第58話 定期公演#2 その7~涙の雷雲
ハルルの勝利者インタビューの辺りで、いち早く臨時控室に戻っていたレイと、ゆっくり休憩して準備万端のナギチの2人が舞台に上がってくる。
「おまたせ~」
「おまたせしました」
2人とも着物風のドレスに身を包み、髪にかんざしをつけてすっかり大和撫子風味だ。
「2人とも着物ステキ~!」
テンションが高いままのハルルが2人の手を取ってキャッキャしている。
そうか、もう舞台から降りなければ……。
イスから重い腰を上げると、黒子のスタッフさんたちがMCコーナーで使った備品類を手早く片づけてくれた。
ああ、そんなことくらいはボク自身がやらないといけないのにありがとうございます……。体が重い。いや、重いのは心か。
『は~い。渚さんと零が登場しましたね。2人に話を聞いてみましょう。今回のソロユニット曲「涙の雷雲」のおすすめを聞かせてください』
引き続き、都が場を仕切っている。
ボクとハルルは目配せをし、気配を消しつつゆっくりと舞台から捌けていく。
「じゃあ、私、水沼渚から! この衣装を見てピンと来ているかもしれませんけど~、なんと演歌なんですよ~!」
「演歌です」
「私、演歌は初挑戦だったんですけど、こぶしをまわすのって難しいんですよね」
「とても難しいです」
「がんばってこぶしを出しているので、そこのところに注目して聞いていただけるとうれしいです!」
『本格的ですね~。零さんはどうですか?』
「はい。わたしは水芸をがんばりたいと思います」
『水芸というと、扇や和傘から水がピューッと出る手品みたいなアレですか?』
「そうです。ありとあらゆるところから水が噴き出します」
『それはすごいですね……。水芸、ぜひ注目してみてください! それでは曲紹介のほうをお願いします』
ふむ。せっかくだから、舞台下で2人の雄姿を眺めておこうかな。ね、ハルル?
ボクとハルルは、ドローンカメラの軌道を邪魔しないように、こっそり最前列のイスの前にしゃがみ込む。
「は~い。水沼渚と~」
「仙川零で」
「「涙の雷雲」」
照明が落ち、スポットライトだけが2人を照らす。
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今日も世間はピーカンでりさ
だけど私の心は沈み
時が経っても晴れやしないさ
いつだって心は涙に濡れる
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ナギチの歌いだし。
主人公の私さんの心が沈んで泣いている様子が伺える。
さすがのナギチ。低音ボイスもブレることなく渋く歌い上げている。
さて、この主人公の私さんは何で泣いているんだろう?
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あの人のことを思えば、ああ
いつだって心はどしゃぶり
涙(涙)涙(涙)
私の王子様(私の王子様)
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レイのパートから、2人のデュエットっぽい流れに。
ここで失恋の歌なのね、ということが聞いている側に伝わってくる。ずっと失恋相手のことを思って泣いている。切ない恋の歌だ。
レイもがんばってる!
着物の袖を振りながら、一生懸命歌っているのがわかる。
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涙の先から
あの人がやってくる
涙(涙)涙(涙)
そっと口づけをしてね
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再びナギチのソロ。
妄想なのか現実なのか。
お別れしたはずのあの人が目の前に現れる。今度はうれし涙だろうか。やっぱり泣いて、目の前が見えなくなる。
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私の手を取って
さあ今すぐ行きましょう
涙(涙)涙(涙)
あなたがいれば何もいらない
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レイが和傘を回しながら、水芸を披露。
所狭しと舞台上を練り歩く。
高く高く上がった水柱が消えた後に、一瞬だけ虹が見える演出が美しい。
観客席からも「おお!」という歓声が湧き起こっている。
「ステキね~」
「とってもきれい。ナギチの歌がうまいから、世界観がコミカルになり過ぎずに済んでる」
ハルルと小声で会話する。
これはモニター越しじゃなくて生で見たい演出だね。配信で見ているみんなにも生で見せてあげたかった……。
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雷雲が立ち込めても
私とあなたが一緒なら
涙(涙)涙(涙)
嫌よ消えないで(独りにしないで)
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ああ、やはり涙が見せた幻か。
空が曇り、雷が鳴る。
あの人の幻影は消え、私は1人取り残されてしまう。
悲しみの涙が、水芸となってステージ全体に噴き上がる。
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夢の中では
あの人がやってくる
涙(涙)涙(涙)
思い浮かべましょう
夢よ覚めないでね
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悲しい恋の歌。
どうか、夢の中だけでもあの人と結ばれますように。
万雷の拍手。水色と紫のペンライトの雨が降り注ぐ中、ボクとハルルは足早に臨時控室に戻っていく。




