第32話 対バン~先攻~
「それでは最低限の司会を務めますが、あなたたちが考えて進めることにした企画ですから、基本的に私は口出ししません。はいがんばって」
土曜日の朝、花さんの清々しい宣言からボクたちの対バンが始まった。
準備が十分かと言われれば、たりないと答えるしかない。
全員で合わせる時間はほとんどなく、この1週間、各自がそれぞれのパートを練習するにとどまった。MCについても、内容をしっかり詰めたというわけではなく、仕掛けの部分だけを話し合ったのみだ。
それでもボクたちは、彼女たちに何かを残せると信じて、全力でパフォーマンスをする。
ここまできたらやるしかない。
「準備はいいかしら? 先攻は≪六花≫ね。ステージのセッティングは自分たちで、事前準備したプログラムを使用すること。いいわね?」
「はい、いきます」
ハルルが応える。少し緊張しているのか、表情が硬い。
無理もない。観客がいないとはいえ、彼女たちの初舞台だ。
5人がそれぞれ担当のセッティングを終え、ステージ中央で円陣を組む。
ワイヤレスマイクを通じて、ハルルの大きく息を吸い込む音がスピーカーから聞こえてくる。
「We are still buds. But...blooms soon!<わたしたちはまだ蕾だ。だけど、もうすぐ花咲く蕾だ!>」
「「「「「We are ≪Rikka≫!!」」」」」
ハルルの掛け声に呼応するように、全員がブイサインにそろえた右手を高々と掲げて名乗りを上げた。
そして前奏につながる。
背筋がぞわっとして、鳥肌が立つのを感じる。ああ、また、彼女たちを見ることができた――。
芯の通っていない手足の動き、そろっていないステップ、ところどころキーを外した歌。どれもが愛おしく感じる。ボクたちのアイドルの初舞台だ。
最初に≪初夏≫を見たとき、こんなにつたないパフォーマンスだっただろうか。案外覚えていないものだなあ。
彼女たち≪六花≫は、自分たちのことを蕾だと言った。でももうすぐ花開く蕾であると。
六花とはそのまま受け取れば雪の結晶のことだ。なぜ自分たちを雪の結晶になぞらえたのかはわからない。
六花……りっか……立夏、初夏……は考えすぎかな。
サビ。
ハルルの歌声は声量があり、ずっしりとお腹に響いてくる。ダンスナンバーでもバラードでも、メインボーカルはハルルしか考えられないな。
メイメイだってハモリをがん……もうちょっとボイストレーニングをがんばろう。
一番長い間奏。
ある程度フリーに動ける箇所。ここで何を魅せるか。
キャー固定レスよー!……オホンッ。うむ、これはよく考えたね。1人1人自分のマネージャーにレスをね。メイメイは固定レスをしないアイドルだったので、これは貴重すぎる体験だ。誰かビデオ回してくれてるかな?
大サビからラスサビへ。
この1曲のパフォーマンスの中でも彼女たちが成長しているのがはっきりとわかる。ステージで歌う。踊る。人に魅せるということ。早くたくさんの人たちの前でやらせてあげたい……。
ああ、この日のために用意してきたEternal Loveうちわをうまく振ることができなかったな。少し上がってしまった体温を下げるために、うちわで顔を扇いだ。
曲が終わって照明がつく。MCだ。
「みなさーん、こんにちはー! 私たちは、せーの」
「「「「「≪六花≫でーす」」」」」
「名前だけでも覚えて帰ってくださいね~」
「おいおい、お笑い芸人かっちゅーの!」
(観客席、笑いドッカーン!)
とはならないですよね。観客6人ですし……。
「ちょっと~、今日のお客さんつめたない? ノッてるか~い! イエーイ!」
強引な客イジリ。ナギチのすべり芸伝説はここから始まる!のか。
「イ、イエ~イ! ノッてるぜ~!」
「ちょいちょいちょい! サッちゃんがノッてくるんかいっ!」
おーメイメイが自らやけどをしに行ったぞ! がんばれメイメイ、負けるなメイメイ!
「ほらほら、ナギサ! お客さんたちポカーンとしちゃってるでしょ。まず最初に自己紹介しなきゃ」
ハルルが仕切りにかかる。
「お~すまんすまん、自己紹介をす~っかり忘れてもうた。テヘッ」
ナギチが自分の頭をコツンと叩いてペロリと舌を出す。……ナギチのアイドル感古くない?
「じゃあ初めに、センターのサクラから、自己紹介いける?」
「は~い! 小宮桜15歳。みんなからはサクにゃんって呼ばれてます。ネコ大好き~、将来はネコになりたいにゃん!」
ネコポーズいただきました! パチパチパチ。
「サクにゃ~ん」とみんなで声をかける。アカリさんだけ、「ちーちゃ~ん」と声をかけていた。
これだよこれ。サクにゃんvsちーちゃん、どっちが公式愛称かバトル。表向きはサクにゃん優勢なんだけど、古参オタにちーちゃん派が多い謎。
「白ネコミミがかわいいっ! はい、次はアカリ!」
「は~い! アカリは、灰原灯って言います~。んふふっ、かわいいものならなんでも大好き、18歳。よろしくピーチ♪」
胸の前でハートマークを作って、「よろしくピーチ」ポーズ。ふう、アカリさんのピーチが決まってよかったなあ。今日の衣装も1人だけフリルが3倍増しだ!
「ピーチ! そろそろ桃がおいしい季節かしらね。はい、次は早月!」
「は~い。私は、夏目早月、16歳です~。北海道のほうから来ました~。今日のおすすめのアイスはビタースウィートハニーキャラメルバニラモナカです。よろしくお願いします~」
メイメイが深々とお辞儀をする。
「キャー、メイメーイ! メイメーーーーーーーイ!」
あ、やば、1人だけテンション間違えた……。レイ、そんな目でボクを見ないで……。違うの、これは違うの……盛り上げようと思って……。
「食堂で売っている新作アイス、おいしいといいね。はい、次はナギサ!」
「ほーい。あーしが水沼渚、ピッチピチの18歳やで! 埼玉県出身や! なんや? 今埼玉か、って言ったの誰や! なんか言いたいことがあるんやったら、まずは『渚ちゃんマジ天使』って100回SNSに書き込んでからにしたってや! よろしくっ!」
「渚ちゃんマジ天使ー」と全員死んだ魚のような目で呪文を唱える。ナギチって黙っていると美人でかわいいんだけどなあ。しゃべるとなんだろ……残念すべり芸?
「ナギサマジ天使ー。はーい、最後は私。リーダーを勤めています、新垣春、17歳です。みんなからは、ハルちゃんとかハルルとか呼ばれてます。最近マネージャーさんの影響で昔のアイドルにハマっています。みんなのおすすめのアイドルさんを教えてくださいね。よろしくお願いします!」
「リーダー!」「ハルちゃーん」「ハルルー」とバラバラの掛け声が飛び交った。
「ちょっと締まらない感じになっちゃいましたが、自己紹介も終わり、というところでお時間が来てしまいました。名残惜しいですが、次のグループにステージを譲りましょう。以上、私たち≪六花≫がお届けしました。今日はありがとうございました!」
パチパチパチ。
きっちり3分。やるね、リーダー。
初めてのステージにしては本当に良かったと思う。このままでも十分デビューできそうな気がするね。
でも、それだけで終わってほしくない。
1つだけ……ボクたちから伝えたいことがある。だから、このメッセージを受け取ってください。




