうへと近寄って行く。
「今日は1人だな。別に深い意味はない。たまには羽を伸ばしたいだろうと思ってな。零がいつも一緒だと疲れるだろう?」
「麻里さんの指示でしたので1人できました。レイといるのは楽しいので別に疲れたりしませんよ」
「そうか? ずっと思考を読まれ続けるのはつらくないか? 私だったらつらいなと思うぞ」
麻里さんは笑いながら、ペットボトルのお茶を投げて寄こす。
おっと。何とかキャッチ。
「まあいい。雑談でもしよう。隣に座りなさい」
「はい、失礼します」
少し距離を開けてソファーの端っこに座った。
「緊張しているのか? ここでは零に心を読まれる心配もないから、もっとリラックスして良いんだぞ?」
「いえ、別にボクはいつ心を読まれても大丈夫ですし、レイがボクの心を読んでいるのは、至らないボクのフォローをしてくれるためだと思ってます」
「なんだ、表面的な回答でつまらんな。楓くんもあれだろう? 零のわがままボディに欲情してガン見したり、触りたくなったりするだろう。それを相手に知られ続けるのはきついんじゃないか?」
麻里さん、なんでそれを……。うー、めちゃくちゃ痛いところをついてくる。さすがレイの師匠、なんでもお見通しか。
「え……と、そ、そそその、出会ってすぐの頃はそんなこともあったりなかったりして、冷ややかな目で見られたりもしましたが、でもなんかもう慣れたというか、吹っ切れたというか……そういう目で見てもレイは怒ったりしないので!」
ボクは何を言っているんだ……。レイは何も言わないけれど、ボクのダダ洩れの感情をどう受け止めていたんだろう。やっぱり心の中では軽蔑して……いや、でもレイはいつもやさしいしそんなことは……だけど……ああ、気になる!
「良いじゃないか。楓くん、なかなかおもしろいな。どうだい、零もいないことだし、私にも欲情してもらって良いぞ。たまにはロリロリも新鮮でいいだろう? ほら、好きにして良いんだぞ」
良いんだぞって……。目をつぶってボクの膝の上に寝ころばれても困るんですが……。
「どうした? 遠慮してないで、本能の赴くままに、ガバッと強引に服を破り捨てたって良いんだぞ」
「いや、そんなことしませんって……」
「なんだ、ロリロリは趣味じゃないか。残念だな。しかたない。趣味じゃないが、次は不二子ちゃん風ボディにでもするかな」
麻里さんは起き上がり、乱れた白衣をパタパタと叩くと、ソファーに座りなおした。
「では冗談はこれくらいにして、普段の零の様子でも話してもらおうかな」
ペットボトルの蓋を開けながら、麻里さんは言った。
このままではまずい。ここに来てからずっと麻里さんのペースだ。強引にでも本題に入りたい。
「あの! それはまた今度で! 今日はアカリさんの話が聞きたくて面会のお約束をさせていただいたのですが!」
なんとか言えた……。
「そういえばそうだったな。失礼。楽しくなってしまって忘れていたよ。では楓くんは何が聞きたいんだね?」
麻里さんはこちらを見ずにペットボトルのお茶をグビグビ飲んでいた。
「はい、まずはアカリさんは今どこにいるのでしょうか」
「灯の居場所か。うん、メキシコだな」
電源の入っていない真っ黒な巨大テレビを見つめながら、麻里さんが即答する。
これは用意している答え。
「ボクたちがアカリさんを最後に見たのは、本社ビルエレベーターホールの監視カメラの映像でした。アカリさんはカメラに向かって手を振り、そのまま忽然と姿を消した、その瞬間がしっかりと記録されていました。その消えた先がメキシコということをおっしゃってるんですか?」
建前ではない答えが欲しい。そのためにボクはここに来た。
「うむ……適当にあしらおうとして悪かった。では真実を話そう」
麻里さんはペットボトルをテーブルの上に置き、ボクのほうに向きなおった。
「映像の通りだ。灯は消えた。もう存在しない。以上だ」
以上だ、か。
予想していた中では最悪の答えだった。
「日本にもメキシコにも、どこにもいない、ということでしょうか」
「そうだ。灯は存在を維持できなくなって消えた。世界のどこにももう存在しない。灯が戻ることは二度とない」
もうどこにもいない……。アカリさん……なんで。
「何も悲観することではない。灯は役目を終えたと自分で判断しただけのことだ。彼女の中ではハッピーエンドなんだよ」
「役目を終えた、ハッピーエンド……。ごめんなさい、ぜんぜんおっしゃっている意味がわからないです」
消えて、なんでハッピーエンドなんだよ。
そんなわけないじゃないか。




