第8話 デビューの条件
「練習前に悪いんだけど、今からチームミーティングを行うわ」
花さんがボクたち全員に集合をかける。
深刻そうな表情にも見えるし、そうじゃないようにも見える。
いったい何についてのミーティングだろう。
「議題は何でしょうか?」
都が挙手して尋ねた。
こういう時、積極的に仕切ってくれる都がいてくれて本当に助かる。
ボクは黙って花さんの言葉を待てる。
「まずは良いニュースから。あなたたちのデビューの日程が決まったわ。おめでとう」
おう、唐突! めでたい!
オーディション合格後のスケジュールは共有されていなかったけれど、急に決まるものなんだ。
「わ~い、デビューです~! いえーい!」
メイメイとサクにゃんがハイタッチを交わす。
「いえーい! サクラたち、とうとうデビューできるんですね! 会社から発表もないし、オーディションの後どうなってるのか気になっていたんですよ」
「よっしゃ~、今日は練習を休んで祝杯あげるで~!」
「貴重な土曜日に練習をしないなんて、ダメに決まってるでしょ!」
「なんや~、ハルにゃんは固いなあ」
「固いとは何ですか、私は当たり前のことを言っただけで!」
正式なデビュー決定の発表に、4人のテンションは青天井で上がり続け、このままでは収拾がつかなく――。
パン、と花さんが手を叩く。
「デビュー日は10月9日。あなたたちにはダブルウェーブ主催のスポーツフェスティバルで前座を務めてもらいます」
「うひょ~、あの毎年プラチナチケット間違いなしの、代々森体育館で開催されるスポフェスで前座デビューや!」
ナギチが震えながらこぶしを振り上げる。
「そう、そのスポフェスね。それだけ事務所もあなたたちに期待しているということです。爪痕を残せるようにがんばりましょうね」
「私たちマネージャー陣も全力でバックアップするわ!」
「心強いです! サクラたちも準備をがんばらないと」
みんなのテンションがさらに上がっていく。
スポフェスはアイドルだけの祭典ではないのだ。ダブルウェーブ事務所が年間行事の中でもかなり力を入れている部類のイベントだ。秋の風物詩としての位置づけで、所属のアイドルを含む全タレントが紅白に分かれて行われる運動会のような形式で行われる。
つまり、ファン層がアイドルファンだけに偏らないため、幅広い層に認知してもらえる可能性が高い。
デビューイベントとしては、正直かなり大きなチャンスだと思う。
「デビューの告知を9月1日に各メディアに流します。同時に公式チャンネルの立ち上げ、プロモーション動画を配信します。ミュージックビデオ、インタビュー動画、自己紹介動画、各1本ずつ」
「動画! うちの専門領域やな!」
「よっ、シオセンセの本気を見して~や」
ド派手にいきたいね。どれくらいの人が見てくれるかなあ。うまく拡散されるといいんだけど。
「また同日に各自のSNSアカウントも開設して活動を始めてもらいます」
「いよいよサクラたち、本当にデビューなんですね! テンション上がりますっ!」
「桜さんはノリでつぶやかないように本当に注意してね……」
「はい……」
「リアルタイム投稿は禁止やで。必ずマネージャーのうちが確認してからの予約投稿にしような?」
「しゅん……」
ああ、サクにゃんが古傷をえぐられてしょんぼりネコに……。
でもまあ、SNSは慎重に運用しないと、何が問題になるか予想できないからなあ。瞳の中の映り込みまでチェックされるっていうし……。
「ただし、上から1つ、デビューのための条件が提示されているわ」
花さんが全員を見渡すように、ゆっくりと視線を移動させる。
条件? なんだろう。
「灰原灯の正式辞退を受けて、メンバーの補充を行うこと。必ず5人でグループを組み、デビューすることとする、だそうよ」
「なん、だって……」
吸い寄せられるようにウタのほうを見てしまう。
そこに何の感情も読みとれない。ウタは能面のように無表情だった。
これまで平然と振舞っていたけれど、アカリさんが消えてショックを受けていないはずがない。そして今、戻ってこないことが確定してしまった……。
「灯さんと連絡が取れたんですか⁉ どうやって⁉」
事情を知る都からすれば当然の質問だ。
アカリさんは監視カメラの前から消えた。その後どうやって連絡が取れたのか。
あの監視カメラの映像は、ボク、レイ、都、ウタ、あとからシオにも共有されているはずなので、マネージャーの5人だけが見ているのだ。
「ええ、事務所のほうに電話で連絡があったそうよ。ご両親の都合で帰国が難しくなったので本契約は辞退すると」
「それは……本当にアカリさんからの連絡でしたか?」
「これは上の決定よ」
花さんはボクの質問には答えなかった。
花さんは上の決定をボクたちに伝えているだけ。つらい立場なのだ。わかってはいる。
おそらくアカリさん本人から連絡などきていないだろう。でも、そういうことにして前に進むという判断が下ったということか。
正直やりきれないし、苦しい。
でもそれがみんなにとっては良いことなのだと思う。そう頭ではわかっていても、受け入れがたい。
みんなでここまでやってきた。それなのに、デビュー1カ月前に「はい、新メンバー」なんて……。
「アカリちゃん、戻ってこれないんですか……」
「家庭の事情か……どうしようもあらへん……」
「それでもサクラは一緒にデビューしたかったです……」
「アカリさん……私たちのデビューを遠くから見守っていてください……」
受け入れがたくも、それぞれ現実として受け入れなければいけないことを理解して前に進もうとしていた。
メンバーのみんなが受け入れようとしているのに、マネージャーのボクが割り切れなくてどうするんだ……。
(事情を中途半端に知ってしまっているわたしたちが苦しいのはしかたないです。でもまだ、師匠から真実を聞き出すという、逆転のチャンスが残されています)
そうだ、1カ月の間にアカリさんの所在がわかって連れ戻すことができれば!
絶対にあきらめない――。




