第39話 オーディション2次~作戦会議~
音楽が始まり、ボクたち5人は、まるで1つの生き物のように一体となって踊りまわった。
恍惚の時。
対バンの時とも種類の違う快感。こんなに気持ちの良いことが世の中にはあるのか。
これがアイドルの輝きというものなのか。
ボクにはアイドルの輝きがどんなものなのかという質問に対する答えは持っていないけれど、みんなの動きを体で感じ、自分の体がそれに合わせて勝手に動く、そんな感じだった。
もっと踊れる。もっと歌える。見て、ボクたちを見て。
あの瞬間、ボクは間違いなく≪六花≫のメンバーだった。
「ありがとうございました!」
ハルルの挨拶に合わせて、ボクたちは審査員に向かって頭を下げて会場を後にする。
「終わっちゃいましたね……」
サクにゃんが小さくつぶやいた。
「終わっちゃったね。……楽しかった」
「カエくんのパフォーマンス良かったです~」
「メイメイは反対側で見えてないでしょ」
「心の目で見てました~」
心の目で見える人増えるの怖い……。
「あーしもノーミスだったから、合格間違いなしやな!」
「渚さん……」
「ナギサちゃん……」
「ナギチ……」
ナギチに一斉に注目が集まる。まったくナギチは……。
「冗談やっちゅーの! ほんま笑えや~!」
雰囲気がとても良い。
みんなそれだけさっきのパフォーマンスに手ごたえを感じているということだろう。
これで落ちたらウソだっていうくらい出来が良かったとボク自身思うもの。
「どどどどどどどうだった⁉」
会場の外に待機していた都が飛びついてくる。
「はいどうどう、都。いったん落ち着こ? 大丈夫だから、ね!」
「もちろん、バッチリよ!」
ハルルが満面の笑み。ブイサインで決めポーズだ。
「よかったです。わたし心配で心配で」
いつも冷静なレイの目が潤んでいた。本当に心配してくれていたようだ。わりと熱めに喜んでくれているのをみると、こっちももらい泣きしそうになる。
「みんなこれまでで一番のパフォーマンスだったんじゃないかな!」
ね、最高だったよね!
「かえでくんが緊張で動けなくなっているのではないかと、心配で心配で」
レイさんそっちの心配なの……あなたはボクのオカンか何かですか。
「コーチはすごかったですよ! 灯さんがそこにいるかと錯覚するくらいマジ灯さんでした!」
「マジアカリさんでしたか。うーん、なんとかギリギリ、アカリさんの代役を務められたかな……自信はないけど、達成感はあった!」
「最高でした! とくにあご撫であごクイッのアドリブは最高でした! 色気がすごくて本家を超えたかもしれないです!」
いや、本家超えちゃダメでしょ。テンション上がってやりすぎてしまったか……。
「ほぅ。のちほどVTRチェックします」
レイさんのメガネがキランッ。いや、だからいつもどこから取り出してるの、そのメガネ。
「私、アイドルを目指して良かったなって思いました……。みんながいて、アカリちゃんがいて、いつまでもこのメンバーで活動したいです……」
メイメイが静かにかみしめるように言う。
「うん……」
しんみりした空気が全体に広がる。
いつまでもこのメンバーで……。アイドルの活動期間はとても短い。グループを維持できたとしても、同じメンバーで活動できる期間はびっくりするほど短いものだ。
でも、願わくはずっとこのメンバーで……みんなの思いが重なる。
「はいはい、みんな!」
ウタが手を叩いてみんなに呼び掛ける。
「まだ終わったわけじゃないのよ。この後15時から2次審査よ。私たちの生配信は16時からだからまだ少しあるわね」
そうだ、まだこれから。
2次審査の対策がちゃんとできているかと言われると、若干不安を残す。
「生配信の時間は各グループ30分です。基本ルールとして顔出しはNG。名前も非公開でお互いを呼ぶときにはメンカラーで会話することになります。注意してください」
メンカラーだから……ボクはアカリさんの代役だからイエローで良いのかな?
