第2話 ついに和解? レイとウタが共通の目的のために動き出す⁉
ウタに呼び出されて、小さな打ち合わせ用の会議室へ。
「うぃーす。何か用事?」
と軽い感じで入ってみたけれど、要件はわかっているつもり。定期公演#4の最後の……赤ちゃん騒動のことですよね。
「あら……私が呼んだのは楓だけだったはずなのだけれど?」
ウタがボクの後方に立つレイに対して、冷たい視線を投げかけていた。
「まあ、ほら、念話――脳内の通信に関してはレイも専門家の1人ではあるわけだし?」
というのは半分ホント。
もう半分……の半分くらいは、あの時のことはあんまり覚えてないので、レイにフォローしてほしい気持ち。残りは1人で受け止めきれなかったらどうしようという不安で……。 だってさあ、また頭の中を弄繰り回される話なんでしょう? 普通に怖いじゃないのさ……。
「わたしはかえでくんの専門家です」
それだとちょっと意味が違ってきますね。
「それなら私のほうが専門家よ! なんせ生まれる前から教育を施したんだから」
ウタがボクに抱きつく形で肩にあごを乗せ、後ろのレイを挑発する。まあ、ボク自身はその生まれる前の時のことは覚えていないんですけどね。
「それではもう一度かえでくんを赤ちゃんの状態に戻して、わたしが教育しなおします」
「それよそれ! その時のことで今日は呼んだのよ! まったく何してくれたのよ!」
ウタがボクの背中をバンバン叩きながら声を荒げる。
痛いです。それと、いい加減離れてください。耳元で怒鳴られるとキーンってなるのでやめてほしいです。……ウタ、香水変えた?
「定期公演#4の時のことでしたら、それは師匠に尋ねると良いのではないでしょうか。あれはすべて師匠がやったことです」
「そうだよ。ボクは被害者だよ」
テントウムシの注射針で刺されたと思ったら、赤ちゃんにされていたんだからね。何だかあの時の記憶はあいまいなんだよ……。
「急にバイタルがチェックできなくなったのよ。それと緊急通信も拒絶されて。あれはいったいどういう状態だったのかしら……」
「それはわたしも同じでした。かえでくんの体が赤ちゃんになった瞬間から、かえでくんの声がまったく聞こえなくなってしまったんです。言葉は通じないし、かえでくんは泣いてばかりだし、とても困りました」
レイが近づいてきて、力任せにウタの体を剥がしにかかる。ウタは余計にボクの体に強くしがみついて抵抗を見せていた。……耳元でちょっとエロい吐息を漏らすのはやめてもらっていいですか?
「師匠は『赤ん坊はそういうものだよ』とおっしゃっていましたが、そういうものなのでしょうか」
「私に聞かれてもわからないわよ……。初期状態……新生児の楓――その時のコードネームはNo.A7017-02.032だったけれど、楓はとてもお利口で、生まれた時からきちんとコミュニケーションが取れたわよ」
なんと、ボクはお利口な子どもだったのか。
だけどAIの初期状態って子ども? 赤ちゃん? って認識でいいのかな。
「わたしは泣いてばかりで母乳を飲みたがって、胸に顔をこすりつけてくるかえでくんのほうがかわいいと思います」
「なっ……んですって。詳しく話を聞かせてちょうだい」
ちょっとウタさん?
バイタルチェックと緊急通信の話はどこいったんですか?
「それでは状況を詳しく説明しますので、かえでくんをこちらへ」
レイの言葉に従うように、ウタがようやく体を離してくれる。しかし直後、ボクはソファに腰かけたレイの太ももの上に寝かされ、頭を脇に抱えられてしまった。
「あの時は抱っこ紐を使っていましたが、わたしがこのように首を支えてかえでくんを横抱きにして寝かせていました。かえでくんが目を覚ますと、わたしの胸を小さなお手手で掴んで、まるで乳首を探すように顔をこすりつけながら泣いていまいました」
ちょっと、レイ! そこは詳しく実演しなくても……胸を押しつけなくていいからね?
いや、赤ちゃんになったボクはそんなことをしてたの⁉
「なんてことなの……胸を……それから?」
オロオロしながら続きを要求するんじゃない!
「わたしもすぐに母乳が出せればよかったのですが、少し気合が足りず、かえでくんをそのまま泣かせてしまいました。申し訳ございません」
「いや、謝るところではないと思うんだけど……」
気合で母乳の出し入れは何ともならないと思うし?
「それから師匠の用意してくださった哺乳瓶でミルクをあげてみたのですが、わたしからはうまく飲んでくれず……師匠が代わってくださったら、かえでくんはすぐにおいしそうにミルクを飲み始めました。わたしでは母力が不足していたようです」
母力って何?
麻里さんにはそれがある、と?
「やはり年の功かしら……。麻里教授はずいぶん手馴れているようなお話だけれど、子育ての経験があるのかしらね」
どうだろう。
麻里さんは結婚してないよね。あれ? してないよね?……指輪はしてないけど。
「さつきさん、はるさんのことは、自分が育てたとおっしゃっていました」
「それってもしかして、赤ちゃんの時に面倒を見ていたって意味なのかな?」
経済的な支援だけかと思っていたけれど、実はそうじゃなくて、実際に世話を?
でもたしかになあ。少なくともメイメイのほうは、麻里さんに異常に懐いているもんね。秋月美月さんは出産の時に亡くなったという話だし、北海道のおばあちゃんのところに引き取られるまで、麻里さんが世話をしていてもおかしくないのか。
それを言うならハルルのご両親も事故で亡くなっているから、一時的に預かっていた可能性も……まあ、それは麻里さんに聞かないとわからないね。
「師匠なら母乳を強制的に出す薬の開発は簡単でしょう」
「そこ重要?」
「重要です」「重要よ!」
2人から強い口調でかぶせ気味に強調される。
そうなのか……別にミルクでも良い気がするのに。
「やはり師匠が直接母乳を……」
「確かめてみる必要があるわね……」
え、何を?
「いきましょう」
「ええ、すぐに確認よ」
レイとウタが頷き合うと、レイは勢いよくソファから立ち上がった。
レイさん痛いです。ボクの頭を抱えたまま無理やり立ち上がらないでくださいよ。体が斜めになってますからね?
「かえでくん、少し失礼しますね」
「ちょ、何⁉」
レイに膝を持ち上げられて、まるでお姫様抱っこのように抱えられるボク。
「緊急事態だし、しかたないわね……」
ウタが歯噛みしながらボクを観察する。
いや、だからこれって何の緊急事態なんですか?
「赤ちゃんじゃないし、普通に歩けるから! 降ろしてってば」
「いいえ、今は一刻を争う時ですから急ぎます」
ウタが会議室の扉を開けると、その後ろをレイがボクをお姫様抱っこして続くというへんな絵面。
いや、だから何の緊急事態なのさ⁉




