第16話 花子にエサをやっておいてくれ。以上だ
ボク、メイメイ、ハルル、レイ、ウーミーの5人は引き続きドーム前でキャンプ中だ。
日が傾きかけた頃。
夕飯の準備が始まってしばらくして――。
「臭っ! 何この生臭さはー!」
ガスコンロのほうからほのかに香ってくる何とも言えない臭い……。
犯人はウーミーだ。
「ウミ……まさかあなたホントに……」
ハルルがウーミーのかき混ぜている鍋を覗き込んでから、口元を押さえて戻ってくる。
「ハルル……。もう言わなくてもわかったよ……」
ちょっとボクが話をつけてくるから、ハルルはメイメイのジンギスカンの準備を手伝っていて……。
「あのさ、ウーミー……。夜は普通の白米にしようって……」
ウーミーがかき混ぜている料理は……グレーリング飯だ。
だいたいどこで手に入れたのよ、その魚。日本には生息してないんだし、手に入らないでしょ?
「ええ……。わたくしはやめましょうと……。ですが、零さんが無理やり……」
ウーミーが泣き崩れる。
ちなみに鼻を大きな洗濯バサミでつまんだ状態だ。
「少し前、先輩と一緒にユーコン川のDVDを見て盛り上がりました。その時に先輩は『わたくしもユーコンのような大自然の中で料理をしてみたいですわ~』とおっしゃったんです」
レイさん、さすがウーミーのモノマネうまい。
もうボイスチェンジャーこと『脳波信号・音声変換くんType-A』はいらないですね。モノマネした時の声がそっくりだよ。
「ですから昼間、ムース汁を作りましたわ……」
「いいえ、それだけでは不十分です。ユーコンといえばグレーリング飯。これがなくてはわたしたちのピートが悲しみます」
いや、たぶんピートはグレーリング飯を作ったほうが悲しむと思うよ……。むしろ食事で遊ぶなって怒るかもね。
「わたくし……こんな料理作りたくありませんでしたわ……」
「先輩。このグレーリング飯はとても良い出来だと思います。この生臭さをよく再現してくださいましたね。合格です」
「こんなことで合格したくありませんでしたわ~」
鼻声(洗濯バサミ付き)のウーミーが涙をこぼしながら走り去っていく。
ああっ、不憫すぎる……。しかし、ウーミーはいったい何のコンテストに合格したんだ……?
「レイ……再現するのは良いんだけどさ。これだと生臭くて食べられないんじゃ……」
せっかく作ってもらって悪いんだけど、明日定期公演だから、みんながお腹壊したら困るし、処分ってことでいいかな?
「いけません。生ごみをだしたりしたら、野生動物が……クマが寄ってきてしまいます!」
いや、ここは日本だからね。
ユーコン川みたいな……え、マジ?
「マジです。もちろんユーコン川のようなグリズリーはいませんが、日本の本州にはツキノワグマが生息しています」
「ツキノワグマ! ヤバいじゃん! えっと……ボクたちこんな山の中でキャンプしていて平気なの?」
ここは一応本州なのはわかってるんだけど、具体的にどこの県の山なのかやっぱりよくわかってないんだけど……。
「テントの中に甘いものを持ち込まなければおそらく平気です」
おそらくって言った!
クマはいないって言わないんだ⁉ ホントにクマが出るんだね⁉
「申し訳ございません。今までみなさんには隠していましたが、師匠から言伝があります」
うわー、この流れで絶対聞きたくないやつ!
「『花子にエサをやっておいてくれ。以上だ』です」
「ん? 花子? エサ? このドームでペットでも飼ってるの?」
普段は無人のドームじゃなかったのかな。
それにしても麻里さんがペットね。ちょっと意外だわ。
「こちらがはなこさんです」
「黒くて小っちゃい……。子犬?」
「ツキノワグマの子どもです」
「クマおるやん! しかも飼ってるぅ!」
なんかレイにめっちゃ懐いてるし。
「どうやら親クマからはぐれてしまっていたらしく、師匠が保護してこちらの施設で世話をしているとのことです」
「な、なるほどね……。ええーでも、親クマが取り返しに来たりしないのかなあ。ちょっと怖い……」
いや、ちょっと待って? ここで飼ってるって言った?
麻里さんはここに通ってるってこと?
「普段はわたしが世話をしています」
あー、はい……。
レイは2人までってルールは、こうしてなし崩し的に破られていくんですね。
「特別任務ですから」
でもまあ、毎日世話をしているなら、これだけ懐いているのも頷けるわ。
「ちょっとボクも撫でてみていい? 噛んだりしない?」
「大丈夫です。毎日かえでくんの大切さ、尊さを教え込んでいますから」
子グマに何してくれてんのさ……。
あれ? なんかモジモジしてる。人見知りかな? かわいい。
「はなこさん。これが本物のかえでくんですよ。今日だけは甘えるのを許します」
レイが小さく頷いて見せると、クマの花子がゆっくりとボクに近寄ってくる。ボクもしゃがんでお出迎えしてみる。
「おお! おとなしい! かわいいー」
めっちゃ撫でさせてくれるじゃん! お腹見せて寝ころんで。犬みたいだなあ。すっごい毛深いけど。
「芸も仕込んでいます。見ますか?」
「お、うん。どんな芸かな? お手とか?」
クマって犬とか猿みたいになんか芸ができるんだ?
「はなこさん。いつものをお願いします」
ワクワク。
「チピチピチャパチャパ~ドゥビドゥビダバダバ~」
猫ミーム!
クマが猫ミーム!
「ストップストップ! 何やらせてるのさ⁉」
「はなこさんはこの曲が好きなので、いつも一緒に踊っています」
「そうなの? お前、チピチピチャパチャパ好きなんだ?」
うれしそう……。変なクマ……。
「でも、あんまり変なことは教えないようにね……。いつか野生に返す時に困るから……」
うれしそうにボクの足を登ってくるあたりを見ると……なんかもう手遅れな気もするな……。
「あ、そうだ。グレーリング飯どうするのさ⁉ 何とか臭みを取らないと……」
「臭みはとっておきました」
「えっ? あれ……そういえば生臭くない。もう鼻がバカになっちゃったのかな……」
「違います。さくらさんに調合してもらった『魚の臭み消えるくんα~生乾きの臭いも、お父さんの加齢臭もね』を1粒投入しておきました」
「えっと……大丈夫なの、それ?」
その取れる臭み……食べ物とそうじゃないものが混じっているけど……。
「2人とも~。ジンギスカン第2弾始めますよ~」
メイメイのボクたちを呼ぶ声が聞こえてくる。
「はーい! 今行くー!」
仕方ない。
この臭みの取れたグレーリング飯も一応持って行くか……。
あーでも、焼うどんもあるんだっけか……。
お、花子も一緒に行くか。
みんなに紹介しないとね。




