第43話 ストーカー被害を収束させる3つの達成条件
「カエデちゃん、やっぱりここにいたわね!」
ハルルにがっちりと肩を掴まれる。
もう逃げられない!
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
許してください! ボク何も悪いことはしてません!
「大丈夫なの⁉ なにもされてない⁉ 既読がついても返事がなかったから心配したのよ!」
「えっと、何も……」
ストーカーの話を聞いていただけで。
「あんな写真をアップしてるからてっきり……」
「てっきり何かしらね? 私が楓ちゃんとデートしているだけよ。春さんが心配するようなことは何もないわ」
MINAさんが体を起こしてソファーに座り直す。いつもと同じ、余裕たっぷりの美人モデルの姿だ。
さっきまでボクと恐怖に震えていたはずなのに……。
「カエデちゃん……デートって何……」
ハルルの体がわなわなと震える。
やばい、殺られるっ!
「いやこれはデートでは、つぅ――」
あわてて訂正しかけたところで、MINAさんに太ももをつねられた。
意地悪い顔してるぅ。
まったくもう。ハルルをいじってそんなに……おもしろいよね!
「私たち2人きりでとっても大切な話をしているの。悪いけれど、春さんは席を外してくださらない?」
って、ちょっと! 腕を組むのはやり過ぎなんじゃ⁉ やめてよー、ほのかに良い香りさせてこないで!
「えっと……大切な話ではあるけどー」
ハルルにとってもまったくの無関係というわけでもなく。同じクラスメイトの話だし、映画にも出演しているし。
「カエデちゃんが……カエデちゃんが……」
あ、まずいな、これ。
ハルルの目に涙が溜まりまくっている。
「ちょっとハルル! ここ、カフェだから! みんな見てるからね⁉」
「浮気した~~~~~~~~~!」
浮気⁉
これっぽっちも浮ついてないのに!
「人聞きの悪い! 違いますよ? みなさん、これは……撮影です! ほら!」
MINAさんのほうを指さす。
ね、撮影してるでしょ! って、この修羅場っぽい状況をホントに撮影するんじゃない! 撮影する振りにしてよ! ねぇ、これは絶対SNSにアップしないでよね⁉
ハルルガチ泣き。MINAさん大笑い。ボクおろおろ。
もう収拾がつきません! 現場からは以上です!
* * *
それから5分後。
「というわけなんだよ。ね、誤解だからさ」
何もやましいことはなんだよ。
って、なんでハルルに弁明しないといけないのかわかってないけど!
「……その子さんがストーカーなの?」
「その詳しい話を聞いているところでハルルが来た感じかな」
ね? とMINAさんのほうを見ると、
「あなたたちホントおもしろい。2人とも好きよ♡」
なぜかボクの首に手を回し、体を預けてくる。
「ちょっと! 離れなさいよっ!」
ハルルがすかさず立ち上がり、テーブルに上りかねない勢いで前のめりになる。
「離れないとな~に? 私、殴られちゃうの?」
「MINAさんもほどほどにしてー。ハルルに殴られたらモデル廃業になるよ?」
骨の5本や6本は一瞬で粉砕されるよ?
「私、そんな乱暴じゃないし……」
ハルルは静かに元の席に座り直し、上目遣いにこちらを見つめてくる。
はいはい、パワーを押さえてる時のハルルはかわいいよ。
「じゃあ、ハルルも参加したことだし、とりあえず仕切り直しってことで」
テーブルの隅に立てていたメニューを取り出し、ハルルのほうに向けて開く。
「何か注文しよっか♪」
MINAさんのおごりでー。
追加追加♡
「それで、その子が事務所のけっこうお偉いさんから呼び出されて、事情聴取されたわけよ」
追加注文を終えたところでMINAさんがしゃべりだす。
ハルルはミックスピザと紅茶と抹茶白玉ぜんざいを注文。ボクはコーヒーのお替りとスフレパンケーキ(クリームメガ増量)を注文。MINAさんはダイエット中ということでコーヒーのお替りのみ。モデルさんって大変だなあ。
「その事情聴取の結果、その子は私のことが気になって仕方なくて、ストーカー行為を働いていたことを認めたわけなんだけど……」
MINAさんはそこまで言うと、眉を八の字に曲げて小さくため息をついた。
「2km以内に接近禁止とか、なんかそういう迷惑防止条例違反的な措置を?」
「さすがに、お互い未成年だし、同じ事務所の所属だし。私としても直接的な被害があったわけでもないし?」
「あれ、でもほかのファンの人とトラブルになってるんだっけ?」
「それなのよね~。いわゆる彼女面ってやつかしらね。基本的には妄想なんだけど、なまじクラスメイトだから、私の情報がリアルなのよね……」
「あー、それでほかのファンの人たちも信じちゃったりざわざわってところかな?」
ウソの中に真実を混ぜられると、大半がウソ情報でも実はホントのことなんじゃないかって思えてきたりするものだよね。性質が悪いですよ!
「そういうこと~。だけど私や事務所から正式な訂正を入れるわけにもいかないし……」
「そんなことしたら大事になっちゃうもんねえ」
どうしたものかなあ。
「私だったら――」
ハルルが初めて口を開く。
「私だったらその子さんにSNS上で謝罪を公開してほしいかなって思う」
んー、ハルルの言ってることはわかる。
「それはわかるけど、でもどんなふうに?『ストーカーしていました。事務所に怒られました。もうしません』って?」
それはMINAさん側が公式にアナウンスするのとそう変わらないような?
「その子さん本人は反省しているんでしょ? だったらその言葉をそのまま載せてもらうのが良さそうに思うけど」
「それができたら苦労しないというか……」
MINAさんの歯切れが悪い。
「反省してないの?」
「反省はしてるみたい。でも……」
「でも?」
もったいぶるなあ。
「私からは言いにくいんだけどね。私のことが好きなのは変わりないから、『遠くからは見守らせてほしい』って」
MINAさんの顔がちょっと赤い。
ストーカーその子さんの気持ちを代弁させられる被害者。その特殊な羞恥プレイを見た!
「あらあら♡」
「はいそうですか、ってわけにもいかないわよね……」
MINAさんの様子にまったく気づかず、ハルルが真剣な表情で話を進めていく。
「ま、やりたいことは3つだよね」
1つ。MINAさんのプライバシーが守られて、SNSに写真が流出しないこと。
2つ。その子さんが彼女面して、MINAさんのプライベートな情報を流出させないこと。
3つ。MINAさんのファンの人たちがざわざわしないこと。
「そうね。2つはすでにクリアできている……と信じたいのだけれど」
「じゃあ3つ目の『ファンの人たちを安心させる』ってやつだけ何か考えようかね」
誰かが何かを訂正しないといけなくて、そうすることで大多数の人が納得できるような状態にする必要がある、よね。
「私、ちょっと思いついたかも!」
ハルルが笑顔になり、真っすぐに手を上げて立ち上がった。




