第10話 ナギチ、怒ってます!
「なんでボクが……」
あれはレイが勝手にやったことでしょうよ。
蝶ネクタイ型の麻酔銃だっけ?
レイが麻里さんから借りてきて、独断でナギチを消したんだよ?
ボク関係ないじゃん。
「私、怒ってるんだからねっ!」
「はい……」
目の前にいるのはナギチ。
ほっぺたをぷっくり膨らませて怒っていますアピール全開中。
「起こさなかったのは悪かったと思っているって……」
「それもだけど!」
「他にも何か……ああ、桜餅食べられなかったから?」
お取り寄せグルメのサイト、まだ桜餅を取り扱ってるかな。
「違いますぅ~!」
不正解だったご様子。
ああっ、余計に機嫌が悪くなったっぽい……。
「あれはレイが――」
「言い訳しないっ!」
「はい……」
言い訳じゃないんだけどなあ。うーん、最後まで弁明させてもらえない……。
「カエちゃんは名探偵なんでしょ! 私が何で怒ってるのか早く当てて!」
うわー、めちゃだるー。無茶ぶりも良いとこじゃんか。
まさかこれって、正解のないクイズなんじゃ?
リンゴをどこで買ったのか……聞いて欲しいの……そして残りのリンゴを一緒に買いに行って欲しいの……それが答え……のやつじゃない⁉
つまり答えは沈黙……!
「なんで黙ってるの⁉ 私、怒ってるんですからねっ!」
やべー、違った……。
まったく正解がわからないよ……。
うーん。
針が痛かった……いや、たぶんナギチ、痛いのは好きだよね。
ダメだ! いくら考えてもわからない!
とりあえず――。
「ごめんね。ゆっくり謝罪したいから、ちょっと一緒に外、歩いてくれない?」
「……うん」
おお。時間稼ぎ成功だ。
「ん……」
「何?」
「んっ!」
「ん?」
ナギチがボクの顔の前にこぶしを突き出して唸っている。
いや、マジで何?
このこぶしに殴られろってこと?
「んっ!」
あれ? もしかして……?
ナギチのこぶしを自分の両手で包んでから、そっと指をほどいて手をつないでみる。
「うん……」
顔を赤らめて頷くナギチ。
お、おお……正解だったわ。
ナギチ……お前はカンタなのか? 「ん」じゃ、人はわからないんだよ……。手を繋いでほしいなら素直にそう言ってくださいよ。
いや、その……指を絡めて……恋人繋ぎはちょっと恥ずかしいんですけど……まあ、機嫌が直るなら少しはガマンしますけど……。
ボクとナギチは手を繋いだまま、ビルのエントランスを抜けて外に出る。
春だなあ。
午後の日差しがとっても温かい。
「あ、ちょっと待って」
ビルを出たところで、ナギチがパッと手を離し、ポケットから何かを取り出した。
ああ、マスク。
「ナギチも芸能人だもんねー。マスクで変装したいくらいのお年頃だ!」
そういうのって意識が大事って、たしかマキが言ってた気がするし。
「違うわよ……」
「違うの? サングラスもしたほうがいいよ?」
顔よりでっかい色付きのレンズのやつー。
「だから変装じゃなくて花粉症なの!」
「なーんだ。ナギチ花粉症なんだ? でももう4月だよ?」
スギ花粉もピークは過ぎてる気がするけど。
「私、ヒノキのほうがひどいのよ」
「あー、そうなんだ。ヒノキはこれからの時期だったっけ?」
「そうよ……ゆううつ~。黄砂もひどいらしいし~」
ナギチが深いため息をつく、のに合わせてマスクが膨らんでからしぼんだ。
「黄砂かあ。ボクは黄砂も別に平気だし、花粉症にもなったことないんだけど、みんなつらそうだよね。ナギチは鼻水? それともくしゃみ?」
「私は、目以外は全部……薬飲んでてもつらいの……」
「うへー、それはきつそう……」
そういえば、最近はアレルギー治療もいろいろ進化してきているって聞くけど。
「舌下治療とか、鼻の粘膜焼いたりとか、なんかそういう治療はしないの?」
「いろいろ試したけれど効果が薄くて……あとは……」
あとは?
「麻里さんから勧められてる遺伝子改造手術をするしか……」
「いや、それはやめよう! 絶対やめよう!」
遺伝子改造手術はやばい!
ネーミングがとにかくやばい!
「だけど、麻里さんが言うには、『まったくアレルギー反応が出なくなる体になれる』って……」
「その言い方って、花粉症以外のことも含んでるでしょ。人じゃない何かに改造されるでしょ……」
ボクが言うのもなんだけどさ、ナギチは人のままでいてほしいな……。
「でも、ついでにバストサイズも上がるし、ウエストも細くなるし、ヒップサイズも思いのままって……」
「ガチの人体改造じゃんか。だまされるんじゃない!」
ナギチは実験体になるな!
自然なままのナギチでいてほしい!
「でもでも、カエちゃんだってスタイルの良い子が好きでしょ?」
「……ううん? ぜんぜん?」
「うそだー。私がもっとスタイル良ければかまってくれるんでしょ?」
「ううん。ナギチは今のままですっごく魅力的だから大丈夫だよ!」
人体改造はダメ、ゼッタイ!
「私のこと好き?」
「うんうん、好き好きー。ほら、こんなところで立ち話してないで、駅前の喫茶店に行って甘いものでも食べよう?」
「私のこと好き?」
「だから好きだってばー」
まったく、何度言わせるのかね。
5歩進むごとにその質問に答えていたら、いつまで経っても喫茶店につかないんだけど……。




