第3話 楓、知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない……!
「お前たち……そんな要件で雁首揃えて、わざわざ私のところに来たのか……?」
麻里さんはボクたちのことを一瞥し、呆れたようにため息をついた。
レイさん、もう麻里さんのところに着いたでしょ! お姫様抱っこはいいから、もう降ろしてください!
「いや、ボクは関係ないのでこの人たちといっしょにしないでほしいんですけど……。んーでもここまで連れ来られちゃったし、せっかくだから一応尋ねておきますね。それで……実際のところはどうなんですか?」
ボク自身は別にたいして興味はないんですけどね。でもこのままだと2人が納得しないから一応ね……。
「実際とはなんだ?」
「えーと、麻里さんは結婚してないですよね?」
「ああ、してないな」
今何歳なのかは知らないけれど、やはり独身でした、と。
「子どもはいるんですか?」
一応これも聞いておかないとね。
結婚していないけど子どもがいるパターンも別におかしくはないし。
「ああ、今はいないな」
ん?
「今は? 昔は……いたんですか?」
まさか既に成人済みの子どもがいるとか⁉
「私はお前たちのことを我が子のように思っているよ」
そう言って麻里さんは口角を上げてニヤリと笑った。
「いや、そういうのはいいんで……」
「ほれ、お茶飲むか?」
麻里さんがいつものように、部屋の隅にある冷蔵庫からペットボトルを取り出して投げてよこす。
「ちょっ」
そのタイミングでレイのお姫様抱っこからようやく解放され、ボクは慌ててペットボトルをキャッチ。
「おっとと、ありがとうございます……これは市販のお茶ですか?」
「疑り深いヤツだな。広く流通している市販品だよ。そこにダンボールがあるだろう?」
麻里さんが指し示す方向を見ると、ダンボールが何箱も積まれていた。表には同じ銘柄のお茶がプリントされている。よく名前を知っている商品だ。
「まあ、大丈夫そう、かな……」
でもまだ2割くらいは疑っている……。
中身を入れ替えられていたり、注射針を使って薬を中に混入させられていたりするかもしれない……。
「ウタも気をつけて。麻里さんから飲み物を渡されたら、怪しげな薬が入っていないか確認しないと」
「あなたね……そんなこといちいち気にしていたら、教授の研究室ではやっていけないわよ」
ウタはまったくペットボトルの中身の安全を確かめようともせず、キャップを開けて豪快に口をつけてしまった。
男前すぎる……の前に達観している……。これ、研究所員は日常茶飯事のごとく薬盛られてるっていうの⁉
「わたしも師匠を信じていますから」
レイもウタと同じようにペットボトルに口をつける。
いや、レイさんは先日騙されたばかりでしょうが……。
「2人とも赤ちゃんにされても知らないんだからね?」
ボクだけは慎重に。
ペットボトルをくるくる回転させながら、そこに不審な穴が開いていないか、変色していないかなどをチェックする。
うーん。問題なさそう、かな……。
「よよよ。我が子に疑われて私は悲しいよ」
麻里さんがハンカチで目元を拭う素振りを見せる。
「だまらっしゃい! ママに薬を盛られて悲しいのはこっちだよ!」
「おお、楓。私のことをママと呼んでくれるんだね。ふむ……作詞が捗りそうだよ」
麻里さんは演技もそこそこに、走ってデスクに戻ると、パソコンのキーボードを激しくたたき始めた。まさかと思いますけど、ボクがパソコンに向かって何か作業しているのは研究ではなくて作詞・作曲活動だった……?
「次の曲はママがテーマなのですね。楽しみです」
暢気に感想を述べるレイ。
「アイドルが歌うママの曲っていったい……」
「あら。昔、登場キャラクターが全員ママアイドルという設定のアニメがあったはずよ。アイドルがママでも問題ないと思うのだけれど」
何その尖り切った作品……。
そんなジャンル、世間で受け入れられるの?
ってそうじゃない!
「あ、ほら、また話が脱線してる! 子ども……の話はもういいか。次の質問! もしかして麻里さんは、メイメイやハルルが赤ちゃんの頃に母乳を上げたりしてたんですか?」
「そう、それよ!」
「それを聞きにきました」
2人ともようやく本題を思い出してくれてうれしいよ。
いい加減このバカげた質問の答えを聞いて、さっさと帰ろう。
「お前たちはその質問を聞いてどうするんだ?」
麻里さんは質問には答えず、逆に質問で返してくる。
「どうって……レイ、ウタ、どうするの?」
ボクは別にどうでも。
聞きたいのは2人だからね。
「かえでくんを赤ちゃんにしてわたしも母乳を上げたいと思います」
「それは却下で」
それはいろいろアウトだと思うんだ。
何がアウトかはわからないけれど、超えてはいけない一線を大きく踏み越えている気がするんだよね……。
「もともと育ての親の私なら、かえでに母乳を与えても問題ないわよね」
「なぜ問題ないと思ったのか。問題しかないので当然却下で」
そんなに赤ちゃんに母乳を上げたいなら、まず責任ある大人になってから、ご自分で出産されるか、養子縁組などしたら良いと思いますよ?
「なんだ、楓は母乳が嫌いか?」
麻里さんがデスクの巨大なモニターの上から頭を覗かせて、こちらを見てくる。
「好きとか嫌いとかそういうのではなくないですか? もう母乳を飲む年齢ではないので知りませんよ」
「いくつになっても、親にとって子どもは子どもだよ。まあ、楓の場合は物理的に体を赤ん坊に戻すこともできるからな」
「それが話をややこしくしている基なんでしょ! ほら、早く答えてくださいよ。麻里さんが『母乳を出す薬なんてない。自分で母乳を上げたことはない!』って言ってくれればこの話はきれいに終われますから」
これ以上モヤモヤする前に帰らせてくださいよ。
「ん、薬はもちろんあるぞ」
……はい、知ってました。
でもそこはウソでも「ない」って言ってほしかったの!
あーあ、2人が期待に満ち溢れた目でボクのことを見てるじゃんかー!
「ボク、ちょっとお腹が痛いので早退します」
ダッシュで研究室のドアへ。
こんな時は逃げるが勝ちだ!
くっ、ドアが開かないっ!
「楓、知らなかったのか? 大魔王からは逃げられない……!」
知ってましたよ!
くそぅ!




