第25話 定期公演#6 その7~その中学時代のボクは架空の存在ですからね
「次のかえでくんは初めてハイハイをした時の――」
「次のかえでくんは初めてつかまり立ちをした時の――」
「次は初めて自分の足で歩いて――」
「ファーストシューズでお出かけ――」
次々と初めてシリーズが続いていく。
まあ、全部捏造なんですけどね。
レイの言葉に熱が籠れば籠るほど、観客の皆さんの熱が引いていく逆転現象が起きているわけで……。
「レイちゃん! そろそろ時間もあれやから、もうちょっと時間を先に進めよか? せやな……幼稚園でお漏らしした辺りなんてどや?」
シオの言葉にも焦りが見え始めている。
このペースで見せていくとリアルに17年の時間が必要になるだろうし、そうなる前にみんな定期公演の配信を見るのをやめてしまう……。
「それをもう出してしまいますか? 幼稚園の入園式でお漏らしは、ファイルナンバー1219345601番です」
桁がおかしい。電話番号かな? 準備しすぎですよ。
「みなさまにお願いがあります。こちらの映像は、ショッキングな内容となっていますので、決してSNSで拡散などしないようにしてください」
その前置きは怖い……。
興味を失いかけていたコメント欄もちょっと反応が戻ってきているみたい。だいぶ減っていた同接も少しずつ回復し始める。
「かえでくんが幼稚園の入園式の時のものです。園長先生の話が長すぎて、うとうと居眠りをしながらおねしょをしてしまった時の全記録です」
えー、そんなの人に見せるのはやめてあげてよー。
ボクじゃないけど、捏造された幼稚園児のボクがかわいそうじゃんか……。不登校になるよ?
という願いも届かず、映像が流れ始める。
入園式。
体育館か、講堂か、100人くらいの幼稚園児がイスに座って校長先生のお話を聞いているところだ。アップになって映し出されているのがボクか。髪の毛を2つ結びにしていてかわいい。
式が長すぎるのか、校長先生の話がつまらないのか……。
首が左に傾いて……こっくりこっくりと舟をこぎ出したと思ったら……ああっ! 床に大量のおしっこが……。周りの子がざわざわしちゃってる……。
駆け寄ってくる先生。
あー、起きて……半べそ……からの大泣き……。これはもう見ていられない……。心臓がキュッとなる……。ていうか、いくらなんでもこのカメラワークはおかしいでしょ。こんな舐めまわすように表情とか、どこから撮ってるのさ。いいって、水たまりをアップにするんじゃない! 水たまりのアップと泣き顔を交互に映すんじゃないよ!
“もう普通にカエデじゃんw”
“今とほぼ変わらんな”
“幼稚園でこの顔だったのかw”
“あ~あ、漏らしちゃった”
“こういう子いたよな~”
“おねしょはどうしようもないよ”
“まだ幼稚園ならからかわれたりはしないだろ”
“幼稚園の先生になりたい”
“床を掃除したい”
“おまわりさーん!”
“その感想はどうかと思うw”
みんなわりと冷静だ。
反応がやさしい……。
んー、そもそもなんでこれがボクだって受け入れてるの? どう考えても捏造なのに……。
ハルル、涙ぐみながら雑巾を持ってくるな! あれは過去のボクで今は漏らしてない! いや、過去でもないんだけど。もうややこしいなあ。
「ええで~! 盛り上がってきたやんか! レイちゃん、次はあれ行こう。小学2年生の時、初恋の男の子にチョコレートを上げる映像がええと思うわ」
初恋、だと……。
「どどどどんなお相手ですか⁉ サクラ、気になります!」
食いつくサクにゃん。
恋には敏感なお年頃だ。
「そんな映像はありません。かえでくんは初恋なんてしてません」
「用意したやんか? けっこう力を入れて編集を……ほんまにないやん。ファイルナンバー飛んでるやんか……」
シオが愕然とした表情でタブレット端末を見つめている。
ボクもそれはちょっと興味あったのにな。
「かえでくんは誰にもチョコを渡したりはしません」
“カエデからチョコ……”
“そういや、バレンタイン配信の時のプレゼント誰か当たった?”
