第2話 脳内に直接!
2時間目の授業は普通に始まった。
なんだ、やっぱり花さんが特殊パターンなだけか。
生物。今の単元は……なるほど、まあ、一通り勉強した記憶があるから平気そう。
担当教諭は若い女性の先生が教科書を読み上げながら、淡々と授業が進んでいく。
ちょっと退屈。でも、先生の声がかわいいし、聞いていられるかな。
(まったくかえでくんは浮気性ですね)
レイの声が……なんだと……脳内に直接⁉
(昨日の夜、ナウシカのマンガを読んで、そこからヒントを得たんですよぅ)
まさかの念話を⁉ あれを実際試せる人は普通いないからね?
(念話は授業中とっても便利ですね!)
すみませんが、ボクは一般人なので、念話ができる仲間みたいに扱うのやめてね?
(かえでくんにしかつながらない念話なので、糸電話みたいなものですよぅ)
念話が糸電話代わりとは……。
(そんなことより)
念話がそんなこと扱いですか。
(そんなことよりですよ。誰かに話しかけられるたびに、自分のこと好きかもと思うのはやめたほうがいいですよぅ)
あいたたたた。初手から即死攻撃やめてもらってもいいですか。
だって、しかたないじゃん……。前は掃除当番代わる時くらいしか、女子に話しかけられることなんてなかったんだよ……。
(最近安定していた感情の波が、今日急に乱れまくりでこの先が心配ですよぅ)
女子高に潜入するなんて、緊張しないわけないじゃん……。挙動不審になっちゃうくらい許してよ。
(この学校は人間関係が少し特殊ですから、気をつけたほうが良いことを教えますね)
美人しかいないしちょっと怖いよ。芸能関係の人ばっかりだからなのかな。
(まず初めに、みんな派閥意識が非常に強いです。どこに属するかによって敵か味方か判断していく人が多いです)
まずはじめに派閥ですか。そうですか。ボクの肌には合わないっていうか、隅っこで体育座りしているので派閥争いは許してもらえますか?
(事務所と本契約している人・グループは学園内でも少数です。基本的には本契約者を中心に派閥が形成され、仮契約の人たちが、どのメジャーグループの派閥に入るか、といった選択を迫られることになります)
意外とそういうものなんだ。みんなデビューしている芸能人ばかりなのかと思った。
(そんなことはないですね。割合としては、わたしたちのような裏方の人のほうが多いですし、表舞台で活躍できている人はごく少数ですよ。その人たちを中心に人間関係が形成されていっていますね。暗黙のうちに引き継がれてきた伝統のようなもののようです)
デビューして活躍する人は、やっぱり周りを引き付ける力みたいなものがあるよね。そこに人が集まるのは必然なのかな。
(とくに仮契約の人は、自分を売り込むのに必死です。自主的にグループを組んだり、離れたり、試行錯誤しながら、オーディション参加や小さな仕事を取ってくるための努力をされています)
本契約すると世の中に出ていくことになるから、そこでグループは対外的にもはっきり決まるけれど、仮契約中はグループ自体もくっついたり離れたりするから、不確定な状態、ということかな。
(本契約になっても引き抜きでメンバーの増減があったりしますし、アイドルグループに限って言えば、人数の増減はわりとよく起きると思います)
たしかに……。
≪六花≫は昨日本契約になったわけだけど、どういう成り立ちでできあがったのか知ってる?
(ええ、一応。はるさんに聞いた話ですが、今回のオーディションの1カ月くらい前に、はなさんからいきなり連絡が来て、そこでグループ結成の打診をされたようです)
いきなり集められたんだ。学園に通っていないメンバーもいるし、みんな面識はなかったのかな。
(個々に面識があった人たちもいたと思いますよ。たとえば、はるさんとさつきさんは同じクラスでしたし)
でもサクにゃんたち研究チームの人とははじめましてだよね。
(そうですねわたしは逆に≪六花≫も≪ペンダグラム≫も大体のメンバーとはうっすら面識がありました)
レイは師匠さんのところに出入りしているからそうなるんだね。
(面識と言っても会話した記憶はほとんどありませんが、お互いに存在は認識している、といった程度でしたよ。まったく初対面だったのはあかりさんだけでしたね)
アカリさんは研究チームの人じゃないんだ?
