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第18話 伝説のアイドルグループ≪Believe in AstroloGy≫非公式の映像

 ボクとレイは、麻里さんの研究室から出た後、お互いに一言も発することなく歩き続けた。


 もやもやする……。


 研究棟を出た後、まっすぐ本社ビルに帰るわけでもなく、ボクたちは当て所なく街中を歩き続ける。

 

 メイメイのお母さん――秋月美月さんのことを想う。


 麻里さんの話から感じられる特別な感情。


 アイドルとマネージャー。

 決して結ばれることないはずの関係。

 信頼のもとに成り立つその関係。


 絶対的にお互いのことを信頼し合っている。

 それはもはや「愛している」と言い換えてもいいかもしれない。

 恋ではない愛。


 ボクはその域に達することができるだろうか。



「かえでくん、師匠から映像データが共有されました。『2人で見ろ』だそうです。どうしますか?」


 レイが立ち止まり、端末の画面を見せてくる。

 たった5文字のメッセージ。そして添付の動画ファイル。


「うん、見ようか」


 周囲を見回し、ボクたちは近くのベンチに腰を下ろした。


「再生します」


 肩を寄せ合ってレイの端末を見つめる。


 そこに映ったのは、どこかのコンサート会場の映像だった。

 かなり古そう。これは観客席側から撮られたものだろうか?


「これって、もしかして≪BiAG≫の?」


「そうですね。公式の映像記録にはないものだと思われます」


 メイメイのお母さんが所属していた伝説のアイドルグループ≪Believe in AstroloGy≫の非公式な映像記録のようだった。


 カメラがパーンされ、一瞬観客のほうが映る。

 これ、野外フェスか。ずいぶん大きな会場……ステージ近くにしかお客さんはいないけれど。


「ねえ、もしかしてこの映像って」


「はい、おそらくは」


「だけどさっき麻里さん自身が当時の記録映像はないって……」


 確かにそう言ったはず。

 しかしこれは、おそらく事件が起こった時の――。


 今はまだ1曲目の途中なのだろう。

 それにしても完成度が高い。一糸乱れぬパフォーマンスだ。≪BiAG≫の伝説的武道館ライブの映像と比べても遜色ない動き。あのライブの2年も前からこの域で完成されていたのか。

 ここまでのことが出来て、なおこの時点ではそこまで売れていない……。絶望しか感じない……。


 1曲目が終わり、秋月さんがハンドマイクを通して、次の曲名だけをコールする。MCを挟むことなく2曲目へ。


 いよいよか。


 レイがボクの手をそっと握ってくる。

 お互いに緊張しているのだろう。2人とも手のひらにじんわりと汗を掻いていた。


 突然カメラがステージの下手方向に振られる。

 全身黒い服。ニット帽にサングラスの男。ズームされ、アップでその姿が映る。手には異様な輝きを見せるサバイバルナイフ。

 ≪BiAG≫のメンバーたちのダンスと歌が止まり、バックグラウンドの音楽だけが流れ続ける。ざわつく観客たち。


 麻里さんの話の通りだ……。


 黒づくめの男がステージ中央に向かって走り出す。

 一瞬にして縮まる、男と秋月さんの距離。


 刺される!


 と、その瞬間。まるでカメラが瞬きをするかのようにゆっくりと画面が暗くなる。

 マイクを通して、荒い息遣いだけが聞こえてくる。


 カメラの故障? 肝心なところで!


 しばらく真っ暗な映像と激しい息遣いによる音割れだけが続く。

 そして……おそらく1分か2分が経ち、カメラがゆっくりと瞬きをするように明るくなり映像が再開した。


 カメラにアップで映っていたのは、ダークスーツを着た年若い青年だった。とても穏やかな表情をしている。ボクはそれが誰なのか直感的に察した。

 青年――≪BiAG≫のマネージャーはカメラ目線で微笑みかけ、ゆっくりと手を伸ばしてくる。


 これ、秋月さんの視点の映像になってるんだ。


『美月、何をしているんだ? もう曲が始まっているぞ。これはキミたちのステージだ。さあ観客が待っているぞ』


 肩に置かれたマネージャーさんの手の感触。それが映像から生々しく伝わってくる。

 肩から頬へ、ゆっくりとなぞるように細い指が伝っていく。


『美月ならやれるさ』


 顔を寄せ、マイクに乗らない声でそっとつぶやいた。


 その瞬間、カメラの映像が朱に染まる。まるでレンズに赤いセロハンでも張り付けたように赤い。


 赤。

 血。

 空を見上げると、紅の月。

 

