第19話 4つのチョコレート。ロシアンルーレットの結果は?
ボクがメイメイにしてあげられることは何だろうか。
衝撃的な映像を見た後、重い足取りで寮の部屋に帰ってからも、ずっとグルグルと思考が回り続ける。
たとえばボクが刺されたり、爆弾で吹き飛べばメイメイは売れるのだろうか。
それが≪初夏≫のためになるのなら……。
チラリと視線を送ってみても、レイはもう何も答えてはくれない。
「かえでくん、コーヒーを淹れました」
答えの代わりにレイが淹れてくれたのは、いつもとは少し違う深煎りのコーヒー。
砂糖もミルクも入れずに一口飲んでみる。
「少し苦いね」
「それでしたら、こちらをどうぞ」
そう言って差し出してくれた小皿。その上に乗っていたのは、小さなハート型のチョコレートたちだった。
「ありがとう」
適当に1つつまんで口に放り込む。
「……うへっ⁉ なにこれ⁉」
酸っぱしょっぱ……チョコレートじゃない⁉
「それはトマトチョコレートです。当たりですね。トマトジュースとチョコレートを煮詰めているのがポイントです」
すまし顔でレイが言う。
「いや……絶対そこが失敗の原因だし。トマトの味もしなければチョコの味ほとんどしない。これ、加塩のトマトジュース使ったでしょ。しょっぱいし酸っぱいし……」
口直しにコーヒーを……。
なにこれ……後味がぜんぜん消えない! 最悪だ!
トマトのやつが当たりってことは、ほかのは普通のチョコレートってことかな……。甘いものがほしい……。
次のハートを口に放り込む。
「えっ、なにこれ⁉ まっずっ!」
ニオイと味がぜんぜん紐づかない……でも、どこかで嗅いだことのあるニオイ? なんだっけ、これ……。
「黒トリュフです」
「そうだ、トリュフの匂いだ!」
パスタとかにたまに入っている高級なキノコ! 良い香り――。
「って、なんでトリュフなの⁉ ぜんぜん甘くないし!」
「トリュフチョコレートはとても人気ですよ」
「それは丸いトリュフキノコの見た目だけをマネしたチョコレートのことでしょ! 中に本物のトリュフを入れるのは違います!」
めっちゃ香りの良い黒い塊……ぜんぜん甘くないし! これ、もうただのトリュフキノコじゃん!
「ボクはチョコレートが食べたいのに!」
苦いコーヒー、そして2つのハズレチョコレートのせいで、余計に体が甘いものを欲している!
「そうですか。それなら左のほうが純粋なチョコレートです」
残り2つのハートのうち、ボクから見て左側のほうを指さしてくる。
「純粋な? 逆にもう1つは純粋じゃないと……」
「もう1つのほうも、わたしのかえでくんへの気持ちくらい純粋ですよぅ」
「やかましいわっ!」
言われた通り左側の純粋なほうの(?)ハートを口に放り込む。
「しぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ!」
めっちゃ渋いっ! 苦いっ!
口が、口の中がシワシワになるー⁉
なんじゃこりゃー⁉
「純粋なチョコレートです。カカオ100%チョコレート。砂糖不使用です」
「砂糖不使用⁉ そんなのただのカカオじゃん! チョコレートじゃないじゃん!」
ぺっぺっぺ。
まだ渋い!
コーヒー飲んだら……さらに渋みが増す! 拷問か!
「もう! 最後のは⁉ 最後のは何が入ってるの⁉」
純粋じゃないチョコレートの中身を教えて! これ、食べられるの⁉
「ないしょです。わたしの愛情をめしあ・が・れ♡」
激烈にテレながら顔の前でハートマーク作るのやめてくれる? レイはそういうキャラじゃないでしょ!
まったく。
見てるほうが恥ずかしくなるんだから……。
最後の1つを口に放り込む。
「あれ? おいしい……」
ふ、普通だ。
普通のチョコレートだ!
「竹炭のチョコレートです。ひじきと迷いました」
「その2択で迷わないで! 竹炭で大丈夫です! あー、竹炭おいしいな! 竹100本くらい買ってこようかなー!」
あぶない!
ひじきチョコレートなんて、たぶん生臭くて食べられないでしょ……。
「おかわりはいりますか?」
「いや、もう……なんか十分です……」
これ以上とんでもない味のチョコレートは食べたくない……。
「そうですか……。みんなで作ったので、まだまだたくさんありますよ」
レイが悲しそうな顔でビニール袋を持ち上げる。
レイが広げたビニール袋の中には、4つに分かれた紙袋が入っていた。それぞれに大量の黒いハートが入っている……。
「これ、全部さっきの?」
「はい。なぎささんのスイーツ教室に通って、みんなで一生懸命作りました」
「その……みんなって?」
「さつきさん、みやこさん、うたさんです」
「あー、はいはい。その3人ね……」
先に聞いていれば絶対に口をつけなかったのになっ!
「ちなみにナギチが作ったチョコレートは? お手本的なやつが食べたいなー」
むしろそれだけ袋一杯ください!
「それはさつきさんがすべて持ち帰られました」
「メイメイー! 責任もって自分の持って帰れよ!」
自分だけおいしいチョコレートを確保して、レイに失敗作を押し付けたな!
おかげでえらい目にあったじゃんか……。
「誰がどのチョコレートを作ったかクイズをしますか?」
「しません。ていうか、もうわかりやすすぎて必要ありません! とりあえずレイのチョコレートの袋だけください」
竹炭のチョコレートの袋だけ受け取り、お皿にざっと開ける。
「ああ、甘くておいしい。やっぱりチョコレートはこれだよね♪」
なんで料理しない人って最初からアレンジしたがるんだろう。
フレッシュトマトを使っていればまだなんとかなっただろうに、なぜ加塩のトマトジュースを……って愚問だね。そりゃ、ウタだもん。そこはとくに考えもなく、毎日飲んでる生き血風のトマトジュースを入れただけでしょうね。
次のトリュフはもう、ただのダジャレ。悪ふざけの類だよ……。たぶんナギチが止めたはずだけど、絶対話聞かなかったんだろうなあ。「トリュフチョコを作る」だから材料はトリュフキノコだって決めてただろうし……。でもさ、メイメイは鼻が良いんだから、作ってる途中で「これ違う」って気づいたよね。あ、だからレイに押し付けて逃げたのか……。
最後はカカオ100%チョコレート。まあ、わかるよ……。砂糖不使用ならダイエット効果があるって聞いたことあるし。そしてそれがおいしくないのもわりと有名な話。でも挫折するなよ! 都はちゃんと自分で持って帰って、食べてダイエットしなさいよ!
とにかく全員、自分で作ったんだったら最後まで責任を持ちなさい!