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第37話 定期公演#3 その3~ボンバー仮面V3

『こんにちは、≪The Beginning of Summer≫のみなさん、そして夏目早月さん』


 スクリーンに映っていたのは、ボクらの敵だった。


 マッドブラックのフルフェイスヘルメットに血で書かれたようなV3の文字。ボイスチェンジャーの男。あるいは女。爆弾テロと深い関わりがあるであろうと目されている人物。実行犯、あるいは何らかの組織の一員。


 その名は、ボンバー仮面V3。


「なぜ……お前が……」


 なぜボンバー仮面V3が定期公演のスクリーンに映っているんだ……。まさかウタの敷いたあの厳戒な警備網を突破して侵入したというのか? それとも外部からのハッキングか?


≪楓……やられたわ≫


 ウタの声がボクの頭の中に響いてくる。

 これはウタからボクの脳内への緊急通信だ!


 ウタ! どうしたの、大丈夫⁉ なんでこいつがスクリーンに⁉


≪爆弾のような物理的な攻撃を仕掛けてくると予想して対策をしてきたのに、まさかオンラインから代々森のネットワークに対してハッキングを仕掛けてくるとは……≫


 ウタが悔しそうに歯ぎしりをする。

 そう、か。物理攻撃でも、会社のセキュリティへのハッキングでもなく、代々森体育館のネットワークを……。


≪既存のインフラを使用したことが原因よ。ずっと以前からバックドアが仕掛けられていたのかもしれないわ≫


 えっと、つまり今、配信に割り込まれている、ってことなの?


≪そうよ。代々森ネットワークの制御を完全に奪われた状態。そこから配信中のアカウントにも侵入されたから、私たちには今流れている生配信を止めることすらできない……≫


 今世界には、この映像――ボンバー仮面V3の姿が流れている……のか。


『大切な定期公演の最中にお邪魔してしまい申し訳ございません。観客のみなさんも、配信をご覧になっているみなさんも、もっとテンションを上げて≪The Beginning of Summer≫を応援しましょう。盛り上がっていますか?』


 ボンバー仮面V3は、ヘルメットの側面に分厚い皮のグローブをはめた手を当てて、観客たちの声に耳を澄ませるポーズを見せる。さっきのメイメイが見せたのと同じポーズだ。


 くそ……皮肉か……。


『残念です……。私がいるとみなさんが十分に定期公演を楽しめないようですから、手短に要件を済ませて去ることにしましょうか』


 そう言って、ボンバー仮面V3は手の平に乗せた黒くて丸い爆弾を見せてくる。ソフトボールくらいの大きさ……のプラスチック。頭にわかりやすく導火線がついたおもちゃの爆弾だ……。


『今日はこんなものしかプレゼントを持ってきていないんです。その代わりといってはなんですが、定期公演開催を祝福してスタンド花を手配しておきました。ああ、そんなに警戒しなくても大丈夫です。危険物なんて入れていませんよ』


 冗談きついよ……。

 ウタ、スタンド花って言ってるけど、ホントに贈られてきている⁉ チェックして!


≪『ファン一同』という名義の花はいくつかあるわね。あとは各メンバーの有志ファンクラブがいくつか……待って、あった。『ユエユエへ。心からの愛を』贈り主が不明のものがあったわ≫


 それだ! 危険物は⁉


≪発見できず。本当にただのスタンド花のようだわ……≫


 マジか……。

 ボンバー仮面V3、お前はいったい何を考えているんだ⁉


(かえでくん、落ち着いてください。今は冷静に。さつきさんに万が一のことがないように周囲の警戒をお願いします)


 ああ、わかっているよ、レイ。

 ちゃんと警戒してる。


(ハッキングされてシステムを掌握されているのですから、わたしたちの行動や言動はすべて監視されていると考えてください。唯一傍受されていないのはこの通信だけだと思ってください)


 さすがにこんなぶっ飛んだ通信手段があるなんて、ボンバー仮面V3は考えもしないだろうね。脳内に直接話しかけるなんてさ。


(愛の力です)


≪私の愛ね≫


 2人とも、科学の力を愛と呼ぶんじゃない。


『今日はですね。世界のみなさんにも私のことを知っていただこうと思ってお邪魔したんですよ。私が何者か、興味がありますよね。ありませんか? せっかく出てきたんですからそんなこと言わないでくださいよ』


