第36話 定期公演#3 その2~メイメイ天使かわいい
「メイメイ、行ける?」
一応、壁のほうを向きつつ、声を張り上げてメイメイに呼びかける。
誰かさんとは違って、着替え中に「覗くな!」みたいなことは言わないけれど、やっぱりなんとなく後ろを向いてしまうね……。
「はい、これで完成です」
「レイちゃんありがとう~。カエくんいけるよ~」
レイが着替えの手伝いをして、無事にメイメイの準備が終わったみたいだ。一呼吸おいてから後ろを振り返る。
「うん、メイメイは今日も天使みたいにきれいだね」
「ありがとう~」
今はボクだけを見つめて、ボクの天使が微笑んでくれている。
よーし、がんばろう!
「じゃあ、行こうか」
さあ、いよいよボクたちのソロユニット曲『シュークリームが膨らまないの』の時間だ! ほかのみんながMCでつないでくれている間にステージに上がろう!
ボクとメイメイは手を繋ぎ、暗がりの中を小走りにステージ階段下へと向かう。
「それでロシアンシュークリームルーレットをした時の話なんだけど~」
「はい! その話、コーチから聞きました!」
「サッちゃんがいたずらで、カスタードクリームの代わりにカラシを詰めたのよ。こんなにいっぱいね」
「それはひどいですわ! 食べ物で遊ぶのはよくありませんわ」
「詰め方が雑でね~。ちょっと上からはみ出しっちゃってたのよ。だからそこに粉砂糖を振って隠して、カエデちゃんに『どうぞ』って」
あのシュークリーム事件のことか……。あれはひどいいたずらだったよ……。
「こらー! あのカラシシュークリームのせいで、ボクは2、3日、のどの調子がおかしくなったんだからね! あれは許してないぞ!」
「みんなお待たせ~!」
ナチュラルに会話に入りながらステージへと上がる。
「あ、カエデちゃんだ! サツキもおかえり~」
「カエちゃんかわいいシュークリームだ~。食べちゃいた~い♡」
「コーチも早月さんも衣装とてもかわいいです! うらやましいです!」
「わたくしもシュークリームになってみたいですわ~」
カラシシュークリームの話題は終了か……まあでも仕方ない! メイメイの衣装を見ちゃったら、誰しもかわいいしか感想が出てこないくらいかわいいよね!
ほら、もっともっとみんなで「メイメイ天使かわいい」って褒め称えていいんだよ!
「さてさてー。じゃあ今日はこのかわいいかわいい衣装みたいにふわふわのシュークリームが焼けるかなーってことで、ソロユニット曲行っちゃおうかな! メイメイは準備良い?」
「もちろんですよ~。準備できまくりです~。はりきって恋のシュークリーム膨らませちゃいますよ~」
「恋のシュークリーム! 楽しみね。サツキ、カエデちゃん、あとはお願いね~」
ハルルたちが手を振りながら、ゆっくりとステージ脇へと移動していく。
「みんなありがとう!」
「ありがとう~。あ~、カエくんカエくん」
「ん、何? どうかした?」
ここはタイトルコールしてポジションにつく流れのはず。
まさかトラブル⁉
「口にカスタードクリームがついてますよ~。ほら、左側~」
「えっ⁉」
思わず口元を触って確認してしまう。
あれ? 何もついてない……?
「引っかかった~! ホントは右側ですよ~」
そう言ってにやりと笑うメイメイ。これはいたずらをしている時の顔だ!
「いや、右にもついてないし! ていうか、控室でシュークリーム食べてないから、そんなのつくわけないし!」
「ちぇ~。普通のこと言うカエくんつまんな~い」
「普通って……。メイメイさー、これはゲリラ豪雨配信じゃなくて定期公演だからね? 十数万人のファンの方たちが見てくれてるんだよ。ボクだってちゃんとする時はするさー」
「う~、またゲリラ豪雨の配信やりたいです~。きっとファンの人が『見たい!』って言ってくれたら復活できるんじゃないかな~。ね~、みんな~?」
そう言って、メイメイは観客たちを煽るように耳を澄ませる仕草をする。
あ、まさか……この流れに持っていくためにわざとシュークリームの振りを⁉ 世論を味方につける作戦か!
【ゲリラ豪雨見たい!】
【ゲリラ豪雨再開して~!】
AIの観客たちは、メイメイの煽りに乗っかって大声を上げている。
会場は青いペンライト一色だ。
この調子なら配信のほうのコメント欄も相当な反響がありそう……。
もしかしてこれは、上層部も動く……か?
「まあね~。でもほら、いろいろとさ……やっぱり安全第一とかさ……ボクだってやりたいけど、みんながメイメイのことを考えてくれてて、大人の事情もあるんだよ……」
「私は! 子供だから! 大人の事情なんて知らないっ! ファンのみんなと楽しく、ファンのみんなの望みを届けたい!」
「わかる……けどさ……」
そのためにウタががんばってくれているんだよ。
爆弾テロの犯人が捕まらない限りは、みんなの安全が確保できない限りは、ね……。
「私は……私たちはテロには屈しない! 絶対に屈したりはしない!」
メイメイの心の叫び。
ああ、忘れているわけじゃない。
「私たちはテロには屈しない! 絶対に!」
ああ、わかってるよ……。ボクがこんな上っ面の事情を並べ立てたって意味がないんだ。メイメイだってそんなことは百も承知なんだから。
「そうだね。ボクたちは負けちゃいけない。ファンのみんなと乗り越えて……ゲリラ豪雨配信の再開も、オフラインのライブの再開も、全部全部取り戻さなきゃ!」
その時だった。
ステージに設置された巨大スクリーンが突如ブラックアウトして何も映らなくなる。
トラブルか? これからボクたちの歌が始まるのに。
会場のざわつきをよそに、すぐにスクリーンに光が点る。
なんだ、瞬断かあ。設備点検はちゃんと頼みますよー。歌の途中にはやめてよね?
映像が再開したスクリーン。
そこに映っていたのは、マッドブラックのフルフェイスヘルメット。
ボンバー仮面V3だった。
ボクらの敵――。
『こんにちは、≪The Beginning of Summer≫のみなさん、そして夏目早月さん』




