第1話 事後報告……え、これって決定なんですか⁉
いつものダンスレッスン前。
花さんにDMで呼び出されて会議室へと向かう。
グループ宛てじゃなくてDMで直接というのはなかなかめずらしい。なんか怒られるのかなあ。
会議室の中に入ると先客が。ハルルが背筋をピンと伸ばして椅子に腰を下ろしている。
「あれ? ハルルも呼ばれたの?」
ボクの声に反応し、ハルルは姿勢を崩さず、視線だけこちらに向けてくる。
「ええ、この会議室にって花さんから」
「ボクも同じだよ。ほかには誰も? 呼ばれたのはボクたちだけかな? なんだろう」
入り口付近で立ったまましばらく待ってみても、花さんは現れない。とりあえずボクもハルルの隣の席に座って一息。
「定期公演#5の話かなあ。ボクたちがメインMCだし」
「それならサツキもじゃない? 今回は3人だし?」
まあそれもそうか。
メイメイは元気いっぱい、練習前のスイーツ補給に出かけてしまったからなあ。もしかしたらDMが着ていても見ていない可能性がある……。
と、花さんが会議室の扉を開けて中に入ってきた。ボクもハルルに倣って、背もたれに寄り掛かるのをやめて体を起こす。
「おまたせ。時間ないところ悪いわね」
「まだギリギリレッスンの時間前なので大丈夫ですけど、何かありましたか?」
「ええ、それがね――」
花さんから聞かされた内容は、予想の遥か斜め上をいくものだった。
「えー? 朝西のスピンオフですか⁉」
「しかもアニメ化っていったい……」
ボクもハルルも困惑を隠せない。
朝西とは、大人気少女マンガ『朝日は西から昇る』のことだ。ちなみに、作者はシオセンセ。この間、実写映画化もされて、ハルルがキャスト表2番目の準主役・夕焼ナズナ役に大抜擢されたのだ。そしてボクもなぜか猫のチィタマ役に……。
「朝西のメンバーが活躍する2D日常系のアニメって……。あれってシリアス展開しまくるマンガだし、日常系はちょっとイメージと違いません?」
「あら? もしかして知らなかったのかしら? 最近Webマンガでスピンオフの連載を始めったのよ。日常系のね。ゆるくてかわいいと人気が高まっているわ。ちなみにアニメは5分枠よ」
「まさかシオセンセの新作がWebで……チェック不足だった」
あの人化け物か。
いくつ連載抱えてるのさ。
「アニメ化決定はおめでたい話ですけど、どうして私たちにその話を?」
「あー、たしかに?」
アニメなら映画のキャストのボクたちにはたいして関係ないのでは? 別にキャストはキャラクターの権利を持っているってわけでもないですし。
「何言ってるのよ。声優よ。夕焼ナズナと猫のチィタマ、あなたたちにそれぞれ声優としてオファーが来ているのよ」
「ホワッツ?」
「ボイスアクターよ」
いや、英語で教えてくださいって意味ではなくてですね……。
「私たちが声優……?」
ハルルがきょとんとした顔でボクのことを見てくる。いや、ボクを見られても同じ顔しかできないですけど。
「声優ってあの声だけで演技を求められるという伝説の……」
「伝説かはわからないけれど、声だけの演技を求められる仕事ね」
花さんが苦笑する。
「ハルルみたいに声がかわいければアリかもしれないけれど、ボクみたいな普通の声の素人はちょっと……ね、ハルル?」
「声がかわいい。声がかわいい……デュフフフ」そうつぶやいたまま……あーあ、どっかにトリップしちゃった。仕方ない。花さんと話を進めよう。
「なんでボクたちなんです? 実写映画のほうのキャストだから?」
実写映画とアニメで同じキャストになるって話は聞いたことないなあ。
「原作者の強い希望ね」
「シオセンセのバーターやないかい!」
またしても身内の犯行か!
「この作品に関しては原作者の力が強いのよね。≪初夏≫の宣伝にもなるし、正直助かるわ」
「いや、ボクはぜんぜん助かってないんですが……」
こういうのって事前に相談とかないものですかね? あー、決定後にニヤニヤしながら教えてこようとしてたのかな。あの人ならやりそうだわー。
「ま、こうして事前に花さんから聞けたから、シオセンセの思惑は破られたわけだ」
「事前? ごめんなさいね。この件は事前に伝えることは禁止されていたのよ」
「え?」
「これよ」
すまなそうに眉根を寄せながら、花さんが端末を操作する。
メッセージが着信する。
メッセージを開いた先に記述されているURLをタップして――。
「なんじゃこりゃー!」
すでにアニメ化発表のティザーサイトが!
「ばっちりキャスト表が載ってるやないかー!」
完全に事後報告です。どうもありがとうございました。
「さっき事務所の公式ホームページにもニュース記事としてアップしておいたわよ」
わーお。ホントに上がってる。ファンクラブ開設のお知らせの次に載ってるー。SNSでも拡散され始めてるー。もう逃げられないー。
「そういえば、ファンクラブの募集ももう少しで開始ですね。ファンクラブ名ってまだ仮称ですけど、いつ決まるんですか?」
「それもファン投票したらいいじゃないの。上からは何も言われていないから、あなたたち主導で決めて問題なさそうよ」
「なんと! ファンクラブの名前だって。どうしようね、ハルル?」
「声がかわいい。声がかわいい……」
「おい! もうその話題は終わったよ! いい加減帰ってこい!」
ハルルの目の前で何度か手を叩く。
「あ、カエデちゃん? アニメ化、やったわね!」
「もう次の話題に行ってるから! ファンクラブ名もボクたちで決めていいんだってさ!」
ホント頼むよ、≪初夏≫のリーダーなんだからさー。
「やっぱりファンクラブ名だし、ファンクラブ会員限定配信とかやってそこで決める?」
たぶんそういう仕組みはあるよね。
前半は無料配信で、後半はファンクラブ配信って感じが一般的だったりするかな。
「また私たちで案を出す?」
「んー、ファンの人たちに送ってもらって、それを僕たちのほうで一次選考するとかはどう?」
「それ良さそうね。ファンの人たちと一緒に作ってる感じがするわ」
「よし、その案でみんなに持って行ってみようか」
ファンクラブ名は大事だもんね。
ファンの人たちにとっても、ボクたちにとってもね。愛着のある名前にしないと。
「アニメ化の話もファンクラブの話も大丈夫そうね」
それまで静かに見守ってくれていた花さんが声をかけてきた。
「アニメ化の話はあんまり……でももう決まっちゃってるわけですよね……」
「そうね。2人ともしっかり頼むわね」
「いつまでも駄々こねてるんじゃないわよ」っていう微笑みだ。ぜんぜん目が笑っていない。
はい。
ボスの言う通りに……。