 浅い呼吸――。


 秋月さんは後ろを振り向き、メンバーたちに向かって小さく頷き合図。正面に向きなおると、カメラが大きく2度瞬きした。


 視点の切り替わり。

 ゆっくりとカメラがステージから離れ始める。それに合わせるように、映像の色が元の世界を取り戻していく。


 そこでカメラが、事件後の秋月さんの表情を初めて捉えた。


 肩と頬に血糊……いや、もっと禍々しい何かを感じさせるような深紅。

 秋月美月の体に乗り移ったナニカ。


 再開される歌。


 それは、さっきまでのものとは明らかに別物だった。


 1曲目のパフォーマンスはグループとして完成されていた。しかしこれはどうだ? 秋月さんだけが異様……鬼気迫る? いいや、何かに乗り移られたみたいにすら感じられる。おかしい。まるで周りのメンバーとそろっていない。

 それなのに目を離さずにはいられない。どうしても中央の秋月美月の一挙手一投足に目が惹きつけられてしまう。


 きっとこの場に居合わせた観客たちも同じ感覚に陥ったのではないだろうか。


 バックグラウンドミュージックすらもただのお飾りに感じられるほどのパフォーマンス。


 歌声。咆哮。心の底から湧きおこるような叫び声――。


 観客席からは、手拍子も指笛も聞こえてこない。

 映像には映っていないけれど、観客たちが圧倒され、息を飲む様子が伝わってくるようだ。



 あっという間に曲が終わり、≪BiAG≫のメンバーたちは深々と頭を下げた。


 一瞬の静寂の後、注がれる万雷の拍手。

 彼女たちは何も語らないまま、ステージを後にした。



「これは……」


 言葉にならない。


 これはなんだ。

 なんなんだ……。


 いったい何が起こったんだ?


 マネージャーの言葉。

 たった一言。


『美月ならやれるさ』


 その一言が彼女のすべてを変えた、のか。

 そんなことがあるのか……。



 ボクは何をしている?

 メイメイにこんな言葉をかけてあげられてい――。


「かえでくん!」


 レイの強い言葉で思考が中断される。


「かえでくん。これは違います。わたしたちはわたしたちのやり方で。かえでくんのやり方でみんなを導きましょう」


 レイの言葉にハッとする。

 たった数分の映像を見て、ボクは何を考えた?

 

 嫉妬? 焦燥? 羨望?


「そう、だね……。これは≪BiAG≫の映像で≪初夏≫のみんなとは関係ない……」


 そう自分に言い聞かせる。


 ボクたちには関係ない。

 

 何度も。何度も。


 現にボクは、マネージャーの彼のことを何も知らないし、≪BiAG≫のこれまでの歩みも知らない。


 だけど――。


「こんな関係がうらやましい」


 活動3年目の映像。≪BiAG≫のターニングポイントとなった出来事。

 ボクたちはあと2年でこの領域に到達できるのか……。


「関係は一方的に作れるものではないとわたしは思います。みんなで1歩ずつ、わたしたちのペースで進みましょう。その先に求めている未来がある。わたしはそう信じていますから」


 レイがめずらしく強い言葉を重ねる。


 でもその通りだと思う。

 ボクたちが求めている関係性、そして未来はそういうものなんだと思う。

 誰かが決めたものじゃない。

 それぞれみんなが描いているぼんやりとした未来を重ね合わせ、解像度を上げていく。


 そして、いつか、みんなが求めた未来が現実に。



 ああ、でも、マネージャーの彼のことがうらやましく思えて仕方ないのだ。


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