第7話 デートの最後尾はこちら
「カエデちゃん! この記事どういうこと⁉ MINAさんとデートって!」
土曜日の朝練前、レッスンスタジオでメイメイとストレッチをしていると、ハルルが般若の形相で突進してきた。
突進の勢いそのままに、自分の端末をボクの顔面に押しつけんばかりに見せてくる。というか、画面が完全にボクの鼻にめり込んでいるんですけど。
「ん、ああ、その記事もうアップされてるんだ。新聞部さんたち仕事早いなあ」
ボクも自分の端末を開き、記事をチェックする。
どれどれ、かわいく撮れているかなっと――。
『出会いのきっかけは、先日のオーディションのダンス動画を見て――完全に私の一目ぼれですね』
なんじゃこりゃー⁉
「カエくん、MINAちゃんとデートしたんですか~。取って食われたりしましたか? 手足は無事ですか~?」
メイメイがわりと真剣に、ボクの手足を触ってチェックしてくる。
ちょっと歩き疲れてるけど、手足は無事ですよ。
メイメイの中でのMINAさんってどういうイメージ? モンスターか何かなの?
そういえばボクの初登校の日に顔を合わせた時も、お互いにけん制しあっていたような。2人とも美人だし、なんか美人同士でのライバル関係だったりするのかな? 「クラスで1番は私よ!」ってメイメイはそういうタイプじゃないか……。
「カエデちゃん……いつの間にMINAさんと……親友の私には相談もしてくれないなんて……」
ハルルがその場で泣き崩れる。
いや、ボクも初耳というか、こんな記事になっているなんて!
「デートっていうか、結果的に新聞部の取材に付き合っていただけなんだけど……こんな記事になっているなんて! 誤解だよ!」
「じゃあこれは何⁉」
『今日は初デートなんです♡ お付き合い記念におそろいのアクセを買おうって代理ちゃんが提案してくれて。ホントにうれしかった♡』
「言ってない言ってない! なんか撮影の合間にキーホルダーをもらってけど、捏造だ!」
「え~おそろいのアクセ見せてください~」
捏造記事怖い!
キーホルダーは今部屋に置きっぱなしにしてあるから、また今度見せるね。
「じゃあこれは⁉」
『初々しい2人がハート型のカップルストローでメロンソーダを飲むも、緊張のあまり代理ちゃんがむせてしまい、MINAさんがやさしく背中をさすっている場面も。とにかくお似合いの2人に取材陣もニヤニヤしっぱなしでした。ごちそうさまでした』
「ええっ⁉ 飲んでる最中にMINAさんが脇腹をくすぐってきて、それで吹き出しちゃっただけだよ!」
「あ、このパンケーキ! 駅前のカフェのカップル限定メニューだ~、いいな~」
捏造記事怖い!
あ、このパンケーキかわいいよね! ハート形でクリームもピンクで映えなの。自分の端末でも写真撮ったから見てほしい!
「まあまあ、はるさん。かえでくんが言っていることは本当ですよ。MINAさんの取材に付き合わされただけのようですから、そのあたりで許してあげてください」
見かねたレイが、助け舟を出してくれた。
怒られるようなことは何にもしてないんだよー。
「そうなんだよー。MINAさんにメッセで呼ばれて行ったら、なんか新聞部さんたちがいてずっと取材に連れまわされて……」
「あ~ペットショップ! ワンちゃんかわいいです~」
「ね! トイプーとか飼いたい! 寮で飼ったらダメかなあ」
「寮でペットを飼うのには許可が必要ですね」
「許可かあ。降りるかな? メイメイ、今度見に行こうか!」
「わ~い、ペットショップ大好きです~」
「ちょっと! 私を置き去りにして話を進めないで!」
ハルルの鼻息が荒い。今日はどうした? 妙に絡んでくるなあ。
「うん、もちろんハルルも一緒に行こう?」
そう言いながら、手を差し伸べてみる。
ハルルもためらいがちに手を伸ばしてくる。が途中で手を止めてしまった。
「そうじゃなくて! デートの話よ、デート! 私だってしたことないのにMINAさんとだけずるい! 私ともデートして!」
ええ……。そこに怒ってたの……。
「え、でも、取材でデートってわけじゃなかったし……」
「2人きりで出かけたらデートです!」
「そうなの⁉ ん~でも、アイドルとマネージャーがデートしてたらスキャンダルで炎上しちゃうかもしれないし……」
「カエデちゃんは私のマネージャーじゃないし! それに人気モデルはいいの⁉ ずるいずるいずるい!」
困ったなあ。ハルルがここまで駄々をこねてくるなんて。そんなにこの記事が気に入らなかったのかな。めっちゃ楽しそうに書かれているから、うらやましくもなるか……。
「うーん。じゃあ、今度2人でどこか行こうか? 敷地内なら、まあ大丈夫だよね」
ちょっ、ハルルの無言タックル!
だから……いきなり抱きついてくるのはやめなさいって。
わかったわかったって。よしよし。ハルルも友だちとお出かけもしたかったんだね……。
「何かあった時のために、わたしたちもこっそりついていきますよぅ」
「メイカエレイ探偵団始動です~」
何かって何よ?
こっそりは事前に言っちゃったら、こっそりじゃないからね?
「コーチ! この記事は何ですか⁉」
般若の形相でサクにゃんが突進してくる。
「あ、そのくだり、もうさっきやったから大丈夫です……」
「なんですか、それ⁉ サクラにもちゃんと説明してくださいよ~」
サクにゃんが腕を引っ張ってくる。と、ハルルがそれを手刀で切って間に割り込んできた。
「デートは私が先だからね! サクラさんは私の後ろに並びなさいよね!」
握手会じゃないんだから……。ちょっとメイメイさん、『最後尾はこちら』看板用意しないでくれる?
「あ、そういう制度なんですね。ではサクラは2番に並びます! デート券はいくらですか?」
「1枚5分で1000円ですよ~。マネージャーのスケジュールは新米アイドルの私が管理しますよ~」
たっかっ!
メイメイ、それ仕事逆だからね?
「はーい、シオセンセの新作マンガやで~。『密着!ミーナ×メイプルのドキドキデート』を忠実に再現! 今から配信、っと」
ちょっと、シオセンセ! いきなりきて、話がややこしくなるようなことしないで!
まあ、せっかくの新作だから読ませてもらうけれども……。
どれどれ……。うーむ。なかなかに……。
「こ、これはちょっと過激じゃないかしら! え、これ、すごい! カエデちゃん、こんなハレンチよ!」
「それは創作だから……シオセンセに言ってあげて……」
捏造をさらに捏造すると、もう何が何やら……。
ねえ、ちょっと、そこの客席後方カレシ面の人、そろそろこの場を収めてくれないですかね?
(デートの尾行楽しみですね)
それ、ボクに言わないでくれない?
「みんな、そろっているかしら? 練習前に悪いんだけど、全体ミーティングを行うわ」
レッスンスタジオに入ってくるなり、花さんが全員に集合をかけた。
なんだろう、深刻そうな雰囲気だけど……。




