第26話 定期公演#6 その8~七瀬楓・真の伝説(終)
「そろそろコーナー終了の時間やな~。うしっ、レイちゃん最後の最後や。ラストに渾身の作品を紹介したってや! 伝説の1枚や!」
そうだった。このMCコーナーは、新たな伝説を作るというテーマのコーナーでしたね。でもコメント欄から拾ったテーマをもとに勝手に作るんじゃなかったっけ? もうなんだか前提から崩れているけどいいのかな? まあ別にいいか。見てくれている人が盛り上がればね。
「はい。これまではただの前座です。最後こそが真の伝説です。これから全世界に圧倒的な衝撃を与えたいと思います」
おー、ずいぶん強気な発言だ。
何が見られるんだろうね。
「がぅ……?」
花子が少し不安そうな様子で、ボクのおでこを叩いてくる。
「どうしたの? 真の伝説だってさ。ちょっと楽しみになってきたね?」
「がぅ……」
花子はそうでもないみたい。
ひたすら不安そうだ。急にどうしたんだい?
「カエくん大丈夫ですか~? 夜逃げの準備はできてますか~?」
メイメイが楽しそうに花子の体をわしゃわしゃと撫でまわす。
どうやらいつの間にか、次の曲の衣装に着替え終わったようだ。
「夜逃げの準備って?」
「真の伝説ですよ~。このままカエくんの伝説を発表してしまったら……もう世界にカエくんの居場所はなくなっちゃうかも~」
メイメイが一瞬天井を見つめた後、小さく笑った。
「メイメイはどんな伝説なのか知ってるの?」
尋ねてみても、メイメイは微笑むだけで答えない。
「どうせあれでしょ? 水着かヌードか? そんなところかしらね」
ハルルがこともなげに言う。いや、水着はまだいいとしても、ヌードはダメでしょ、ヌードは。そんなの配信したら、一瞬でアカウント凍結ですよ。あー、でもボク19歳未満だから水着もダメかもよ? YooTubeって独自の規定が厳しいって知ってました?
「もしかして……まさかそんなことありませんわよね……」
ウーミーが何か思い当たる節でもあるのか、ぶつぶつと独り言を呟いている。
「ん、どうしたの? 何か気になることでも?」
「いえ、その……わたくしの気のせい……だと思いますわ」
ウーミーはナギチのほうをちらりと見てから、小さく首を振った。思わせ振りな……。
「ウーミーちゃん、な~に? 私の衣装、どこか変だった? ここにギャラクシーな流れ星をアレンジしてみたんだけどかわいいでしょ♡」
ナギチが近寄ってくる。
「いいえ。渚さんはいつも通りとてもかわいいですわ~。わたくしの気のせいですの」
ウーミーはそう言ってから、今度はボクをちらりと見る。なんだろ、何か歯の奥にものが詰まったような……。
「がぅ!」
お、いよいよ真の伝説とやらの発表か。花子、教えてくれてありがとう。
「準備が整いました。みなさま、覚悟はよろしいでしょうか? ここで見たことは、決して口外しないようにお願いいたします」
カメラの正面に回り、レイが頭を深く下げる。
「それじゃ、映像流すで。カエちんの真の伝説はこれや~~~~~!」
シオの絶叫ととともにモニターに映像が流れ出す。
薄暗い部屋。
解像度が低く、不鮮明な映像だ。
【かえでくん? あなたはかえでくんですか?】
【レイ、ひさしぶりだね】
レイとボクが会話をしている、ということだけは声でわかるが、映像からは判別できない。
【あなたはほんとうにかえでくんですか? わたしの知っているかえでくんはもっと……】
【ちんちくりんだった?】
【いいえ。わたしのかえでくんは、背が低くてつつましい体形でかわいらしいです】
【それがレイの好みだっけ?】
【違います。わたしはかえでくんのすべてを――】
【でも、これもボクさ】
なんだろう、この違和感。
……あ、わかった。
視線がおかしいんだ。
ボクの一人称視点で撮られている映像なのに、かなり上からレイを見下ろしている形になっている。実際のボクはレイより少し身長が低いから、レイが椅子にでも座っていない限りはこうはならないはずなのに。
【レイ、ただいま。ずいぶん待たせたね。そうだよ、キミを迎えに来たんだ】
【かえでくん……】
レイがボク(?)に抱きつき、カメラが切り替わる。
「「「「あっ!」」」」
鮮明になった映像を見て、ボクらは思わず叫んでしまった。
そこに映っていたのは――。
「ダーリングさん!」「運命の人!」
ハルルとナギチが同時に叫ぶ。
「楓さん……やっぱり……」
ウーミーが複雑な表情を浮かべながら、ボクの顔を覗き込んでくる。
レイ……やってくれたね……。
レイとボク――20歳の仮称:ダーリングさんが抱き合う姿が映し出されていた。
そこで映像が終わった。
「みなさま、かえでくんの真の伝説はいかがでしたでしょうか」
「零さん! 今のはコーチ、なのでしょうか⁉」
ステージ上のサクにゃんは、目を丸くして立ちすくんでいた。
「はい。これは未来……10年後のかえでくんとわたしです」
“SF?”
