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第33話 しびれドロップと膝枕

「ん、ん……」


 温かい……。

 すごく良い匂いがする……。


 鼻を押しつけて深呼吸。鼻腔いっぱいに広がる蕩けるような匂い。ああ、癒される……。一生この匂いに包まれていたい。


「ギャッ!」


 お尻に鋭い痛みが走る。無理やり意識が覚醒!


「ギャンッ!」


 二発目。

 誰かがボクのお尻を叩いてる⁉


「痛い! やめて! 誰⁉ ギャフッ!」


 三発目。

 痛いよっ! レイ、助けて!

 レイの腰に手を回し、体を丸めて防御態勢を取る。


「はるさん、そんなに叩かないであげてください。かえでくんが泣いてしまいます」


「だったらすぐに起きなさいよ! いつまでもレイちゃんに抱きついて~!」


「かえでくんは、寝起きにわたしのおへそのにおいを嗅ぐと安心するらしいのでしかたないのです」


「へ、ヘンタイ!」


 違うもん! ヘンタイじゃないもんっ!

 なんか……そう、香水! レイがつけている香水の匂いがとってもリラックス効果があって!


「大丈夫ですよ。好きなだけ嗅いでいてください」


 スンスン。スゥー。ハー。スゥー。ハー。スゥー。ハー。


「ムキー! いつまでやってんのよ! ちょっとこっち向きなさいよ! ほら、そんなに嗅ぎたいなら私の引き締まった腹筋に顔をうずめなさいよ!」


 ちらり。

 レイのお腹から顔を離し、ハルルのほうに視線を向けてみる。顔を真っ赤にしたハルルが制服の裾を捲ってお腹を丸出しにしていた。

 無駄な肉が一切ないお腹。薄く割れた腹筋。細い腰。


「大丈夫デス」


 そういうのじゃないんだ。


「大丈夫って何よ! ムキー!」


「ギャンッ!」


 痛い! お尻叩かないで! ゴリラの張り手でお尻が割れちゃう!


「かえでくんのお尻がおさるさんのお尻になってしまいます」


 たぶんもうすでに真っ赤だよ……痛くて感覚がない……。


「あなたたち、うるさいわよ。春さん、到着までもう少し時間があるんだから、寝てる人を起こさないの」


 都がハルルをたしなめる。

 ホントだよ、まったく。人が気持ちよく寝てるのにいきなりお尻を叩くなんてさ。


「だって~。ミャコさ~ん……。隣でずっとイチャイチャ……ムキー!」


 人聞きの悪い。

 普通にレイの膝枕で寝てただけで、別にイチャイチャなんてしてませんよ?


「いつも通りです」


 ね、いつも通りだよ。


「まあまあ、ハルちゃん。これでも食べて落ち着いてくださいよ~」


「サツキ。むぐっ……」


 メイメイの声が聞こえたかと思ったら、急にハルルの圧力が消えた。

 体を起こしてハルルのほうを見てみる。


「あれ? ハルル寝てる?」


「さっきサクちゃんからもらった『しびれドロップ』を食べさせておきましたよ~」


 と、人型の寝袋(顔のところだけメイメイ)が力こぶを作っていた。

 しびれドロップ……?


 あ、よく見たらこれ寝てるんじゃなくて気絶だ! 小刻みに痙攣してる!

 またとんでもない発明を……。


「たしか……フグの毒だっけな~?」


 テトロドドドドドドドドドトキシン!

 ハルルが死んじゃう⁉


「じゃなくて~トリカブトの毒~?」


 それも死んじゃう!


「死なないように加工してしびれの部分だけ取り出して~って言ってました~」


 そ、そんなことでできるの⁉

 ハルル、死なないで!


「ほら~、心地よさそうな寝息を立ててますよ~」


 うーん。そう言われれば気絶状態から睡眠状態に移行している、ような気もする? ホントに大丈夫なのかな……。


「そんなわけで~、カエくん、選手交代です~」


「選手交代?」


「次は私がレイちゃんの膝枕を使う番です~」


「えー、やだよ! まだ寝足りないもん」


「ダメ~。カエくんはハルちゃんのお腹の匂いでも嗅いでてください~」


「それはちょっと……」


 腹筋割れてて硬そうだし。太ももも細いし。


「はい、交代~」


 ああっ!

 メイメイに押しのけられてボクの特等席が奪われてしまった!


「レイちゃんレイちゃ~ん」


 ああっ!

 ボクの膝枕が寝袋のお化けに取られてしまった!


「よしよし。さつきさんも甘えん坊さんですね」


 レイがチラリとこちらを見てくる。

 えー、そっちいけって? ハルルの膝枕で寝るんですか? なんだか気乗りしないなあ。


 うーん。

 レイがそうしろっていうなら仕方ないか……。


 しびれドロップで眠り込んでいるハルルの膝に頭を乗せてみる。


 うーん。

 まあまあかな……。見た目よりは悪くない。

 仕方ない。こっちでガマンするか……。


 スンスン。

 ん。

 スンスンスンスン。


 ふむ。


 スゥー。ハー。スゥー。ハー。


 ふむ?


 スゥー。ハー。スゥー。ハー。



「カエデちゃん、起きて。もう会場に着いたわよ~」


「んあ?」


 気づいたら眠ってしまっていたらしい。

 代々森体育館に到着したのか……熟睡してたよ。


「カエデちゃんはしょうがないなあ」


 ハルルがボクの頭を撫でつけていた。寝癖を直すように何度も何度もやさしく。


 ハルルの機嫌がやたらと良い……。

 さっきまでとは違って、なんだかすごくやさしい……ちょっとこわい。


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