第7話 小宮桜生誕祭2024 その4~怪人X現る。そして死んでいく
メイメイが道明寺を1口かじって倒れる。
ここまでは台本通り。
なお、道明寺を両手持ちでパクついていたのは見なかったものとする。
「早月さん! 早月さん!……なぜこんな……」
ウーミーがメイメイを抱きしめたまま嗚咽を漏らす。
「え……サツキ……ウソ、でしょ……」
ハルルはその場にへたり込んでしまう。
“え、なになに?”
“死んだ?”
“なんかの演出か?”
“マジ?”
“唐突な展開w”
“今度は何が始まったんです?”
“ウーミーが泣いてる”
“スタッフ何してんの?”
“演出?”
コメント欄のほとんどが困惑。一部が演出を疑っている。
まあそりゃそうだよね。
普通、こんな重大なトラブルが発生したらまずは配信がすぐに中断、または強制終了するよね。
ま、そこは良いじゃないの。
『聞こえるか、諸君』
スタジオのスピーカーから合成した男の声が聞こえてくる。
「誰⁉」
ハルルが辺りを見回しながら叫ぶ。
『私は怪人X。私の仕込んだ猛毒入りの桜餅を食べたのは夏目早月か。ふっ、食いしん坊が祟ったな』
怪人X(CV:レイ)が倒れたメイメイのことを鼻で笑う。
「怪人X⁉ 誰なの⁉ どこにいるの⁉ 猛毒って何⁉」
ハルルが叫ぶように尋ねる。
『そこにある桜餅にはすべて毒を仕込んである。一口でも食べたお前たちはこのまま死ぬ運命にあるのだ』
「うそ……わたくしたち、死ぬ……んですの……」
『そうだ。10分以内に解毒剤を飲まなければ死に至る』
「でも私、なんともない。動けるわ。毒なんて入ってないじゃない!」
ナギチが仁王立ち。スピーカーに向かって叫ぶ。
おお、台本を渡していないはずのナギチが迫真の演技! やるじゃん!
『それは運が良かったな。毒の強さはまちまちに設定してあるのだよ。夏目早月のように1口で死に至る濃度のものもあれば、しばらく効果が表れない遅効性の毒もある。いつ体が動かなくなるかは、お前たちの運次第だ』
「そんな……サクラたちが死ぬ……」
『なんだ小宮桜。お前は死にたくないのか? 朗報だ。1つだけ希望をやろう。動ける者が私を探し出し、解毒剤を手に入れろ。それしかお前たちが生き残る道はない。遅効性の毒のタイムリミットはおよそ10分だ。ただし、スタッフに助けを求めた時点で第2の毒が一瞬で体を駆け巡り、その者は即死する。覚悟しろ。繰り返す。この中に私、怪人Xがいる』
「この中に怪人Xが……?」
『さらばだ。健闘を祈る。お前たちには到底無理だと思うがな。フハハハハハハハ』
「ちょっと待ちなさいよ!」
決めゼリフを吐いて消えようとする怪人Xをハルルが呼び止める。
『なんだ、新垣春。すべて話は終わった。せいぜい足掻くがいい』
「ヒント……ヒントくらい寄越しなさいよ! 何もなかったら死んじゃうでしょ!」
そりゃまあ、ノーヒントで10分は死ぬよね。
ちょっとここのヒント要求は強引だと思うんだけど、バレないかな?
“怪人にヒントを要求したぞw”
“やるやんハルルwww”
“死にそうなのに強気w”
“惚れ直したwwwww”
“リーダーはハルルw”
“怪人たじたじw”
“ハルルしか勝たんw”
“犯人はカエデ”
意外と楽しまれてる……。
まあいいのか。現場は真面目モードだけど、見ているほうにはエンタメだもんね。ざんねーん、怪人Xはボクじゃないぞ!
『新垣春。勇気ある行動に感服した。良かろう。ヒントを1つだけやろう。答えはテーブルの上にある。さらばだ。フハハハハハハハ』
「テーブル⁉ テーブルの上にあるものって何⁉ もっと具体的なヒントをよこしなさいよ~!」
ハルルが叫ぶも怪人Xが再び応答することはなかった。
「どうしよう……」
「ハルさん、ヒントをありがとうございます! さあ、動けるうちに急がないといけません!」
へたり込むハルルに近寄り、サクにゃんが手を差し伸べる。
「そうね……怪人Xを見つけて解毒剤をに手入れないと……」
サクにゃんの手を取ってハルルが立ち上がった。
「あいつ、テーブルの上って言ってたわよね。テーブルに残っている桜餅が10個。何個かずつ紙皿に乗っているわね。あとはウェットティッシュと各自のペットボトル……」
ナギチがテーブルの上のものを1つ1つ読み上げていく。
「ここにヒントが……ぜんぜんわかりません!」
サクにゃんがテーブルをバンと叩いて悔しがる。
サクにゃん、さすがに諦めるのが早いよ……。
「道明寺が3個。長命寺が7個。これに意味はあるかしら」
「どうでしょうか……みっちゃん⁉ みっちゃん、どうしましたかっ⁉」
サクにゃんがいち早くウーミーの異変に気付く。
ウーミーはメイメイを抱きしめたまま、動かなくなっていた。
「サクラ、待ちなさい! 私が……」
駆け寄るサクにゃんを制止し、ハルルがゆっくりとウーミーに近寄る。
「脈が弱いわ……。予想以上に毒が回ってきているのかも。でも、私たちにやれることは……ウミをここに寝かせたまま、急いで解毒剤を探しましょう……」
「でもみっちゃんが!」
「サクラ! 今は一刻の猶予もないわ。私たちだって、いつまで動けるかわからないのよ……」
「あれ、ペットボトルの本数が――」
ナギチがそう言って、ペットボトルに手を伸ばした瞬間、ナギチはその場に崩れ落ちた。
ナギチ⁉
ナギチは台本に含まれていないから、最後まで生き残る設定では⁉
(危なかったので消しました)
消すって何⁉
(こんなこともあろうかと師匠から借りてきた、蝶ネクタイ型麻酔銃です)
どんなことがあったら使う想定なのよ……。だいたいレイは普段から蝶ネクタイしてないでしょ。怪人Xこわ……。
「くっ、ナギサまで……」
ハルルがぐったりするナギチを抱え、ウーミーの横に寝かせる。
おお、ハルル、アドリブ強くなったじゃんか。
これで残されたのはサクにゃん、ハルルの2人だけ。
毒が回って死ぬまでに残り3分――。