 めちゃくちゃ饒舌に語るじゃないか。

 ホントにお前は何者なんだ……。


『私は夏目早月さんの大ファンなんです。毎回配信は楽しみにしていますし、SNSのポストにはファボをつけてリポストもしています。それに生配信も欠かさず参加しています』


 くっ、この流れは良くない。とても良くない……。


『世界のみなさんはご存じですか?「メイメイのゲリラ雷雨」という毎日突発的に始まる夏目早月さんの自由で楽しい生配信を』


 この流れでメイメイのことを語られるのはとても良くない。やめてくれ! お前がメイメイのファンを語らないでくれ!


『夏目早月さん……メイメイのおしゃべりの練習の場として始まった生配信なのですが、毎日いろいろな話題で我々ファンとコメント欄を介して交流を深めていく。ときにはゲストが登場したりして見ている側を飽きさせない配信です。そしていつもカエくんはそばにいてメイメイを支えてくれていましたね』


 やめてくれ! 知ったふうな口を利かないでくれ!


『100日連続生配信を掲げてやってきていたのに、突然、事務所の圧力がかかって途中で中断させられてしまった。おお、なんてかわいそうなメイメイ! 大人がアイドルの表現の自由を奪わないでほしい』


 誰のせいで! 誰のせいでそうなったと思っているんだ!


(かえでくん、挑発に乗って熱くならないでください。さつきさんを見てください。さつきさんのほうがよっぽど冷静で、挑発に乗らずに耐えていらっしゃいます)


 下唇を噛みしめ、こぶしを握り締めて……。

 メイメイ……ごめん、メイメイが耐えているのにボクは……。


『さあみなさん。事務所の横暴を許すなと声を上げましょう。「メイメイのゲリラ雷雨」再開を訴えようじゃありませんか。再開! 再開! 再開! 再開!』


 誰1人として、その声に反応する者はいない。

 会場は静まり返ったままだ。


『私は、一ファンとして強く希望します。「メイメイのゲリラ雷雨」の即時再開を。希望がかなえられないなら、私も強く悲しみを覚えてしまいます。もしかしたら、何かの抗議行動を起こしたくなってしまうかもしれませんね』


 今度は脅迫か。


『たとえばこんなふうに?』


 ボンバー仮面V3が左手を上げ、前に振り下ろすような動作をする。

 なんだ? 何かの合図か?


(かえでくん、上でです!)


 レイの叫び声が脳内にこだまする。

 ハッとして上を見上げると、ドローンカメラがメイメイに向かって急降下してきていた。


「メイメイ!」


 ボクはとっさにメイメイを突き飛ばし、覆いかぶさるようにして倒れこんだ。

 

「痛っぅ……」


 肩辺りに燃えるような痛みが走る。

 ドローンの羽がちょっとかすったか……。


「カエくん! 血が! 血が!」


 メイメイの大げさな叫び声に、反射的に自分の右肩に触れる。ドロッとした血液の感触とともに、思ったよりも重傷を負っていることに気づかされてしまった。かすっただけじゃないな……。まさかドローンにナイフでも仕込んでいたのか。


 真っ白な衣装がみるみる自分の血で染まっていく。

 あー、この衣装、特注なのに……。


(かえでくん!)


 大丈夫大丈夫。ちょっと広く切れているから血が多めに出ているだけで、ぜんぜん浅いよ。大したことない。


「メイメイも大丈夫だから、ね? 落ち着いて」


『なんということでしょう。カエくんがとてもひどいケガをしてしまいました。早く治療をしないと、その美しい肌に傷が残ってしまいますよ』


 ボクのことはどうでもいい!

 お前はファンを騙りながら、メイメイを傷つけようとしたのか!


 絶対に許さないっ!


『メイメイ。あなたがマネージャーにかばわれているところを見ると……あの時のことを思い出しますね』


 あの時……?

 

 一瞬の後、すぐに思い出す。

 オンライン個別トーク会の時にボンバー仮面V3が何を言ったのかを。


 やめてくれ!

 それだけは、それだけは言わないでくれ!



『18年の時を経て、私は戻ってきた。迎えに来たよ、ユエユエ』


 ボンバー仮面V3は自身の胸に手を当てると、深々と頭を下げた。


 そして再びスクリーンはブラックアウトする。


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