(ええ、師匠が海外から連れてきたらしいということは聞きましたが、詳細はとくになにも)
うーん。アカリさんは謎だ。
そういえば学園所属のみんなはこれまでどんな生活を? どんな派閥に属していたの?
(わたしたちはどこの派閥にも属していなかったですね。さつきさんは『雪月の姫』としてある種、特別な存在でしたし、はるさんは委員長という特殊ポジションでどこにも属さなくても不自由ない立場にいるようでした)
なるほど?
メイメイの姫ポジションが……ちょっと昔を思い出せば、まあギリギリ想像はつくんだけど、今のメイメイからは絶対想像がつかないな!
(MINAさんがかえでくんに興味を持つのもしかたない話なんです。『雪月の姫』のスクープ記事の話は以前しましたよね?)
そう、それ。『雪月の姫』! 今のメイメイの雰囲気だと良いとこタンポポ姫だもんなあ。
(かえでくんはMINAさんから、姫のお相手の王子様だと疑われているんですよぅ)
そういうことだったのかあ。
ボクに興味があって話しかけてきているわけじゃなかったのね。
(そんなことは起きないので大丈夫ですよぅ。事前に虫よけ香を焚いてあるので問題ないです)
虫よけ香?
(虫が好意の感情をもって近づいてきた時、その感情に歪みを与えた後、反射させてその虫に戻します)
虫よけ……?
(平たく言うと、「この人好き」と思って近づくと、好きの感情が歪んで、「やっぱり苦手」または「やっぱり嫌い」と変化してもとに戻されます。なので、さっきの好きは勘違いで、「やっぱりこの人苦手」と思い直して去っていく、という感じです)
人? 虫の話ですよね?
(虫の話ですね)
レイの香水がいつもと違うのは、今の話と何か関係がありますか?
(関係ないですね)
その香水の匂いが、さっきからわりとボクに移ってきているのは何か関係ありますか?
(関係ないですね)
そうですか。
その虫よけ香を開発したのはサクにゃんチームですか?
(これは師匠ですね)
そうですか。
いろいろとやばい薬ですか?
(沈黙)
沈黙って声に出さないでください。
(念話なので大丈夫です)
ところでレイはどこの派閥に所属しているの?
(わたしはどこにも所属していないです)
それって大丈夫なの?
(最近はオーディションの関係で姫のそばにいることが多かったですし、そうではない時は、いつも通り存在を薄くしているのでめったに気づかれませんし)
あー、それね。陰キャの極みみたいなものかな。
(それでもMINAさんみたいにわたしのことを認識してる人がいて、正直今日びっくりしました)
レイという存在自体は認識していても、前のレイがどうだったとか、普段何しているとか、そういう部分が消えていてまったく視界に入らないようになっている感じかな。
(だいたいそんなところです。無意識の目はかわせても、意識の目はかわせないということがわかりました)
意識の目、ね。レイを見ようとして見ていれば気づくよってことかな。
(さて、ここからが本題です)
本題ですか。
(≪六花≫と≪ペンダグラム≫が本契約となりました。これまで派閥に属していなかったわたしたちが派閥の中心にされてしまうことが予想されます)
なるほど? 暗黙の伝統的にそうなるのかな。それで、それはどういうことになるのかな?
(はるさん、さつきさんを中心に取り巻きが増えるでしょうね。気に入られようとしてお世話を焼いてきたり、親し気に話しかけたりしてくる人が一気に増えると思われます)
そんなことして何か得でもあるの?
