第7話 撮影~公園にて(カメリハと思いきや本番)
「はぁはぁはぁ……」
ヤバい……これ……すんごい……疲れる……。四つん這いで走るの……めちゃくちゃ疲れるよ……。
「こっちおいで~。ほ~ら、タヌキちゃんの大好きな骨だよ~♡ とってこ~い!」
ブォン。
ハルルの手を離れ、空気を切り裂くような小気味いい音を立てて飛んでいく骨!
落下地点――推定150mくらいか。
ハルル、強肩すぎるよ……。
はぁはぁはぁはぁはぁ。
四つん這いで150m走って骨を拾いに行くのは……超きつい……。
ふぅふぅふぅふぅふぅ。
帰りが特にしんどい!
骨を口に咥えると……息がしにくい……。
「わ~、賢い賢い♡ タヌキのカエデちゃん賢くて大好き~♡」
ちょっ、頭撫でるの通り越して、全身で絡みつくんじゃない!
絡みついたまま芝生の上を転がるんじゃない! 首が! 首がキマってるからっ! ギブギブギブッ!
ちょっと、レイ! この映像大丈夫なの⁉
(インパクトあります。とても良い画が撮れています)
ホントにぃ?
どう考えてもタヌキのコスプレをするボクに、ハルルが抱きついているだけの危ない映像じゃない?
(CGでなんとでもなりますから)
やっぱり加工しないと見られない映像になってるってことじゃんか! このカメリハいつまでやるの⁉ 超きついんですけど!
(そろそろ次のシーンに移ります)
次のシーン?
「はい、カットです。散歩のシーンはOKです。とても良かったのでこのまま使おうと思います」
ホントのホントにぃ?
「わ~い、私にも見せて見せて~♪」
ハルルがレイの持つカメラを覗き込む。
一応ボクもチェックしておくか……。
「カエデちゃんかわいい~♡」
シュールオブシュール!
シュール以外の何物でもない映像!
四つん這いで走るボク(タヌキ)がずっと映っているだけの映像……。しかも顔がひどい……。ぜんぜん楽しそうじゃない。実際楽しくないからそりゃそうなんだけど、カメラに映して良い顔してない……。
「えー、これは撮り直したほうが良いのでは?」
「なんで?」
「いや……何はともあれ、ペットがうれしそうじゃないのはちょっと……。めっちゃきつそうな顔して走ってるし。実際きつかったんですけども」
「そう~? すっごくかわいいと思うわよ? 私の投げた骨をこんなに真剣に拾いに行ってくれてるんだな~って思ったら、キュンってきちゃう♡」
骨を投げてキュン? それはちょっと特殊過ぎる性癖では?
視聴者の人にはたぶん伝わらない気がします……。
「あとさ、最初にツッコみ忘れたんだけどさ……タヌキって骨かじるの?」
これ、犬用のおやつですよね。
「かえでくん。そこはコスプレですから。リアルを追求しすぎなくても」
レイさん、そのセリフさっきも聞いた! 半笑いで言うのやめてー!
じゃあ「骨以外に何投げるの?」って聞かれてもわかんないけどさ、タヌキが骨かじってるところは見たことないんだよね。犬よりだいぶ口小っちゃいし。
「かわいいからこのままで良いと思う♡」
ハルルはにっこにこの笑顔を浮かべ、頭の上でOKマークを作る。
ダメだ、今日のハルルはポンコツだ……。
「次のシーンに進みます。背景はあとで加工しますから、このまま撮影したいと思います」
ふーん? どんなシーンなのかな?
「『もし夢の中で、ペットが私に話しかけてきたら』のシーンを撮りたいと思います」
「は~い♡」
「えっ? ちょっと待って? ちょっと待って? 何そのシーン。……妄想?」
「夢の中のシーンです」
つまり妄想ですよね?
えっと、ボクは普通にしゃべればいいってことかな? それでこのコスプレ? そういうこと? 待って待って……だとすると、さっきの骨を拾いに行くシーンって必要だった? 夢のシーンだけで良いんじゃないの?
「かえでくん。現実がつらいから夢が楽しいんですよ」
なんかすごい深いこと言ったような……。予想外に良いことを言えたからって、後付けでドヤ顔しないで?
「最初の現実のシーンは、本物のタヌキのほうがいいんじゃないかなあ」
「かえでくん。本物のタヌキは骨を拾いに行きませんから」
「やっぱり骨拾わないんじゃん!」
知っててやらせたの……。
そうだよね。だって、タヌキにリード付けて公園を散歩しないもんなあ。
「こちらが台本です」
ペライチの紙を渡される。
えー、こういう感じなの?
アクション。
四つん這いで座り込んでいるボク(タヌキ)。それを少し離れて見つめているハルル。
「あれ……だれ? その耳、しっぽ、肉球。それに首筋のキスマーク……もしかして、あなたタヌキのカエデちゃんなの?」
キスマークはさっきハルルがつけたやつですよね……。それで特定するのはどうかと思うんですよ。
「えっと……こんにちは」
「こんにちは! カエデちゃんが人間になってる! どうしてどうして⁉」
ハルルが近寄り、跪いてボクの手を取る。
「わかんない。気がついたらこんなかっこうで……ハルちゃん、ボクの言葉がわかるの?」
「わかるよわかるよ~。うっそ~! カエデちゃんとおしゃべりできるなんて夢みたい~♡」
ハルルが手を引いて、ボクを立ち上がらせる。
「カエデちゃん、人間になってもかわいいよ♡」
力強くハグされる。せ、背骨が……。
「あ゙あ゙あ゙っ、ハルちゃんっ! ボク、ハルちゃんに言わないといけないことがあるんだ……」
「ん~、な~に? 私のお嫁さんになる?」
なんでやねん。
良いシーンなんだから、余計なアドリブ入れてくんな!
「えっとね……。いつも遊んでくれてありがとう。いつもおいしいご飯をくれてありがとう。ボク、とってもしあわせだよ」
感謝。
普段は伝えられない感謝を、特別な言葉に乗せて。
「……あれ? ごめん、涙が……えっぐえっぐ」
ハルルは号泣していた。
演技じゃない。マジ泣きだった。嗚咽を漏らして泣いていた。
「ずっと一緒にいてくれてありがとう。これからもずっと一緒にいられるといいな」
「私も……ひっく……ありがとう……。カエデちゃんと出逢えて……ホント良かったよ……」
ボクとハルルは肩を寄せ合う。
カット。
「お疲れさまでした。とても良い画が撮れました。もうこれ以上の撮影は不要ですね」
レイがカメラチェックをしながら、満面の笑みを浮かべている。
ハルルはそれに答えず泣き続けていた。
良い話だけどそこまでの感動ものになっていたっけ?……ハルルはなんでそんなに入り込んでるの?
今の映像って、編集をレイに任せたままで大丈夫なのかな……。
不安。




