第12話 みんなは進学どうする予定なの?
高速道路を降りてからしばらく山の中を走ると、『ハルサクメイナギウミ一生アイドルしますドーム』の地上部、廃墟のような洋館が見えてきた。
「花さん。毎回送ってもらっちゃって、なんだかすみません」
未成年でドームまでの移動手段を持たないボクたちのために、今日も花さんが運転手を務めてくれていた。今日は7人乗りのミニバンに6人なので、ゆったりと座れて快適な旅だ。
「いいのよ。今回は時間がない中、みんな補習もがんばってくれたし、学園の教師としても鼻が高いわよ」
ハンドルを握り、前方をしっかりと確認しながら、花さんが微笑む。
「そ、そうですね……」
すごく気まずい……。
「私、がんばりましたよ~」
しっ。
メイメイだけはちょっと黙ってて!
花さん、ホントごめんなさい。
だますつもりはないんです。キャンプ中もしっかりと勉強させますから。ホントですから。ごめんなさい……。
心の中で平謝りしていると――。
「そういえば気になっていたんだけど、みんなは進学どうする予定なの?」
助手席のハルルが問いかけてきた。
「7月といえば進路決めの季節ですわね。ちなみにわたくしはお仕事を増やしたいので進学はしませんでしたわ」
ウーミーは去年学園を卒業したけれど、進学せずにそのまま仕事一本で活動している。
グラビアの仕事は順調だし、演技の勉強もしているから、さらにそっち方面の仕事も取っていくことになるんだろうね。芸能活動はウーミーが本来やりたかったことだし、とくに不安や迷いはなさそうだ。
「そっかぁ。私も進学せずにお仕事しようかしら……」
ハルルがぼそりとつぶやく。
なるほど、ハルル自身が進路に迷っているんだね。
「わたしは進学します。推薦枠が取れそうなので、それを利用しようと思います」
レイは進学宣言だ。
「それって大波中央の特別推薦枠のこと? 一般推薦枠のほうじゃなくて」
「そうです。特別推薦枠は面接などもなく、書類だけで通ります」
「いいわね。でもあの特別推薦枠って、学力だけでなく学園への貢献度や将来性を重視する選考だって聞いたわよ。それを勝ち取れるなんてさすがね……」
ハルルが助手席から身を乗り出して振り返り、羨望のまなざしでレイを見つめていた。
「まあ、レイなら全部クリアしてるよね。大学かあ。ボクはどうするかなー」
進路なんて、そこまでちゃんと考えたことなかったな。
レイみたいに勉強ができるわけじゃないし、仕事でも大した貢献もできてないし。将来性……そもそもいつまで生きていられるかわからないし。
「何を言っているのかしら?」
花さんがハンドルを握ったまま会話に参加してくる。
「あなたたちの活躍なら、全員特別推薦枠の基準は余裕でクリアしているわよ。もちろん基準はクリアしているというだけで、実際に受かるかはわからないけれど、書類を提出することはできるわよ」
「えっ、そうなんですか?」
驚愕の事実。
「大波中央学園において、芸能活動による実績は最も大きく評価されるポイントよ。在学中に事務所本所属になっているだけでも立派な実績なのに、あなたたちはアイドルグループとして多くのファンを獲得し、業界内の評価も得始めている。これは学園の歴史を見ても、なかなかないことよ」
「すごいじゃん。ハルル、進学できちゃうよ!」
「どうしよう……私、特別推薦枠が取れるなんて考えてもいなかったわ」
迷うハルル。
助手席に引っ込み、何かぶつぶつと独り言を言い始める。
「推薦枠の申込みは7月いっぱいだから、検討しているならすぐに相談してちょうだい。そうね。学園の担任の私から言わせれば、強い拒否の気持ちがないなら全員受けてみてほしいわ。事務所の上司の私から言わせれば……仕事に支障をきたさないなら好きにしなさい、かしらね」
なんてわかりやすいお言葉なんでしょう。
やっぱり仕事第一ですよね!
「ち、ちなみにカエデちゃんはどうするつもりなの?」
再びハルルが身を乗り出してこちらを伺ってくる。
「んー、ボクかあ。どうしようかなあ。大学に行って何かすることがあるのかな。大学病院の研究者って言われてもピンとこないし」
今の仕事が大事だし、学園に入ったのだって、本所属の時にそういうふうに命令されたからだし?
「医学系以外にも文科系の学部もあるわよ。大学を出ておけば、将来何かの役に立つかもしれないから、迷っているなら受けておきなさい」
将来ねえ。
ボクに将来なんてあるのかな。
過去すらも曖昧なのに。
今を精一杯生きる。
そしてすべての目標を達成した暁には、満足とともに泡となって消える運命なのかなって。灯さんのようにね。別にそれが悪いとも思わない。
「私は進学しますよ~。海外の大学に行きます~」
「「「「えっ?」」」」
メイメイ、まさかの留学宣言に、ボクを含め全員が驚きの声を上げた。あ、レイだけは知っていたみたい。1人表情を変えずにお茶を啜っていた。
「早月、それは聞いてないわよ? そういうことはまず担任の私に相談しなさい」
そうね、担任の先生に言わないとね。いや、マネージャーのボクにもちゃんと相談して?
「世界で活躍するアイドルになりたいです~。そのためには英語圏で生活する必要があります~」
「まあ、メイメイが英語の勉強をしているのは知っているけどさ。留学するってことは、≪初夏≫の活動はどうするつもりなの?」
まさか卒業を考えて……?
「オンラインで参加します~」
違った。
「アイドル活動をオンラインでするのはさすがになー。留学のほうをオンラインにしたほうが良くない?」
「え~、それだと得られる情報量が少ないし、語学力が上がらないですよ~」
まあ、そう言われるとそうかも。
でも留学はなあ。
どうする、ボクが付いていく? 英語ぜんぜんわからないけど……。
「早月。あなたに大切な話があります」
花さんがわざわざ車を路肩に停車させてからメイメイのほうを振り返る。
「はい~」
「早月。とても言いにくいのだけれど……あなたの学力では留学はおろか、国内の主だった大学に進学することは不可能よ」
「そんな~!」
まあ、冷静に考えればそうか。
赤点常習犯に行ける大学なんてないわ。日本の大学はそんなに甘くない! もちろん海外もね!
「けれど! 1つだけ方法があるわよ」
「なんですか~? 裏口入学しますか~?」
いや、それは絶対ダメでしょ。
「特別推薦枠なら、条件付きで大学進学が可能よ」
特別推薦枠すごい。
メイメイの学力でも受け入れてくれるんだ?
「花さん、その条件とは?」
「2学期最初の学力テストで1つも赤点を取らないことよ」
「そ、そんな……無理です~」
なんて過酷な条件なんだ!
メイメイがソロライブで10万人集めるほうがまだ現実味がある……。
「早月。進学したいならやってくれるわね?」
「しゅ~ん。ちょっと考えます……」
これはメイメイにとって非常に高いハードルだよ。
「さつきさん。一緒にお勉強しましょう。そしてみんなで特別推薦枠を勝ち取りましょう」
レイが微笑む。
たしかに、みんなで勉強合宿でもしてがんばれば、あるいは……。
あれ?
みんなってことは、ボクとハルルも参加予定にされている?
「かえでくんもはるさんも、一緒に大学に行きましょう」
七瀬楓、あっさりと進路決定。