「なんや、戦隊ものみたいやな! 六花戦隊出動! イーッ!」
ナギチが手を斜め上に上げて決めポーズ。
それライダーのほうだし、悪役だしもう無茶苦茶。
「渚さん、なんですか、それ?」
「なんや、サクにゃん知らんのかいな。ボケ損や! 伝説のスーパースターショッカー様の決めポーズや!」
「ショッカー……? なにそれ、そんなアイドルいたかしら」
「アイドルオタクはだまっとれ! 特撮も知らんとよく今までのうのうと……」
「く~、たしかにアイドルオタクだけど! アイドルオタクだけど癇に障る~! イーッ!」
納得のいかないハルルが地団駄を踏んでいた。
女の子はライダーなんて興味ないか、そうだよね……。
「わ、私はライダー全シリーズ履修済みで……」
遠慮がちに都が手を上げていた。
おっと、意外な伏兵。
「お~、ミャちゃんいたやんか! ちょっとあっちで話そか!」
「うちも特撮系のイラストに凝ってた時期があるで」
「なんか楽しそうだから私も混ぜてくださいな~」
「お、ええやんか。シオちゃん! それにサッちゃんにもライダーの良さを教えてやらんとな」
4人で隅っこに固まって会話を始めてしまう。
「まってまって! もうすぐ2次審査だから! 特撮の話は後にしないと!」
特撮の話をしていて2次審査落ちました、じゃシャレにならないよ!
「ライダーの良さを語りつくす生配信、とか……ダメ……かしら」
都、それはダメだと思うの。
「うん……第180回目くらいの生配信のネタだったらありかもしれないね。ボクたちの命運をかけるにはちょっと冒険しすぎじゃないかな?」
「どうしましょう。何をネタに話すと審査に合格できるんでしょうか」
さすがの天才少女サクにゃんも頭を抱えてしまった。
「まずは頭の整理をしましょう。2次審査の審査方法ですが、少し特殊なのでしっかりと覚えておいてください」
レイが咳払いをして説明を始める。
「わたしたちの契約している事務所、ダブルウェーブのファンクラブ会員の中から選ばれた100人がオンラインで配信を視聴してくださいます。会員の皆様1人につき10ポイントが無料配布されており、そのポイントは配信サイト内でギフトと呼ばれるアイテムと交換ができます。そして、交換したギフトを気に入ったグループに投げることができます」
いわゆる投げ銭をマイルドにしたシステムだね。ファンの応援する気持ちをギフトに変えて……昔はよくメイメイの単独配信でギフトを贈ったな……。有料ギフトを贈っても、ぜんぜん名前を呼んでくれない子だったけど。ぐすん。
「無料配布されたポイントのほかに有料ポイントの販売もあり、高額なギフトとの交換には有料ポイントの購入が必須となります。今回の2次審査は、贈られたギフトの合計ポイントで競うことになります」
たった30分で、顔も見せずに新規のお客さんからギフトをもらわなければいけない。なんてハードな戦いなんだ。
「なんや。ギフトを一番たくさんもらったら勝ちなんか。楽勝やな」
「そうでもないわよ。1次審査の結果と2次審査の結果を合わせてオーディションの合否は決まることになるんだけど、今回見てくださる会員の方は100人しかいない。同時に何グループも配信することになるはずだから、まずは100人のうち何人に配信を見てもらうことができるかが勝負の分かれ目になるわ」
都の説明にナギチの顔が青くなる。
「かなりのインパクトがないと見てももらえへん……」
「そういうことよ。そして、あなたたちのスタートは16時。15時と15時半の回がすでに終わっている。これが意味することがなにかわかる?」
「はい! 無料ポイントの消費はすでに終わっているものとみるべきかと」
サクにゃんするどい。
ほとんどの会員は15時の回で無料ポイント分のギフトは贈り終えてしまっているだろう。後攻めは有料ポイントを買ってまでギフトを贈りたいと思ってもらわないといけないという高いハードルを越える必要があるのだ。
「えーと、詳細なタイムスケジュールによると、最初の5分間は1次審査の映像を流して、残りの25分でフリートークらしいわ」
「わたしたちに有料ギフトを贈ってくださいってお願いしてみましょう~」
「メイメイ、それを30分のトークの中で直接ではなくお願いしていくんだよ?」
参加してくれる会員の人たちは、これが審査であることは理解している。だからこそ、合格させたいと思ってさえくれれば、有料ギフトを贈るという意思は示してくれるはず。はず……。
「ボクたちが合格に値するか、そうじゃないか、見てくださる方がどう判断するか次第ってこと」
どんな話題で配信に人を集めて、そう思ってもらえるかがとても難しい……。
「わたしはアカリちゃんの話、したいです~」
「サクラも……灯さんの話がしたいです……」
なるほど。
ボクが代役であることにあえて触れる作戦か。
一見奇策のようだけど、ほかのグループにはおそらく真似できないインパクトはある、かもしれない。
「桜さん、そのアイディアとても良いじゃない。みんなはどう思う? 春さんいけるかしら?」
都がハルルに仕切れるか、という意図の質問を投げかける。
「いける、と思う。うん、それでいきましょう! 私たちはアカリさんも含め10人全員で≪六花≫だから!」
全員が深く、何度もうなずく。
オーディション合格をアカリさんに捧げるんだ。




