第6話 放課後デート
『今日の放課後デートしましょう♡ 16時に校門前に集合ね MINA♡』
突然届いたMINAさんからのメッセージ。
こ、これは⁉ IDも交換していないのになぜ!
デート! モテ期……じゃないですよね、はいはい、知ってます。知ってますよ? なんか思わせぶりな感じでデートとか簡単に言っちゃう女子のあれなやつですよね? ハートマークなんてすぐ勘違いされそうなものをけしからん!……あれ? ワンチャンある?
チラッ。
うーん、レイがツッコんでくれない……。
そわそわ。
MINAさんに視線を送ってみても、まったく気づく様子もなく、周りの子たちと談笑している。
うーむ。そわそわ。
(かえでくんにもモテ期がきてよかったですね)
時間差で⁉
(急に男の子っぽい反応するのがかわいくって、ちょっと眺めてました)
やめてよぉ、はずかしい……。
(人気モデルとデートなんてステキじゃないですか)
はっ! もしかして、デートした後に黒服の厳つい人が出てきて、デート代を高額請求されるといううわさの美人局⁉
(さすがにMINAさんはそういう人ではないと思いますよ)
うーん。じゃあなんだろう。もしかして、ボクのことが好き?
(それは違いますね)
即答ですよね、はい。
(おそらく、姫の王子様がどんな人なのか知りたいのではないかと予想しています)
あー、前に言っていたスクープのね。
別に王子様ってわけじゃないんだけどなあ。
(それはどうでしょうね。まずは放課後お話しされてみては?)
デートかあ。人生初だなあ。
(よかったですね。くれぐれも不純同性交遊には気をつけてくださいね)
何その聞いたことない言葉……。
(セクハラはダメですよぅ)
し、しないし!
(いやらしい目で見るのも禁止ですよぅ)
見ないし!
(へぇ)
何よ!
(別になんでもないですよぅ)
ううーん。まだ何もしてないのに何で責められてるの……。
* * *
「ごめ~ん。代理ちゃん、もしかしてけっこう待った?」
後ろから背中をポンと叩かれ、耳元で囁かれるセクシーボイス。MINAさんだ。
「ううん、いいいいい今来たところだよっ!」
きたー!
『人生で一度は言ってみたいセリフ第3位』とうとう言えたー!
「ごめんね~。帰りに先生につかまっちゃって遅くなっちゃった。でもなんかさ~めっちゃうれしそうなんだけど、もしかして待つの好きなの?」
MINAさんがケラケラ笑っている。
「ちがうよー、なんでもないよー」
うーん、笑っていてもやっぱりきれいだなあ。ボクと同じ制服を着ているとは思えないね。どこが美しいか具体的に言うと、とにかく体のラインが芸術的に美しい。頭のてっぺんからつま先まで一切の無駄がなく、人間の曲線ってこんなにも美しいんだなあって。絵心がなくても絵に描いてみたくなるね。
「な~に? そんなに見つめてきてどうしたの?」
ボクの視線に気づいたのか、MINAさんが距離を詰めてボクの顔を覗き込んでくる。
「えっと、MINAさんってやっぱりきれいだなあって思って。見てるとデッサンがしたくなるっていうか」
「美術得意なの?」
「ぜんぜん?」
「なにそれ~。やっぱり代理ちゃんなんかおもしろいね~。あ、そうだ。ちょっと付き合ってほしいところがあるんだけど、いい?」
「夕飯までに寮に帰れれば大丈夫ー」
「そっか、寮組だったんだね~。すぐ近くだから平気かな。そうそう、今日のこと、姫には言ってきた?」
「え、メイメイに? 言ってないけど……」
なんでメイメイに? 言わないとダメだったのかな。やっぱりメイメイのことが知りたいのかな?
「そっか! じゃあ、いこっか♡」
ナチュラルにMINAさんが腕を絡めてくる。
「え?」
ボクはびっくりしてMINAさんの顔を見つめてしまった。
「な~に? ダメだった……?」
MINAさんは腕の絡みを緩め、小首をかしげて悲しげな表情でこちらを見てきた。
「うううう、ううん、ぜんぜん!」
「よかった♡」
首が取れるかってくらい左右に振って否定すると、MINAさんはニッコリと微笑み、再びボクの腕を引き寄せた。
なにこれ、もうすでに楽しすぎるんですけどっ!
学園のビルを少し離れて、駅前の飲食街を腕を組んだまま連れ立って歩く。
と言っても大波中央駅も含めて、この一帯がすべて会社の私有地らしく、許可証がない者は立ち入りができないのだ。つまり周りを歩いているのは、学園や病院などの関係者だけなので、人気モデルのMINAさんが顔を隠すこともなくボクと腕を組んで歩いていても週刊誌に撮られることなどないわけで……。
「大波中央新聞部の者ですが、取材させていただいてもよろしいでしょうか?」
週刊誌に撮られることはないわけで。
週刊誌ではなく、『新聞部』と書かれた緑色の腕章をつけた2人組である。
「もちろん大丈夫よ」
MINAさんはボクの腕をさらに自分の体に引き寄せながら、にこやかに新聞部さんの取材に応じる。
「ありがとうございます。さっそくですが質問を。お2人はずいぶん仲良さそうに見えますが、どういったご関係ですか?」
さっそく丸メガネの記者風の人が端末のマイクを起動させながら、MINAさんに質問を始める。後ろの長身の人がビデオカメラを回し始めた。
「え~と~、どうしようかな~? ご想像にお任せします♡」
MINAさんが少しかがんで、自分の顔をボクの顔に寄せてポーズを取る。
今のところただのクラスメイトなんですが……。
「そちらの方は……転校生の七瀬楓さんですね?」
「え、はい、そうですけど」
何でボクの名前を知ってるの⁉
「なんで自分のことを知っているのか、という顔をされていますね。それはなぜか⁉ 我々が新聞部だからです!」
2人そろってピッカピカのドヤ顔! ま、まぶしいっ!
