第30話 シオセンセの新作マンガ
「やあやあ、おふたりさん。対バンの準備は進んどるかい?」
レッスン室の扉を開け、ゆっくり歩いてくるナギチの姿は、まるで授業を見学に来た校長先生のような貫禄とオーラだった。しかしまあ、完全にレッスン遅刻しているんだけどね。
「ナギチ……特別レッスンがんばって……」
そう返すと、ナギチが途端に悲しそうな顔を見せた。
つらい現実から逃げたかったんだね、ごめん。
そう、特別な事情がなくレッスンに遅刻すると、自主練(強制)が追加されるシステムなのだ……。
がんばれナギチ……。
「なぎささんはさっさと先生に怒られてきてください」
レイ、なんか冷たい……。もしかして、ナギチとなんかあった?
「なぎささんなんてしらないです。ずっとさくらさんに教えてもらえばいいんですよぅ」
「レイちゃんすまんて~。別にそういうつもりやないんよ……」
「対バンもあるから、マネージャーのレイちゃんにはちょぉっと聞きづらかっただけやねん……」
「なぎささんのバディはわたしです。でも何も相談してもらえないなら、わたしバディ失格ですね」
「すまんて~。機嫌なおしたってや~。そうや! とっておきのブツ、センセの新作入荷したんやで」
ナギチが端末を操作して、レイの顔の前に画面を持っていって見せた。と、それを見たレイの表情が明らかに変わる。わざわざ前髪を上げて、画面に顔を近づけ、画面とナギチの顔を交互に見ている。
なんだなんだ? 何の新作? めっちゃ興味が湧くわ。
「なになに? ボクにも見せてくださいな」
「すまんな、これはバディ専用なんや」
「かえでくん、ごめんなさい。バディ専用なんです……」
「え、あ、はい」
2人に拒絶されてしまった。しょんぼり疎外感。
「コーチ、どうしたんですか? あ、渚さん、零さん、こんにちは。サクラたちこのあとここでレッスンなんですよ」
入ってきたのはサクにゃんとシオのペアだ。
「お~ナイスタイミングや! センセ新作、最高やで!」
ナギチが深々とお辞儀をする。
「えっ、新作ですか⁉ 栞さんいつの間に描いていたんです?」
「ふふ~ん♪ 昨日とある筋から強力なネタ……情報提供があってな、ちょっと徹夜してん……」
シオの顔をよく見ると、メイクで隠せないくらいクマがすごい! あとなんか全体的にヨレヨレしている気もする。徹夜でマンガ描いたんですね?
「へぇ~シオの新作! ボクも見たいなあ」
みんなの輪に近寄っていく。
「カエちん! これは……バディ専用やで」
「バディ専用ですぅ」
「コーチ! バディ専用なんですよ!」
「そういうわけなんや~。かんにんな?」
一気に4人に拒絶される。え……バディってなんだっけ? それ、もうボクの知ってるバディと違くない?
4人は端末の画面を見ながらキャッキャッしている。
仲間外れかあ、ううっ、かなしい……。
「え~、今度の新作はメイカエレイ探偵団? なんですそれ?」
「アホ! 聞こえるやろっ! 読み上げるんやないっ!」
おや? 新作になぜボクたちの探偵団の名前が? 妙ですね……。
「じーーーー」
「オホンッ。そろそろサクにゃんの練習時間やな。邪魔しちゃ悪いから、あーしらは失礼しよか……」
「ソウデスネ。ナギササン、ハヤクヘヤヲデマショウ」
「じーーーーーーーーー」
明らかに何かを隠しているレイとナギチを間近でチェックする。じろじろ。じろじろじろじろ。
「なーーにーーかーーーかーくーしーてーるーーーー?」
レイナギをチェックしていると、なんだが後ろの2人の動きも怪しい……。
「栞さん、サクラにも送ってくださいよ~」
「おっけー! そしたら練習終わったら送るわ~」
「じーーー。シオさん? ボクにも新作見せてくださいよーーーー」
「か、カエちん……。新作? なんのことなんか、うちわからんな……」
「シーオー? 今マンガの新作の話、サクにゃんと話してたでしょ!!」
「しらんしらん! カエちんに見せてしもうたら、ネタをもらえなくなってまう!」
「ネーターーー? 探偵団の話と何か関係がー?」
「しらんっ!」
シオがダッシュで逃げる。まてーい!
「コーチ! ストップ!」
サクにゃんが両手を広げてディフェンス! ボクの進路を妨害してくる。
「サクにゃん、通して! シオが逃げる!」
「栞さんは悪くないんです! 悪いのは……サクラで……」
急に膝を折り、顔を押さえて泣き崩れる。
「桜さん! ちゃうっ! みんなの希望を叶えるためとはいえ、描いたんはうちや! 殴るならうちだけにしたってや!」
シオが走って戻ってくる。そしてへたり込んでいるサクにゃんの前で、両手を広げてボクから庇っている……みたい? え、なにこの小芝居?
