第17話 秋月美月は犯人に感謝をしていた?
「その伝説のパフォーマンスが話題を呼び、≪BiAG≫はアイドル業界、そして音楽業界で注目を浴びることとなった」
なんだか爆弾テロで注目を集めた≪初夏≫の状況に似ている気がする……。気のせいだろうか。
「今の時代と違って、その様子が動画に撮られ、SNSで拡散されることなどはなかった。それでもそのライブを目撃した観客や業界関係者の口伝えで噂が広まっていったんだ」
「それはすごい……」
「だが伝言ゲームというのは恐ろしいものでな。人が伝えれば伝えるほど、話は誇張され、事実から遠ざかっていく。ステージ上でマネージャーが血しぶきを上げて死んだだの、秋月美月が刺されたまま歌い続けただの、よくもまあ、見てもいないのに臨場感たっぷりに作り話を語れるものだと、当時は大いに笑わせてもらったよ」
麻里さんがその光景を思い出したのか、楽しそうにカラカラと笑う。
「だけどその……刺されたマネージャーさんは無事だったんでしょうか……?」
「ああ、なんとかな。かなり深く刺されたんだが、奇跡的に大事な臓器から外れていたらしい。本当に憎らしいというか、悪運が強い男だよ」
マネージャーさんが無事で良かった……。
会ってみたいな。
でもこれは、聞いてもいいのかすごく迷う……。
麻里さんはメイメイのお母さんの古くからの友人だということだけど、どうやら口ぶりからするとマネージャーさんとも顔見知りみたいだし。しかもそこそこ親しい間柄に思える……。どんな関係なんだろう。
「師匠。その方は今、何をされているのですか? 事務所に残られているのでしょうか?」
それまで静かに聞いていただけのレイが、ボクが躊躇していた話題にズバッと切り込んでいく。
なんだか言わせてしまったみたいでなんかごめん……。
「ああ。あいつなら……事務所を去ったよ。刺された後、しばらく静養している間に≪BiAG≫は解散したからな」
しばらく静養って……。本格的に売れてから2年は活動したんじゃなかったっけ? 2年も静養するような重傷だったってこと?
「マネージャーさんは、自分が舞台を守ったおかげで≪BiAG≫が売れたようなものだから、さぞかし喜んだことでしょうね」
「さあ、どうかな……。別に大したことをしたとも思ってなかったんじゃないか?」
「さすがにそれは……だって、≪BiAG≫は日本の音楽シーンでしばらくトップに君臨していたくらいの活躍ぶりだったんでしょう? 静養中でもテレビや雑誌目にして喜んでくれたんじゃないですか?」
意識があって、秋月さんたちの活躍を目にできる状態なら、ね。あまり想像はしたくないことだけど、きっとそういうことなんだろうと思う……。
けれどボクの言葉に、麻里さんは首をすくめるだけで何も答えてはくれなかった。
「しかしきっかけはどうあれ、≪BiAG≫は注目される存在となり、そのチャンスをものにした」
「結果がすべてだと……?」
つまり似たような状況にある≪初夏≫も、死に物狂いでこのチャンスに食らいつけ、と?
