第3話 ハルルと2人きりの夜 その2~No.1と言ったらウソになる
温泉施設の脱衣所で、ボクは20歳の体に再構成される薬≪REJU_b≫を服用する。
もちろん全裸……に一応タオルを体に巻き付けて最後の抵抗だ。たぶん転げまわっている間に開けちゃうだろうから無駄な抵抗なのはわかっているけど。
「薬飲んだよ。一応時計見ておいてね。目安10分くらい」
あまり見ていて気持ちの良いものじゃないだろうけど、今回だけは最初から最後まで見ていてもらわないとね。
さて、ハルルにボクの秘密を大公開の時間だ。
あ、もう始まった。
「薬の効果で体が熱くなってきたよ……」
頭から、そして皮ふから、バスタオルの下からも大量の汗とともに湯気が立ち上り始める。ボクの体の深部が熱を発し始めたのだ。この熱こそが細胞が分解・再構成され始めている証拠。
「ちょっとカエデちゃん⁉ 大丈夫なの⁉」
ハルルが慌てた声を出し、ボクに触れようとする。
「あ、熱が引くまでは……触ら……ないで。どんな作用があるか……わからないから……さ。不安だろうけど……見るだけに……して……ほしい……」
体感でおそらく2分くらいしか経っていないけれど、もうわりと意識を保つのが大変なほど進行している。体が10歳の状態に縮む≪REJU_s≫とは少し進行の仕方が違うみたいだ。10歳の体から戻る時のほうと似ているかな。一気に体を燃やし尽くして、ゆっくり再構成するのかもしれないね。20歳のほうが体積は増えるだろうから、そこが何か違うんだろうなあ。
「ふー、つら……。でもいつものこと……だから……大丈……」
熱と痛みでのたうち回っているうちに、脳内麻薬のせいなのか、ゆっくりと意識が薄らいでいく。
またあとでね……。
* * *
「あ、起きた? カエデちゃん? 無事……なの?」
耳元で響くハルルの声で意識が覚醒する。
ハルルが覗き込むようにしてボクの顔を見ていた。
「あー……あー……」
声は出る。
首を少し起こして体を確認。
脱衣所のフローリングの上に寝かされ、バスタオルがきれいに掛けられているのが見える。ハルルが掛け直してくれたのかな。ありがとね。
手をグーパーグーパー。
ちゃんと力も入るし動く。
「まあ、大丈夫そうかな」
普段よりも少しハスキーな声になっているかもしれない。たぶんのたうち回りながら叫んだせいで、喉がガラガラだ。汗をかきすぎて、脱水症状もあるかもしれない。
「心配した……。でも、ホントにカエデちゃん……なのね……」
「ああ、そうだよ。ボクだよ」
まだ重だるい体をのっそりと起こす。
腰まで伸びた髪の毛を束ねていると、体に掛けられていたバスタオルがはらりと落ち、上半身があらわになってしまった。
突き刺さる視線。
「ねえ、そんなに見ないでよ……。さすがに恥ずかしいよ?」
ちょっと成長した20歳の体。
幾分か丸みを帯びて女性らしくなっている、と自分では思っているけど、実際はどうなんだろう。少し背が伸びているのは確実。胸は……ほんのちょっとだけ成長している、気がする! お尻はわかりやすくけっこうおっきく……って今はそんなことはどうでもいい!
「おー、無視? めっちゃ見てくるじゃん!」
「だって……ダーリングさんがカエデちゃんなんだな~って……」
ハルルの微笑みはひどく弱々しかった。
複雑な気持ちなんだろう。薄々わかっていたとはいえ、ホントの答え合わせは今しているわけで。
「うん……。今まで黙っていて、ホントにごめんなさい」
体にバスタオルを巻き直してから、土下座をして謝る。
「ハルルにショックを与えたくなくて、ダーリングさんという架空の人物をでっちあげて、今の今まで騙していました」
ホントにごめん。
いくらでも罵倒してくれていいよ。ボクはハルルの気持ちを踏みにじったんだから。
ハルルはボクの謝罪には何も反応しなかった。微笑みを浮かべたまま、ボクの手を取って立ち上がらせてくる。
「ねえ、カエデちゃん。とりあえず温泉入らない? 汗いっぱいかいてるだろうし、ずっと脱衣所にいたら風邪ひいちゃうよ。先にお水もちゃんと飲んでね」
「う、うん……」
差し出された手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。
まだちょっとふらつく……。
「ね、今日は2人きりなんだし、背中の流しっこでもしましょ」
ハルルに手を引かれたまま、浴室のほうへ。ハルルが勢いよく引き戸を開ける。
温泉の蒸気が一気に脱衣所に流れ込んできて、たちまち視界が真っ白になった。ほのかに香る温泉の匂い。
一瞬で蒸気の靄は消え、視界がクリアになった。
「はい、コップ。飲用の温泉水だって。これ飲んでおきましょ」
入り口脇で紙コップを手渡される。
『美容・健康』という札のかかった蛇口が3つ。『冷水・温水・常温』の3種類の飲用温泉が出てくるらしい。迷ったけれど、『常温』の温泉水を紙コップに注いで一気に飲み干した。まあ、臭いもないし飲みやすい。
「これで私も明日は美人かな~? スッと入ってきておいしいね」
少しテンションの上がったハルルが、2杯目をコップに注いでいる。
「ハルルは出逢った頃からずっと美人だよ」
「ありがと。私もアイドルになるまでは、これでもちょ~っとだけ容姿に自信はあったんだけどね~。ほら、でもいざダブルウェーブにきてみたら、実はそうでもないのかなって思っちゃったりしたよ」
「まあ、その気持ちは想像がつくよ。周りはみんなアイドルになる子たちだからね。≪初夏≫のみんなも、違った方向で美人だし、とってもかわいいし」
「そうよね~。カエデちゃんは私のことをかわいいって言ってくれるけど、1番かわいいとは言ってくれないもんね……」
ハルルがぼそりとつぶやいたその一言に、ボクは返す言葉を持っていない。
No.1と言ったらウソになる。
でも、No.1でないと言ってもウソになる。
「ハルルはハルルだよ。誰かと比べることなんて意味ないから」
これが精いっぱいの本音。
ハルルのことが好きだし、活躍してほしいと思っている。
「私はカエデちゃんの1番になりたかったのよ……」
ハルルが紙コップを潰してからゴミ箱に放り込む。
「ねえ、カエデちゃん……」
体に巻き付けたバスタオルの整えながら、ハルルがこちらに向きなおる。
「その姿の時だけは、私のことを見てくれない?」




