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第15話 麻里さんに挨拶をする

「楓、零、ひさしぶりだな。ようやく来たか」


 ボクたちは麻里さんの研究室を訪れていた。

 今年初めての訪問かもしれない……。


「はい、ご無沙汰しておりました。すみません……」


 深々と頭を下げる。

 でも正直怖くて……麻里さんの顔をまともに見ることができないでいる。


「どうした? 新年の挨拶に来なかったから、怒られるとでも思ったか?」


「いえ、そういうわけでは……」


「なあ、零は元日に着物姿で挨拶に来たのに、楓は不義理なやつだな」


「ホントすみませんでした……」


「零にはお年玉をいっぱいあげたぞ。楓もちゃんと挨拶にくればなあ」


「師匠。それくらいで。かえでくんがかわいそうです」


 レイが麻里さんをやんわりと止めてくれる。

 どうしても1人で麻里さんと会う勇気が出なくて、今日はレイに無理を言って同行してもらったわけで……。


「冗談はさておき。いつまでそうしているつもりだ? 顔を上げろ」


「……はい」


 決して強い口調ではないのだけれど、強制力のある言葉。

 意を決して顔を上げ、麻里さんの表情を盗み見る。


「よく来たな。私のかわいい楓」


 麻里さんはとても温和な表情をしていた。

 怒っているどころか、手放しで歓迎してくれている、それがよく伝わってきた。


「ホントにすみません……」


 心からの謝罪だった。

 泣けてくる……。


 シオとウタから自分の体の秘密について聞いてから、これ以上自分のことを知るのが怖くなってしまった……。

 麻里さんと会えばもっと深い話を聞いてしまう。ボクは自分が何者なのか知るのが怖くて、麻里さんと会うのを避けてきていたのだ。


「何も焦る必要はないよ」


 麻里さんがやさしいトーンで声をかけてくれる。まるで泣いている子どもをあやすかのように。


「そう、ですか……」


 実際ボクは泣いていたのかもしれない。


「楓が聞きたくなった時に話してやるよ」


「そう、ですか……」 


「それよりも、今は楓が成すべきことを成せ。そのための助けにもなるつもりだ」


 麻里さんの力強く、温かい言葉。

 道を指し示す言葉。 


「ボクが成すべきこと……メイメイと≪初夏≫のみんなをトップアイドルにする。その笑顔で世界を救うこと……」


「目標は見失っていないな。それでいい」


「はい……」


 成すべきことはわかっている。

 だから大丈夫。


「最近はあれだな。アイドル活動のほうはすこぶる調子が良さそうだな」


「そう、でしょうか?」


「人気もうなぎのぼりじゃないか。おめでとう。目標に大きく一歩近づいたな」


 麻里さんが軽くジャンプしてボクの肩を叩いてくる。


「でもそれは爆弾テロの影響もあって……」


「わかってるんだろう? 運も実力のうちだよ」


「わかってはいます。理解はできていますけど、納得はできなくて……」


 アイドルとしての実力に高い評価を得て、人気が出たわけではない。

 しかし、世間は≪初夏≫に注目をしてくれているのもまた事実だ。各メンバーの個別の仕事も増え、そこでの評価を受けてさらに人気が上がる。その良いサイクルに入り始めている状態だ。


「きっかけなんてどうでもいいのものなんだよ。経過すらも最後にはほとんど意味をなさないものになる。結果がすべてだ」


 言っていることはわかる……気はする。

 でも、きっかけも、経過も、そして結果もすべてほしいと思ってしまうのは贅沢なんだろうか。


「1つ、昔話をしようか」


 麻里さんがペットボトルのお茶を投げて寄越してくる。


「おっとと。ありがとうございます。昔話、ですか」


 麻里さんは自分用のペットボトルのキャップを開け、口をつける。


「ああ、≪Believe in AstroloGy≫の話だ」


 メイメイのお母さんが所属していた伝説のアイドルグループ≪Believe in AstroloGy≫。通称≪BiAG≫。


「小さな箱でしかライブをしていなかったアイドルグループが、突如大きな支持を集め、誰もが知るトップアイドルにまで上り詰めたのはなぜか」


「かえでくん、どうぞ」


 レイがボクのペットボトルの蓋を開け、ストローを差してから、手渡してくれた。


「ありがと」


 ここにくるのに緊張したせいで、口の中がパサパサ。めいっぱいストローを吸って、500mlのペットボトルの中身を一気に3分の1くらい飲んでしまった。


「楓、なぜだと思う?」


「なぜって……あれだけ歌がうまくてダンスが美しかったら当然では?」


 ライブに力を入れ、ほぼライブ活動しかしていないアイドルグループだ。実力勝負。とにかくパフォーマンスでお客さんを呼び込んでファンを増やしていく。それが最後武道館へとつながった、んじゃないのかな。


「もちろん≪BiAG≫はしっかりとした実力を持ったグループだった。しかし、それだけで売れるほど世界は単純にはできていないのだよ」


 まあ、それもわかるけど……。

 事務所の大きさやレコード会社・テレビ局などとのコネクション、そしてプロモーション費やらなんやら、実力以外でのあれこれによって売れるか売れないかは決まってきてしまう。


「スラムの路上でトランペットを吹く少年が、スターダムにのし上がり、ビルボードで1位を取る。そんなアメリカンドリームは、夢物語の世界の話だ」


 夢物語、か。


 だけど、そんな夢を見たい。

 いつか急に実力を認められて、まばゆいばかりのスポットライトの下に。みんなそんな想いで、歌手やアイドルは活動をしているのではないのかな。


「≪BiAG≫は実力を持ったアイドルグループではあったが、当時は小さな箱でやっているだけで、大して売れてはいなかったよ。少数の熱狂的なファンがいるだけのいわゆる絵に描いたような地下アイドルグループだったんだ」


 そんな時代があったんですね……。


「日本の音楽シーンに登場したのは活動5年のうち、最後の2年ほどだよ」


「それより以前は……」


「小さな箱ばかり回っていたのは、仕事を選んでいたからじゃない。大して人気がなく、ライブをするしか仕事がなかったからだ」


 Wikipediaにも載っていない話だ。

 少し前の≪初夏≫と同じ。ただひたすらに練習し、自分たちの曲を披露するライブしかすることはない。そうしてあるかもわからない機会を待つしかないのだ。


「活動3年目のある日。≪BiAG≫にとってターニングポイントとなったある出来事の話をしよう」


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