第6話 夏目早月は覚醒したか?
もし仮に、メイメイがデビュー時に秋月美月さんの娘だと公表していたとしたら?
約束された成功が待っていたのではないだろうか。
瞬く間に駆け上っていくトップアイドルへの道。それこそ高速で動くエスカレーターにでも乗っているかのように。
「でもそれはメイメイの望む未来なのかなあ……」
だけど、間違いなく高みへと至ることができるだろう。
仮にたいした努力もせず、実力が伴わなかったとしても、確実にアイドル界の頂点に立つことはできるし、お母さんと同じ武道館でライブをするという夢も叶うだろう。たとえすぐにほかのアイドル達にその座を明け渡すことになったとしても、それはすでに夢を叶えた後だ。一度トップに立ってしまえば、もうアイドルに対して何の執着も未練もない状態かもしれないね。
きっと結果だけ見ればそれが正しい。
でもそれってホントに正しいのかな。
メイメイが望んでいる未来の姿って、そういうことなのかな。
「試行錯誤も挫折もせずにつかみ取った成功なんてありがたみもないから、大してうれしくもないんじゃないかなあ」
仲間がいて、ライバルがいる。
≪初夏≫に入ることがなければボクたちとも出会うことはなく、まさか映画のエキストラ役なんてやらないだろうから、マキとも出会わないかもね。学校に通えるほどの時間もないだろうから、クラスメイト達とも出会わないかもしれない。
「売れないねー、人気が出ないねー。アピールポイントって何だろうねー」なんて言いながら、いろいろな動画や写真を試行錯誤しながら撮って投稿することもないかもしれない。たぶんゲリラ豪雨配信もやっていないのかな。
数多の障害があって、それらを乗り越えてつかみ取る何か。それこそがかけがえのないものであり、尊くて美しい輝き。アイドルとして生きた証。
「そんなこと言ったら、昭和のオヤジかよ。根性論だとか、考え方が古臭いだとかって言われるかもしれないですけどね」
「ふむ。私もそういう考え方は嫌いではない。早月がそれを望むかはわからんがね」
メイメイが口にするお母さんへの憧れ。
それは『武道館でライブ』という切り出された結果のことではないとボクは思っている。
そこに至るまでの紆余曲折。辛酸をなめた日々。切磋琢磨し、仲間たちと乗り越えた苦悩の日々。そういった当事者たちにしか見えない、決して見せることのない秘められたアイドルらしからぬ部分。キラキラしていない隠されたコアな部分。
それら全部を含めて、アイドルとして、秋月美月さんに憧れているんじゃないかなって。
メイメイの生来の性格はアイドル向きじゃないと思う。
人見知りで引っ込み思案で、緊張しいで、初対面の人の前ではすぐに表情が強張る。いつでも笑顔で誰とでも仲良く。そんな世間一般のアイドル像とはかけ離れているだろう。
でも、だからこそアイドルに向いているともいえるんじゃないかなって思っているんだ。
なぜかって?
メイメイは努力の人だからね。
もちろん天才性はある。頭の回転は異様に速いし、アドリブにもめっぽう強い。
だけどそんなことよりも、最初できなかったことも1つ1つ着実に積み上げて必ず形にする強さこそが最も特筆すべき才能なんじゃないかと思うんだ。人知れず愚直に試行錯誤し、苦手を克服して何事もなかったように見せることを苦にしない。本人は努力したとすらも思っていないのだろう。
それがメイメイにとって自然体なんだ。
自分を良く見せようと無理をしていない。アイドル・夏目早月としての演技をしない。ステージでも、配信中でも、楽屋裏でも、寝ていても、起きていても、食事をしていても、メイメイはいつも同じメイメイだ。
メイメイはいつも同じメイメイだけど、仲間たちと過ごす日々の中で、絶えず刺激を受けて変化していくのが感じられる。変えさせられているのではなく、自然なまま変わっていっている。それも良い方向にね。
その変化、その成長こそがアイドルとしての輝きなんじゃないかなってボクは思う。
メイメイはどんなふうに変わるのだろう。
メイメイはどんなふうに笑うのだろう。
メイメイはどんなふうに泣くのだろう。
次はどんな一面を見せてくれるのだろう。
ワクワクする。
いつまでも見ていたい。
「成功の上澄みだけ掬いとっても、おもしろくもなんともないんじゃないかなあ」
なぜならそれは苦労してトップアイドルに上り詰めた秋月美月さんの辿った軌跡とは違うから。
「世間に比べられてほしくなかったんだ……」
麻里さんの絞り出すような言葉。
「早月には何者でもないうちから、秋月美月と比べられてほしくなかった。夏目早月として比べられてほしいと思ったんだよ……」
夏目早月として。
秋月美月の子ではなく、1人のアイドル・夏目早月として。
「しかし、横やりが入ったせいで、私の思い描いた設計図とは変わってしまったな。正直参ったよ」
言葉とは裏腹に、なぜかそこに悔しさはあまり感じられなかった。違和感を覚える。麻里さんはこの状況を楽しんでいるのだろうか。まさかね。
「やっぱり隠しておきたかったですよね。止められずにすみませんでした……」
自分たちで解決すると宣言しておきながらこの体たらく。
合わす顔がないとはこのことか……。
「楓が謝ることではないよ。あの場で積極介入しないと決めたのは私自身だ。この結果の責任を負うべきなのも私だよ」
ポンとボクの肩を叩き、麻里さんは自席へと戻っていく。
「過去のことよりも未来のことですよ。この先! すでに世間に関係性が知られてしまったこの先、ボクたちはどうしたらいいでしょうか……」
事務所からは未だ公式発表はなされていない。
関係性を公表するべきなのか。それとも否定するべきなのか。はたまた沈黙を貫くべきなのか。
「公表しよう。それ以外にお前たちが主導権を握り返す方法はないよ。シナリオは私のほうで考えておく。公表前にシナリオは配布するが、驚くようなことは何もないだろう。すでにお前たちが知っていることが公表されるべき事実だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「そう、ですか。それではメイメイは今後『秋月美月の娘』という看板を背負うわけですね……」
なんという重圧だろうか。
そして、それはメイメイ個人の問題だけではなくなり、これから≪初夏≫は≪BiAG≫と比べられることになるわけだ。考えるだけでそのプレッシャーに押しつぶされそうだ。
「その辺りも任せておけ。悪いようにはしない。大したことはないさ。早月の成長は楓がよく知っているだろう? どうだ、早月は覚醒したか?」
メイメイは覚醒したのだろうか。
自問自答してみる。
メイメイは眩い光を放っているか。
YES。
メイメイは人の魂を揺さぶる存在になったか。
YES。
メイメイは完璧で本物――かつての夏目早月を超えたか。
……保留。
「覚醒度合としては、6~7割、といったところでしょうか……」
まだ道半ば。
だけど、間違いなく手ごたえはある。
「よろしい。では少々予定外ではあるが、次のフェーズに移行しようじゃないか」
「次のフェーズ、ですか?」
「ああ。公表の件と併せて進めておく。そんな心配そうな顔をするな。≪BiAG≫は今もダブルウェーブの所属だ。問題ない」
そう言って、麻里さんは口角を歪めて不気味な笑みを浮かべるのだった。
問題ないって何なんでしょうね……。
なぜ今≪BiAG≫の話を?
不安……。




