第4話 濃縮されたフェロモンはどうやって体外へ放出される?
「そろそろ起き上がれるか? いい加減、楓も着替えないと風邪をひくぞ」
「あ、はい……なんとか」
体が重だるい……。のそのそとした動きで、ソファの背もたれを伝って何とか体を起こしていく。
うーん、全身がびちょびちょで気持ち悪いな……。自分の汗とレイの汗が混じって、まるで水浴びをした後みたいに濡れている。服がぴったりと肌に張り付いている状態だ。とくに下半身の水濡れがすごくてパンツが気持ち悪い……。
「かえでくん、着替えをお持ちしました。お手伝いしましょう」
レイはテーブルの上に畳まれた服を置くと、ハンドタオルを自分の腕にかける。ボクの手を取りソファの前に立たせてから、目の前に膝立ちになった。
「ありがとう……」
ボクはされるがまま、レイに1枚ずつ濡れた服を脱がされていく。
「上から拭いていきますね」
すっかりすっぽんぽんにされてしまい、頭から濡れタオルでていねいに拭かれていく。えもいわれぬ開放感。一度濡らしてから固く絞った冷たいタオルが体に触れる度、さらに心地良さが倍増するようだ……。
「楓、えらく良いご身分だなあ」
背中越しに麻里さんの声。
明らかにからかうような調子だ。
「ほっといてください。まださっきの変な実験のせいで、まだ体の動きが悪いんですよ……」
「変な実験とは失礼だな。しかしまあ、大成功とはいかなかったか。少し濃度が高すぎたようだ」
「いや、何の実験だったのかくらい教えてくださいよ。小顔効果にしてはおかしいというか……」
レイを見ていたら気分が高揚して……その後何かしようとしたような……記憶がぼんやりしてよく思い出せない。
「小顔効果? ああ、ある意味そういうのもあるかもしれんな。恋をすると美しくなるというしな?」
恋?
「恋にそんな効果があるんですね。ではわたしはすでになぎささんを超えて宇宙一美しくなっているかもしれません」
レイさん、そのタオルはボクの体やら汗やらを拭いているやつなので、ほっぺたに当ててモジモジしていると汚いですよ?
「零はもともと十分に美しいよ」
「ありがとうございます、師匠。師匠も最近とてもおきれいになられましたね」
「ああ、ありがとう。私も恋を知ったからかな」
「師匠の恋のお相手! 知りたいです」
「冗談に決まっているだろう。私の恋人はずっと変わらず研究だよ」
……なにこの茶番。
「そういうのいいんで! ボクが何の実験をさせられてたのか教えてください!」
この師弟コンビのコントに付き合っていると、時間がいくらあっても足りない!
「ああ、だからさっき言っただろう? 恋の実験だよ。ずいぶん効果があったみたいじゃないか?」
麻里さんがレイの真後ろで仁王立ちになる。
つまりボクは見下ろされる状態で……そんな正面から裸……しかも下半身ばかり見られるとさすがに恥ずかしいんですけど……。
「恋の実験ってどういうことなんですか?」
「最初に説明したはずだが? 零に飲ませたジュースに媚薬効果のある香水の成分を濃縮させて混ぜたんだよ」
ああ、そういえばそんなことを言ってましたね。媚薬効果というくらいだから、飲んで最初に見た人を好きになる、とかそういうやつですかね?
「それだとレイがその効果を受けるはずでは?」
ジュースを飲んだのはレイなんだし。
「いいや違うよ。想像してくれ。そもそも香水とはどういう目的で使用されるかわかるか?」
「えーと、それは……自分に吹きかけて、臭いを消したり……あとは意中の相手の気を惹くために嗅がせる?」
「今回の実験は後者のほうだな。香水とはつまり性フェロモンの増幅だ。異性の放つ性フェロモンに惹かれる。動物も、昆虫も、人間も、基本的にその作用は変わらない」
「性フェロモンですか……」
「そうだ。異性を誘引するためのフェロモンのことだよ。零はその成分を濃縮したものをジュースとともに経口摂取した」
そう、ですね?
つまりどういうことなんだろう。
「その性フェロモンを経口摂取しても体内で薄まることがないように細工をしたのだよ」
「つまり……?」
「濃縮された性フェロモンがそのまま体外へ放出される、ということだよ」
麻里さんが何を言っているのかさっぱり理解できない。
そのまま体外へ放出されると何か困るのだろうか。
「師匠、汗ですね」
「そうだ。ジュースに含まれている成分によって発汗作用を高めることで、積極的に濃縮した性フェロモンが汗として放出されるようになっていた。楓のように下から漏らしても効果はあるがね」
麻里さんのいやらしい視線を感じ、反射的に下腹部を押さえる。まさかボクやっちゃってたんですか……?
「かえでくん、平気ですよ。服はちゃんと洗濯しますし、かえでくんの体から出るものに汚いものなんてありませんからね」
ぼぼぼぼぼボクはお漏らしを⁉
「正確にはそれは尿ではないのだが……まあここでそこに言及する必要はないだろう。それよりもだ、話を戻すと、零の汗には濃縮された性フェロモンが溶け込んだ形で体外に放出されたわけだ」
この歳でお漏らしを……うう……。
「その汗がどうなったか覚えているか?」
あ。
「思い出したようだな。つまりそういうことだよ」
大量に体に浴びて、しかも口を開けさせられて飲んだ……。
「楓は目の粘膜から摂取、そして経口での摂取をした。ただちに効果があったな」
「体が熱くなって……」
「零に恋をした」
はっきり言わないで! 恥ずかしいっ! いやー、一時的な効果で良かったよ……。
って、レイさんの顔のほうが真っ赤ですね。
性フェロモンを大量摂取して、その……恋……の状態になっていたのはボクのほうなんですけど? あれ? でも性フェロモンは異性に対してのアピール……どういうことだ?
「ただし、残念ながら濃度が高すぎた。楓は暴走し、まるで野獣のように凶暴になってしまったよ」
野獣ですか⁉
「もしあの時、ボクの体が拘束されていなかったら……」
「ああ、今頃レイの貞操は……危うかったかもしれないな」
Noooooooooo!
マジでとんでもないことをさせられるところでしたよ!
人体実験反対!
「わたしはいつでも……大丈夫ですから!」
何言ってるんですか⁉
とんでもないことを口走るんじゃありません!
レイさん、あなたさっき飲まされた薬のせいで正常な判断ができなくなってますよ!
「なんだそうか。だったら別に体を拘束する必要もなかったな」
「ボクのほうは大丈夫じゃないからね! ありがとうございます! 念のため縛っておいてくれてっ!」
いや、ありがとうございますじゃないわ! そもそも麻里さんがだまし討ちみたいな実験をしなければこんなことにはならなかったんですけどね⁉
「師匠。このジュースの残りは持って帰っても良いでしょうか?」
「ああ、好きにしていいぞ」
「ダメに決まってるでしょ! こんな危険なものすぐに廃棄してください!」
間違って世に出回ったりでもしたら、そこかしこで乙女の貞操の危機が!
「だ、そうだ。次はもう少し安全な濃度での実験に協力してくれ」
「はい、師匠」
「はい、じゃないよ……」
もう絶対オリジナルのジュースは飲まないですからね! ここでは市販のペットボトルしか口にしませんからね!