第42話 お互いに存在を認識できないようにするステルスモード
「だからその子よ。宮川その子さん」
イントネーション!
日本語ってムズカシイネ!
「その子さんね! あー、あの人だ。被服科の人だ!」
たしか何か服飾関係の大会で優勝していたような。
「小物作りが得意な人ね。駅前のセレクトショップにコーナーを持ってるわよ」
「すごい。すでにプロだ……」
売り物を作れるって何か尊敬する!
「何言ってるのよ。私も、あなたもとっくにプロよ」
MINAさんが笑う。
「あ、そっか。ぜんぜん気づいてなかった!」
そうだった。
ボクたちも気づけばプロフェッショナル。芸能活動をしてその対価をいただいている身でした。ボクはマネジメントのプロフェッショナルだけどね!
「話を戻すけど、その子をね、海以外の撮影でも見かけるようになって……。他の現場もそうだし、ドラマの撮影や映画の撮影……朝西の時にもいたわね」
「うっそ! ぜんぜん知らなかったよ!」
あの現場ってギャラリー入れるところだったっけ⁉ 普通に全体撮影スタジオだったよね⁉
「朝西は厳密に言えば違うかしらね。スタッフとして働いていたもの」
「スタッフってことは、洋子ちゃんのところの?」
「そうね。臨時のヘルプとして入っていたみたい」
「なるほどー」
エキストラ出演のほうだけじゃなくて、スタッフのほうにも声がかかっていたってことね。でもそれは偶然なのか、MINAさん目当てなのか……。
「それで、映画の撮影の時の写真がSNSに流出してたみたいで……」
「それってかなりまずくない?」
「ええ、かなりまずいわね……」
百歩譲ってプライベートで見に行った撮影現場のオフショットを許可とらずにSNSに上げるところまでなら、見つかったら注意されるくらいで、良くはないけどまあ許されると思う。
でも――。
「スタッフとして働いている現場の、しかも情報解禁前の写真は……」
「うちの会社が製作委員会に名を連ねていることもあるし、演者やスタッフの多く、それと原作も関係者だからってことで、すぐに削除することで大事にはされなかったみたいなのよね……」
ギリギリ政治的なあれこれで穏便な解決にしてもらえた、ってことなのかな。
「それは良かったけど、普通にアウトオブアウト……」
「会社からはしっかりと事情聴取、というよりも尋問よね。かなりきつめに何が起きたのか調査が入ったみたいなの。アイス溶けてるわよ」
「ああっ! ボクの抹茶パフェ!」
気づけばデロデロ。
バニラアイスと抹茶が溶け合って、すでに抹茶ラテ状態に……。話に夢中になっていたよ。かなしい。
「食べて食べて♡」
「もう食べるというより飲む感じに……でもないか、冬で良かった! まだ中のほうはアイスのまま残ってた!」
おいしい!
本格的な濃い抹茶がかかってて渋みが利いてるー♪
しあわせー♡
「あごのところ、アイスついてるわよ」
「えっ、どこ⁉」
慌ててペーパーで拭いてみる。
「もっと下よ。ほら、顔こっちに」
促されるままに立ち上がり、向かいに座るMINAさんのほうに首を伸ばした。
「届かないからこっちに来て」
ん、思ったよりもテーブルが広いか。
しかたない。
MINAさんが座るソファー席のほうに移動する。
「はい、拭けた」
「ありがとー。もうほかにはついてない?」
そう尋ねると、MINAさんがボクの頬に手を当てて、顔全体を確認してくれる。
「大丈夫よ~。かわいいかわいい♡」
かわいいかは聞いてないんですけど……悪い気はしないっ!
「ありがとー。助かりました」
「こ~こ~か~!」
「ひっ!」
地鳴りのような低い声が頭の後ろから浴びせかけられる。
「カエデちゃんの匂いがす~る~。こ~こ~か~!」
顔を見上げると、まるで靄がかかったようにうっすらではあるけれど、ソファーの上にハルルの顔が見えてくる。
「ハルル⁉ ステルスモードは⁉」
レイ、バレないって言ったじゃん⁉
(これはいったい……。お互いに存在を認識できないようにするステルスモードのはずです)
でもなんか靄が晴れてきて、だんだんとハルルの顔が鮮明に見えてきてるんですけど⁉
(はるさんの愛の力が師匠の科学力を超えた、ということでしょうか)
ということでしょうか、って言われても!
どうすればいいの⁉
レイ⁉ レイー!
「み、みつかる!」
「どうしよう⁉」
レイの庇護を失ったボクとMINAさんは、互いに手を取り合って、ソファー席で縮こまることしかできなかった。
「み~つ~け~た~わ~よ~」
般若と目が合った。
合ってしまった……。
も、もうダメッ!