”申し込んだけど当たってない”
“だめだったわー”
“チョコっぽい何かってなんだったんだ……”
“チョコではないってことだろw”
“実は俺当たった”
“なんだと”
“本当に抽選してたのか!”
“何が当たったんだ?”
“うらやま!!!”
“寄越せ!”
“サイン本だった。サルでもできる手作りバレンタインチョコレートの作り方って本”
“なんだそれwww”
“サイン本裏山!”
あったね、そんな企画……。
当選者10名分、シオセンセの著書にサインしてから送りましたよ。いや、何でボクのサインをしたのか今でも疑問が残る。シオセンセの本なんだから、シオセンセがサインしたほうが価値が出るでしょ!
「そいじゃ……中学の文化祭の時にキャンプファイヤーで男子とマイムマイムを――」
「そんな映像はありません。かえでくんが男の子と手を繋ぐことなんてありません」
「教科書を忘れて隣の席のイケメンくんに見せてもら――」
「かえでくんの通っていた中学校は女子校です。男の子はおろか、男性教諭もいません」
ボクの設定、お嬢様かなにかなの?
タイが曲がっていましてよ?
「わかった! じゃああれや! 体育祭でリレーに出た時、転んで膝をすりむいて泣いているカエちんを頼む!」
「わかりました」
それはわかっちゃうの⁉
えー、その謎設定のお嬢様学校には体育祭なんてあるんだ⁉
「こちらです。100m×4リレーで、3番目の走者となったかえでくん。残念ながら4番手でバトンを受けるのですが……」
走り出した瞬間に何もないところで思いっきりつまずいて転んだ⁉
あー、膝から血が……泣いちゃった……。
“なにこれむっちゃかわいい”
“中学生のカエデ、今よりかわいい”
“ブルマ”
“いつの時代なんだ……”
“中坊カエデ”
“おしゃれハチマキ”
“地味かわいい”
“保健室の先生になりたい”
“色気出してないのが今よりいい”
“まさかの最盛期が中学w”
“良いものを見た”
おい……評価がおかしいぞ……。
思わぬ方向で大絶賛されているんだけど、どういうことなの……?
ブルマ姿……。
でもエロくはない。
スッピンの地味系……なんでこんなにみんなにかわいいって言われてるんだ? これじゃあ昨年のマネージャーになったばかりの頃のボクとそう変わりない……。レイにメイクしてもらったりして、かわいくなるためにがんばったつもりなのに、前のほうが良かったって言われて……複雑すぎる。
「サクラにタイムマシンを作ってもらわなきゃ……」
「特殊相対性理論で何とかギャラクシー☆」
いや、さすがにサクにゃん博士でもタイムマシンは無理でしょ。それにその中学時代のボクは架空の存在ですからね。数年前に戻れたとしても、そんな人は存在しないんですよ?
あと、特殊相対性理論では未来には行けても過去には行けない。
「懐かしいですね~。この時は私が膝に赤チンを塗ってあげたんですよ~」
得意げなメイメイ。
「そうなんですのね。2人は中学生の時も仲良しだったんですのね」
いや、ウーミー。
さっきからメイメイの口から出まかせに騙されているよ。そもそもメイメイは北海道の中学校に通っていたはずだし。
「がぅ……」
花子、心配しないで。今は膝ケガしてないから。元気元気!
「最高潮に盛り上がっとる! そろそろコーナー終了の時間やな。うしっ、レイちゃん最後の最後や。ラストに渾身の伝説の1枚を紹介したってや!」
あー、そういえば伝説を作るというテーマのコーナーでしたね。
もうすっかり忘れていましたよ。
くれぐれも最後、変なのはやめてくださいね?