「それにお前たちは五体満足じゃないか。何の問題もない。迷わず進め」
結果だけで言えば、爆弾テロは未遂に終わり、ボクたちは無傷だ。
≪BiAG≫のマネージャーさんみたいに、長期静養を強いられるようなマネージャーもメンバーもおらず、みんな元気に活動できている。
確かに喜ばしいことだね。うん、贅沢言っていないで、石にかじりついてでもがんばっていかないといけない、とは思う……。
「ですが1つ問題があります」
レイが再び話に入ってくる。
「問題なんてあったっけ?」
なんだろう。
みんな元気で……まあ、ちょっと忙しすぎる気はするけど。
「犯人が捕まっていません」
「あー」
そうだった。
忘れていたわけではないけれど、少し気が緩んでいたかもしれない。
その後、新たな爆弾テロの犯行予告が送られてくるわけでもなく、犯人は沈黙を保ったまま。いまだ犯人の目星すらついていないのだ。
「不気味な存在。いつ何をされるかわからない状態なんだった……」
だから定期公演は今もオンライン配信のみでおこなっているわけで……。対バンの申込みや、フェスへの参加打診も断っているわけで……。
こんなにも世間から注目されているのに、ほかのアイドル達と共演できないのは非常にかなしい。
「そんなに犯人の行動が気になるのか?」
麻里さんは不思議そうな顔をしていた。
「そりゃ、気になりますよ……。いつ何されるかわからないですし……」
どんな相手なのかわかっていないのだから、必ず犯行予告を出してくるのかもわからないし、爆弾を仕掛けてくるのかもわからない。
「お前たちの救世主だぞ。そいつのおかげでブレイクのきっかけを手に入れたんだ。せいぜい感謝するんだな」
麻里さんが鼻で笑う。
いや……言いたいことはわかるけれど、さすがにそれは……。
「不謹慎、か?」
心を読まれたかと思った。
犯罪をきっかけにして、それを足掛かりに売れる。その犯罪者に感謝……なんてできるわけないよね。冷静に考えればそうなのかもしれないんだけど……やっぱりそれは違う気がする……。
「秋月美月は感謝していたぞ」
「えっ?」
「マネージャーを刺した犯人に感謝をしていた。『きっかけをもらえた。ありがとう』とな」
そんな……。
メイメイのお母さんがそんな人だったなんて……正直聞きたくなかった……。
「失望したか? そんな人だと思わなかったか? アイドルは清廉潔白で常に正しいことしか考えないし行わないと?」
そこまでは思っていないけれど……。感謝か……。
「秋月美月は犯人に感謝をしていたよ。自分たちが注目されるきっかけをくれたことに心の底から感謝していた。……そして殺したいほど憎んでいた。最愛の人を奪った悪魔を呪い、憎んだ」
ああ、そうか。やはり……。
「すべてが終わった後、犯人は私が葬ったよ」
麻里さんはこともなげに言った。
文字通りの意味なのか、お日様の下を歩けないようにという比喩表現なのかは知りたくもないけれど、どちらにしてもこの人からしたら造作もないことなのだろう。
「お前たちの憂いも私が取り除いてやろう。何、簡単なのことだ。もうこの瞬間から一切気にする必要はないよ」
「いや……でもそれは……」
簡単に「はい、お願いします」と言って良い問題ではないのだと思う。ここまでみんなで苦労し、解決のために努力してきた。けれどそれらを放り捨てて、最終的な安全だけを手に入れるというのは……。
「師匠」
「なんだ、零」
「わたしたちは、自分たちの手でこの事件を解決したいと思っています」
「くだらんな。お前たちにそんな暇があるのか?」
暇があるか。
そう問われたら、そんな暇はないという答えしかない。
でも、そうじゃない。
ボクたちは暇だから取り組んでいるわけではないのだ。
「ボクたちはこの事件を、自分たちの力で乗り越えなければいけないと思っています。だから、ここで麻里さんの魔法のような力を借りるわけにはいかない」
麻里さんの顔を真っすぐにとらえて宣言する。
だから、手を出さないでください。
「まあ良いだろう。私も暇というわけではない。頼まれてもいないお節介を焼くほど善人でもない。好きにしたら良いさ。だが、手が必要になったなら、遠慮せずにいつでも言えばいい」
視線を外し、「ふっ」と笑う。
「ありがとうございます。後ろに控えていていただくだけでとても心強いです。今日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。また来ます」
ボクは挨拶をし、そのまま出口へ向かう。
レイも小さく会釈し、ボクの後ろに続く。
麻里さんはボクたちの挨拶に応えることはなく、ただキーボードを叩く音だけが部屋に響いていた。