“10年後だと⁉”
“特殊メイク?”
“大人カエデちょっとイケメンやん”
“髪が長くなってお姉さん”
“あれ?どこかで……”
“ちんちくりんじゃない”
“美女”
“ナギサの”
“ああそれだ!”
“エレベーターの海外勤務の!”
“似てる”
“あれもカエデ?”
“ナギサが見たのは最近だろ?”
“レイちゃんは10年後も変わってないのな”
“カエデだけイケメンになり過ぎw”
まあそうなるよね。
普通に気づかれるわ……。
レイ、これを流していったいどういうつもりなの?
「最初に、かえでくんの17年間の全記録と言いましたね。その枠を壊す、未来のかえでくんの記録映像。これがわたしのお見せしたかった真の伝説でした」
再び深々と頭を下げる。
「未来の映像っちゅ~のは、たしかにある意味伝説やな……。一応聞いとこか。この映像はどこで手に入れたんや?」
「ある朝のことです。わたしの机の引き出しから赤いきつねと緑のたぬきが飛び出してきまして、このビデオレターをくれたんです」
ちょっとレイさん? 急にふざけて……ごまかし方下手くそか!
「ほ~、赤いきつねと緑のたぬきがね~、ってなんでやねん! そこは青やろ!」
青でもダメなんだよ。
その答えじゃ誰も納得できないでしょ。
“緑のたぬきならしかたないなw”
“青はいろいろまずいw”
“赤いきつねは何しに来たん?”
“コーンばーんわー”
“ジューシーなお揚げでも食ってろw”
“タイムマシーン3号”
“それは未来から来ない系のおもしろいやつらな”
“今は未来の顔を予測するのも簡単だからな~”
“カエデは育成成功するのか……”
“ちんちくりんのままでいてくれ!”
“中学生のカエデカムバーク!”
“アイルビーバック”
“デデンデンデデン”
“それはターミネーターな”
なんか心配して損したわ……。
普通にエンタメとしてみんな受け入れているんだね。まあそりゃそうか。本気で未来から映像が届いたとは思わないよね。もしくは、ボクの体が実際に成長したりなんてね。
「カエデちゃん、ちょっと来て……」
あ、ダメだ。
エンタメで済まない人が1人だけいた……。
ハルルにがっちりと腕を掴まれる。もう逃げ場はなさそうだ。
「カエくん、がんばって~」
メイメイがひらひらと手を振っている。
あ、さてはこれを予想して逃げる準備とか何とか……。もうちょっとちゃんと教えておいてよ!
「いや、ハルル……。今は……。定期公演が終わってから話そう?」
しばしの沈黙。
ハルルは下唇を噛み、上目遣いでボクのことを睨みつけている。
「……わかったわ」
10秒ほどボクのことを睨みつけた後、ハルルはようやく視線を外してきた。
いよいよちゃんと話さないといけない時がきたか……。
先送りにして良い問題ではないとわかっていたけれど……。
その後のプログラムはまったくと言っていいほど頭に入ってこなかった。
ずっとハルルと何を話そうか考えてしまっていた。
今考えたところで答えなんて出るはずもないのにね。
「がぅ……」
ああ、大丈夫だよ、花子。
これはボクがずっと先送りにしてきたツケを払うだけ。ただそれだけのことなんだから。
第九章 定期公演 ~ Monthly Party 2024 ~ #6編 ~完~
第十章 定期公演 ~ Monthly Party 2024 ~ #7編 へ続く
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ここまでお読みいただきありがとうございました。
第九章は≪初夏≫にとってアニバーサリーな月でした。
しかしまあ、バタバタとしていて、忙しかったですね。ドーム名やファンクラブ名が決まり、ウーミーの生誕祭に無理やりアニバーサリーイベントがくっついて。
全員無事補習をクリアして、ドーム前でのキャンプもありました。
……不正なんてなかった。いいね?
そして定期公演#6。
新たな仲間(?)も加わり、新生≪初夏≫&≪ペンタグラム≫始動ですね。まあ、まだテロの問題など何もクリアできていないので、ウタはほとんど帰ってこれていないわけですが。
≪BiAG≫とのコラボライブはいつになるんでしょうね。(きっとまだ準備中なのでしょう……他人事)
第十章はハルルとダーリングさんの対決、そして朝西日常系スピンオフマンガのアニメ化の話(の前段)が中心になりそうです。
この後もどうぞよろしくお願いいたします。
引き続きお付き合いいただけると幸いです。