「ごめん、これ、いったい何なの?」
ボクは振り返って、レイとナギチに助けを求めようとする……が、2人ともすでにいないっ! 逃げてるじゃん!
「シオはいったい何を描いたの? 何のマンガ?」
シオの顔を覗き込むように尋ねる。
しばらくの沈黙の後、シオは観念したかのように、ボクに視線を合わせてくる。
「カエちん……うちがバラしたって、くれぐれも秘密にしてくれへん?」
めちゃくちゃ深刻そうな顔でシオが言う。
「う、うん……。なんかわからないけど、約束するよ……」
いや、ほんと何? そんなやばい何かなの?
「これなんやけど――」
そう言ってシオが恐る恐る自分の端末の画面を見せてくる。
『メープルちゃんとバディ』
デフォルメされていて、等身の低いかわいらしいキャラが主人公のマンガだった。その主人公の名前がメープルちゃん。
おっふ。
これは……ボクですね。
「メープルちゃん……」
「最初は、純粋にみんなを応援したろ! うちができるのはマンガを描いて応援することやと思って、ネタがないか聞いて回っていたんや……」
「サクラが、サクラが悪いんです!」
いつの間にか立ち上がっていたサクにゃん。まだちょっと目が赤い。
「サクにゃん、大丈夫? 悪いってどうしたの?」
「サクラが、おもしろ半分にコーチと零さんがイチャイチャしているところを動画にとって栞さんに渡してしまって……」
「なっ……んだって⁉ ま、さか……このマンガって……」
「そうや。メープルちゃんがいろんな女の子とイチャイチャする、百合ハーレムものや!」
一瞬目の前が暗くなる。
うわー、マジですか……。ボクが百合……主人公……って、いろいろな女の子と⁉
「サクラは~、23話がとくにお気に入りで!」
23話って、めっちゃ連載してるじゃん!
「それ……どんな話なの?」
「えっ、そんな……本人を前にはずかしいっ!」
サクにゃん……思い出してクネクネしないで。こっちは主人公なのに置いてけぼりなんだけど。
「23話は……ああ、これやんな。『メープルちゃん夜のダンスレッスン』」
「何その、いかがわしい感じのタイトル……」
「安心したってや、R-15指定やで」
「いや、それ、ぜんぜん安心できないんですけど⁉」
「内容は……夜中に眠れないでいるチェリーちゃんに、メープルちゃんがダンスレッスンをしてあげる話やで」
うーん? 普通?
夜にダンスのレッスンをしているだけの話かな。なんかタイトルまぎらわしいよ。
「……ベッドの上で」
「ちょっ」
それはダメでしょう⁉
「コーチの服があれであれして……キャー!」
あれであれって何⁉ もうそれって18禁⁉ ていうか、ベッドでダンスレッスンなんてしないで!
あと、それボクじゃなくて、メープルちゃんだからね⁉
「シオ……それ全部見せて……」
「ううっ……見ても怒らんとってな? ちょこちょこみんなにネタはもらったけど、うちのオリジナル、フィクションやで?」
すぐにシオからURLが送られてきた。
どれどれ――。
うーん。なんていうか、怒るに怒れない内容……。
メープルちゃんもほかの子たちもビジュアル的にめちゃかわいいし、なんていうか……基本おおげさなフィクションなのに微妙に真実が入っていて……いや、まあ、そういうつもりで見たら、たしかにイチャイチャしているかもしれないけれど……うーん、ボクってこういうふうに見えてるのかなあああああ。
「たとえば36話の『ふわふわ耳かき(5)』だけど……これって誰からの情報提供?」
「ネタ元は黙秘や! 証人保護の観点から!」
裁判か!
まあ、どう考えてもレイ本人しか知らないよね、さすがにこれは……。あーもう、なんで人に言うかな⁉ 恥ずかしいじゃん……。
「36話! ゼロプル! ゼロプル! ああ、ゼロプル尊いです……『ゼロの耳かきなしでボクは生きられないかもしれない。一生そばにいてくれないか』言われてみたいっ!」
いや、もう、ころして?
「でも『一生そばにいてくれないか』とは言ってないからね? そこは捏造だからね⁉」
「カエちん、これはマンガ! フィクションや!」
「うーん、はい……フィクションですね……」
なんか釈然としない。
話数が進むごとにネタ提供が豊富になっていくのか、ほぼ実話なものも多い。
びみょーーーーに、脚色されている部分がいかがわしさを演出していて……釈然としない!!
「ホント毎話尊死しかけます。ゼロプルとメイプルはバリエーションも豊富で王道を行っていて大変良いです。最近アツいのは、ライプルの『アルカイックスマイル首輪散歩』ですね! ああ、でもポエプルの『清楚姉ナチュラル黒ニーソ縛り』もいいですし、シティプルの『私優等生じゃないわよ』は神回でした……。でもでもやっぱりサクラは断然チェリプル推しですからねっ!」
純粋なままのキミでいてほしかった。うーん、サクにゃん……ナマモノはほどほどにね?




