第5話 完璧で本物のアイドル
「飲み物は行き渡ったかしら? みんな未成年……よね? お酒はダメよ〜」
紙コップに注がれた茶色い液体を見つめる。
今のは黒川女史的なジョーク、なのかな。
そもそも飲み物は烏龍茶2リットルのペットボトルしかないから選択肢もなく。
「まずは合格おめでとう! 乾杯!」
遠慮がちに紙コップ同士をチョンとぶつけ合う。音が出ないので雰囲気微妙。
でもおいしい……。
踊ったり歌ったりテーブル運んだりで乾いた喉に、烏龍茶がスっと吸い込まれていく。心地よい苦味。
いや、お菓子多すぎてコップ置くところないんですけど!?
何個ポテチをパーティー開けするんですか……。
全部のポテチの袋の隣にチョコのポッキーをセットして甘いしょっぱいの無限ループ作らなくていいから。
「これでよし、と。まずは自己紹介よね。最初は……しゃべりづらいだろうから、私から簡単に」
そう言って、黒川女史はポッキーを1本手に取り、立ち上がった。
「改めまして、私は黒川花と言います。今回みなさんに参加していただくアイドル発掘プロジェクトの責任者です。気軽に花ちゃんって呼んでくださいね」
花ちゃんって……。
タイトなスーツが似合うスタイル。きりっとした眉。後ろでしっかりと纏められた髪にほつれはなく、どう見ても仕事できる大人の女性!
花ちゃんって無理が……ギリギリ、花さん……?
「ちょっと……黙らないでよ……。他のグループの時もこんな空気に。29歳独身彼氏なしの花ちゃん泣いちゃう……」
花さんが大げさな演技でシクシクと泣き出す。
悲しい個人情報が駄々洩れ……。
「花ちゃん……さん。そんなつもりじゃ。元気出してください。花ちゃん美人だし、すぐに素敵な彼氏だって……」
市川さんが慌ててフォローに入る。
やさしいけれど、それは禁句じゃ……。
「すぐっていつ!? もうあと10ヶ月と21日で30になるのよ! それまでに彼氏は? 結婚できる?」
「え、えーと、そ、そうですね……きっと」
花さんが市川さんの袖をグイグイと引っ張り続けている。
ほら、ガチのやつ……下手に触れるとケガする。
「わたし、実は占いに凝ってるんです。良かったら少し視てみましょうか?」
と、1人立ち上がる。
ちっちゃ! ボクより背が低い。
「ホントに⁉ 仙川先生! よろしくお願いします!」
花さん、目が怖いって。マジじゃん。
仙川先生と呼ばれたちっちゃな子が、花さんの近くに歩み寄る。
と、こちらを向き直り、深々とおじぎをした。
「仙川零です。16歳です。昔から占いが好きで、だんだん占うほうにも興味がわいてきて、今は趣味で人を占ったりしています。得意なのはタロットカードと四柱推命で、最近は星の勉強もしています。よろしくおねがいします」
仙川さんは早口でしゃべると、おじぎをやめて背筋を伸ばした。
前髪が長く、こちらからは表情が伺えない。
あれ? どこかで見たことあるような。ないような。
「はい、拍手。自己紹介ありがとうございました」
花さん、仕事忘れてなかったんだなー。さすが仕事できる系大人女子。
「それで! 仙川先生、私の運命の人は、婚期は!?」
はい、こちらは残念系残念女子。
「今から視ます。落ちついてください。まずは静かに座って、手のひらを上に向けて膝において目を閉じて……」
占いが始まってしまった。なんか本格的だし時間かかりそう。
マシュマロを1つ口に放り込む。
「あなたは占いに興味ないの?」
「え? あ、うん。……あんまり、かな」
びっくりした――。
それまでずっと黙っていた女の子に話しかけられた。
占い現場のほうを見ると、市川さんと三井さんは興味があるようで、仙川さんと花さんを囲むようにして覗き込んでいる。
「そう? めずらしいのね。女の子はみんな占いが好きなのかと思ってたわ」
そう言って4人のほうを見つめる視線はどこか冷めている。
「えーと、あなたは、その……興味ないの?」
ボクは居心地悪さを感じながら、なんとなく言葉を繋ぐ。
「あなたじゃないわ。私は後藤詩。よろしく」
「あ、ボクは七瀬楓です。よ、よろしくお願いします」
ボクは慌ててぺこりと頭を下げた。
「七瀬楓さんね。もちろん知っているわよ。私はね、ここに目的があってきたの。完璧で本物のアイドルを育てたいのよ」
「ホンモノのアイドル?」
「そう、完璧で本物よ。何があっても揺るがず、色褪せず、輝き続ける本物のアイドル」
後藤さんは右手で髪の毛を耳にかけながら、4人のほうに視線を向ける。
「完璧で本物のアイドル、見たくない? 今度は私の手で育ててみようと思ってるの」
完璧で本物。
それはきっとメイメイのことだ。
メイメイは完璧だった。本物だった。
だった……。
違う。
メイメイは今も完璧で本物なんだ。
たとえもうステージに立たないとしても……。