(ありますね。さきほども言ったように、アイドルグループは特に出入りが激しいです。ポジティブにいえば、メジャーグループのメンバーに昇格するチャンスが多いとも言えます。つまりそのチャンスを狙って、現グループメンバーと親しくなろうとする人がいます)
制度的にあるのかわからないけれど、研究生になりたい人なのかな。ちょっとした口添えをしてもらって、とかね。
(≪六花≫が置かれた状況はかなり特殊です。本契約日に1人メンバーが少ない状態になっていますからね。おそらくこの話はすぐに広まることになると思います)
アカリさんが戻ってくるか来ないかにかかわらず、事務所側もリスク管理としてバックアッパーを用意する可能性が高い、か。デビュー前の今なら、まだメンバーを入れ替えても大きなインパクトはないと考えているよね、おそらく……。
(所在不明のメンバーがいて空いている1枠。直接ではないにしてもバックアップメンバーとなれる1枠。ここに望みをかける人がたくさんいると思います)
でもボクたちにメンバーを選ぶ権限なんてないでしょ。
(そうとも言い切れませんよ。実際に仲の良い人を加えたフォーメーションでパフォーマンスを見せて、実際に昇格、そして本契約までこぎつけた先例もありますから)
人が殺到するのかあ。≪六花≫は大変だなあ。
(かえでくんはのんきですね。かえでくんがその話の中心なんですよぅ)
なんで⁉ ボクはマネージャーで≪ペンダグラム≫だから直接は関係ないでしょ!
(代理ちゃん)
ああ、そうだった。
(代理ちゃんがバックアッパーの先頭を走っている、と誰もが思いますよね)
そうじゃないんだけどなあ。傍から見えればそう見えるよね……。
(その代理ちゃんが本契約の翌日にさっそく転校してきた。どんな人物で、目的は何で、自分の滑り込みたい枠を争うライバルなのか、もしくは協力者になりえるのか、様々な思いと駆け引きが交差することになると思います)
お腹痛いので、もう早退していいですか。
(わたしが守りますから)
こわいなあ。
(わたし……とはるさんもついてますからね)
ハルルならなんとかしてくれそう。
(そうですか。はるさんは今日体調不良で早退するかもしれないですね)
ねえ、そういうのは冗談でもやめてね? ボクはレイにもハルルにも助けられて生きていますからね?
(わたしがついていますから大丈夫ですよぅ)
わかってます。レイはホントに頼りになる。でも、ハルルは違う角度からみんなをしっかりと見てくれているから、それも心強いんだよ。
(はるさんはステキですからね)
そうだね。ハルルはステキだし、レイもかわいいよ。ボクたちは家族だから、みんなで助け合っていきたいね。
(そうしましょう。派閥形成をかわしつつ、わたしたちにはやらなければいけないことがありますし)
デビューのための準備かあ。
(違います。それも違わないですけれど、今はそれとは別のことです)
MINAさんと2人きりで話す?
(そのイベントは発生しないので大丈夫です)
勝手にフラグ折られた……。
(アカリさんを探すことですよぅ)
もちろんわかってるって。
絶対に≪六花≫を5人に戻す。
でも当てがない……。
(わたしには当てがあります)
当て。ああ、師匠さんかあ……。
(師匠に相談すると見えてくるものがあるかもしれないです)
会いに行けたりするの?
(はい、放課後いきましょう)
とうとうちびっこ白衣先生に会えるのかあ。
(かえでくんが想像しているような萌えキャラとは真逆の人ですよぅ)
しゃべらなければかわいい系かな。
(しゃべらなくてもモンスター系です)
……やばくない?
(控えめに言ってやばいですね)
ホントにお腹痛くなってきた。
(ここですか?)
ひゃんっ!
念話しながら、一次接触してくるのやめて? 完全に油断してたので、2センチくらいイスから飛び上がったからね? ほら、先生こっち見てるじゃん。
(そろそろ授業が終わりますが、ノート取らなくて大丈夫ですか?)
あ、うん、まあ、今の授業範囲なら、やったことあるからなんとなくわかるし大丈夫かな。
(ノートが必要になったらすぐ言ってくださいね。必要なら家庭教師もしますよ)
ありがとう、レイ。
師匠さんかあ。どんな人なんだろう。