まったく答えになっていないのになんでこんなに堂々としていられるのか……。
「そ、そうですか……」
「冗談はさておき、『代理ちゃん』で一躍、時の人となった七瀬楓さんを知らない者なんて我々の業界にはいませんよ。まずはオーディション合格と本契約おめでとうございます」
「え、あ、はい、ありがとうございます」
我々の業界とは……?
「オーディションのお話などは別で取材の申し込みをさせていただいておりますので、その際はまたよろしくお願いします」
記者さんが頭を下げてきた。
そういうインタビューもあるのね。まあ、あるか。雑誌とかでよく見るやつだ。まあ、マネージャーは段取りをしたりするだけだけどね。
「さて、『人気モデルMINAさんと≪六花≫代理ちゃんが白昼堂々放課後デート!』というスクープ記事で次の一面を取りに行きたいと思っているのですが――」
記者さんが万年筆風タッチペンをなめる仕草をする。かっこうといい、仕草といい、この人めっちゃ形から入ってくるな……。
「それいいわね! 派手にやっちゃってちょうだい!」
MINAさんが記者さんの肩を叩いて喜んでいる。
そういうのって隠し撮りした写真で記事を書いて、載せられたくなかったら金払えー的なものだと思ってたわ。こんなにちゃんと対面で許可取りながら取材するものなんだ……。
「ありがとうございます! ではどこか場所を変えて、デート中の写真を撮らせていただきたいのですが」
「そうね~。まずはあそこのオープンカフェで――」
* * *
オープンカフェ。本屋。ペットショップ。ゲームセンターと回り、ビデオと写真を撮られまくった……。
MINAさんと記者さんの質問に答える流れで、ボクはくっついて回って言われるがままにポーズを取らされていただけだった。
最初のほうは聞いていた質問の内容も、途中から全く頭に入ってこなくなった。
新聞部さんたちから解放された時には、もうすっかり夕方になっていた。たっぷり2時間はかかったと思う。
MINAさんは細やかに気が利いていてエスコート上手だし、新聞部さんたちも取材費でいろいろごちそうしてくれたから楽しかったけれど……行きかう人たちにも見られまくって、ホント疲れた……。
「あ~楽しかった! 今日は付き合ってくれてありがとね、代理ちゃん」
「は、はあ……」
「何疲れた顔してるのよ。これからデビューしていくなら、こんな取材は山ほど受けないといけないだろうし、もっときつい仕事もいっぱいあるわよ?」
MINAさんの背筋はピンと伸びていて、長時間の取材にもまったく動じていない様子だ。モデルさんってすごいな……。
「ボクは裏方なので……」
「その一言で許してくれるほど、芸能の世界は甘くないわよ、っと」
MINAさんに腰のあたりを軽くたたかれて、ボクは前につんのめってしまった。
「体幹! 疲れている時ほどもっとシャンと立つ! ダンスはあんなにできるんだから、瞬発力だけじゃなくて持久力も鍛えなさいよ!」
振り返ると、厳しい言葉とは裏腹に、MINAさんは目元やさしく微笑んでいた。
そうか……この人は本当に善意で言ってくれているんだ。良い人だなあ。
「今日はありがとうございます」
「そうそう代理ちゃん。私これからちょっとだけ、まじめなこと言っちゃうね?」
MINAさんはそう前置きして、深呼吸を1つ。それから一気にしゃべりだした。
「代理ちゃんがこのままマネージャーとして生きるのか、それともそうじゃない道を進むのか、選択を迫られる場面がきっとくるわ。その時、準備ができていないから消去法で残った道を選ぶことがないようにね。たくさんの選択肢が用意できるのも芸能界で生きていくうえで大切なことよ。今のうちにできることは全力でやっておくこと! いいわね?」
「はい……」
ホントにまじめな話だった。
「言われたことやできることをやります、というだけでは芸能界で生き残っていけないわ。自分がやりたいことが人より目立ってできる。そうなって初めて、人前に立つ資格があると私は思うの。だから絶対に流されてはダメよ」
夕日を背に逆光で立つMINAさん。
長くまっすぐに伸びた黒くて濃い影は、MINAさんがこれまで歩んできた道のりのように見えた。
自分の足でしっかりと立っている人。その言葉には確かな重みがあった。
ボクの進む道はボク自身が選んでいかないといけない。選ぶための選択肢も自分で作らないといけない、か。
とにかくがんばらなきゃな。




