第8話 新たなプロジェクトの発表
メイメイは予定されていた質問に対して無難にすべて答え、何のトラブルもなく記者会見が終わろうとしていたその時だった。
『記者会見は以上となりますが、この場をお借りし新たなプロジェクトの発表をいたします』
え、何? これは麻里さんの声⁉
こんなの台本にはないぞ! いったいなんだ⁉
メイメイのほうをチラ見してみても、小さく首を振るばかり。
新プロジェクトの発表とやらについてはメイメイも聞かされていないみたい。
『≪Believe in AstroloGy≫×≪The Beginning of Summer≫一夜限りのスペシャルコラボレーションライブの開催が決定いたしました!』
なん……だって?
コラボレーションライブ? しかも≪BiAG≫と? どういうことなの……?
急な情報解禁に、各社慌ただしくどこかと連絡を取り合う姿がモニター越しにでも見て取れる。まさかの発表にマスコミの方々もざわついていらっしゃるご様子。
しかし彼らもプロ。すかさずインタビュアーからライブの詳細についての質問が飛ぶ。
『兼ねてより、私どもダブルウェーブ事務所では、AIを活用したライブ配信に力を入れてまいりました。とくに≪The Beginning of Summer≫はその代名詞ともいうべきアイドルグループであります』
代名詞と言われると少しくすぐったいけれど、気が引き締まる思いだね。たしかにAI観客を導入したライブ配信は世界初だったし、なんならマネージャーのボクもAIの脳を持っているもんね。これはトップシークレットだけど。
『弊社独自の技術によって、この度≪Believe in AstroloGy≫をバーチャルアイドルグループとして蘇らせることに成功いたしました』
へ? バーチャルアイドル⁉ VTuberみたいな2次元アイドルってこと?
つまり、≪初夏≫が2次元アイドルと、しかも≪BiAG≫とコラボしてライブを行う……? もしかして≪初夏≫も2次元アイドル化するのかな?……ちょっと急な展開過ぎて、ぜんぜん話についていけない!
メイメイのほうを見ると、目を大きく見開いたままプルプルと小刻みに震えていた。それ今どんな感情なの? 驚いてるだけ? それとも怒ってたりする?
『開催時期など詳細については後日発表いたします。記者会見は以上とさせていただきます』
うわっ、投げっぱなしのまま唐突に終わった!
ぜんぜん質問したりなそうなマスコミの方々の不満そうな顔が最後に映って接続が切られる。……なんか麻里さんが適当でごめんなさい。
「メイメイ、記者会見お疲れ様。台本通りちゃんとできてたよ、えらいね」
あ、ダメだ。メイメイはずっと小刻みに震えたままで、ボクの話を聞いてない。
「おーい、メイメイ? 大丈夫……?」
目の前に手をかざして反応を見る。
瞬きはするから一応生きてはいるか……。
「それにしてもコラボレーションライブって何やるんだろうね?」
「お母さんがバーチャルアイドルに……」
お、メイメイがしゃべった。
「楽しみだねー。メイメイはバーチャルアイドルはどんなものか知ってる?」
「えっと、CGアニメのキャラクターのアイドルですよね~。アニメのキャラクターでかわいいし、声も声優さんみたいに特長のある人がいっぱいで人気があるのは知ってますよ~」
「おや、その言い方だと、実際の配信を見たことはない?」
「まだちゃんと見たことはないです~。切り抜き動画くらいかな~」
「ボクもそこまで詳しいわけじゃないけれど、一応アイドルグループとしては近しい業界だし、リサーチを兼ねてちょこちょこは見たりしているよ。メイメイも今度見てみるといいよ」
生配信でのトークの仕方やコメントの拾い方は勉強になるからね。人気がある人にはちゃんと理由がある。
「でも、バーチャルアイドルの人は画面の前でゲームをしたり、おしゃべりしたりするんですよね~? ライブってカラオケですか~?」
メイメイが不思議そうな顔をしている。
ああ、メイメイはバーチャルアイドルのことを少し勘違いしているみたいだね。
「メイメイの言っているゲーム配信みたいなのもバーチャルアイドルの活動の一つだよ。そういう固定カメラで配信するような場合は、アプリでもフェイストラッキングして表情を2Dアバターにリアルタイムで再現できるサービスが提供されているし、個人でも活動ができたりするよね」
「そういうアプリのCMは見たことあります~」
「アバターの作成もパーツを選んで簡単にできたりするし、アプリの中で配信チャンネルも用意してくれるから誰でも簡単に始められる」
「今度やってみようかな~」
「事務所の人に怒られるから、勝手に配信したりするのは絶対やめてね!」
許可なくアプリのプラットフォームでバーチャル配信なんてしたら、ゲリラ豪雨配信の比じゃないくらい怒られると思うの……。
「それで! 話を戻すと、バーチャルアイドルによるライブっていうのは、メイメイが想像しているおしゃべり配信とはちょっと違うんだよ」
「どういうことですか~?」
「大手のVTuberを抱える事務所なんかが定期的にライブをしているんだけど、2Dアニメーションではなくて、3DCGモデリングした立体的な映像なんだよね。モーションキャプチャー技術を使って、実際に人が踊っているのをトレースして、プロジェクションマッピングで投影する……ってボクの言っていることわかる?」
「ん~と……? なんかすごそう~」
うん、難しいこと言ってなんかごめんね……。
「要はあれだ。ボクたちの定期公演で観客席に座っていたAIキャラクターたちみたいな存在が、ステージ上で歌ったり踊ったりするのがバーチャルライブだよ」
「え~。観客も踊れるなんてすごいです~」
「いや、普通のライブでは観客は踊らないと思うけど……。同じ技術を使って、≪BiAG≫のメンバーをステージ上に再現するってことなんだと思うよ」
「お母さんと一緒に踊れるってことですか~?」
メイメイの顔にパッと花が咲く。
お、ようやく理解した?
「バーチャルアイドルって言っていたから、リアルな姿ではないと思うけど、たぶんお母さんっぽいキャラクターと一緒に踊れるんじゃないかな」
「お母さんにダンスを教えてもらえるんですね~」
「たぶんそういうのではないと思う……。同じ曲を一緒に歌って踊る、みたいな?」
中身入りのバーチャルアイドルなら、モーションキャプチャー技術を使ってリアルタイムにMCトークをしたりはできると思うけど、秋月美月さんはもう……それに≪BiAG≫のほかのメンバーもパフォーマンスすることはないだろうし。あくまで楽曲のパフォーマンス部分を過去の映像からマッピングして再現するってことだろうなあ。
「お話はできないんですか……」
「たぶん、ね……?」
もし、麻里さんが秋月美月さんの脳をデジタル化していたとしたら――。
いや、だけどそれはあくまで可能性の話だ。
憶測で期待させてしまって、もし違ったら取り返しのつかないことになってしまう。だからボクは何も語らない。
「長話しちゃったね。さあ、もう少しで練習の時間になるからここを出よう」
麻里さんに詳しく話を聞かなければ。




