第32話 定期公演#1 その6~ナギチが思い描く未来(終)
ボクとメイメイは手をつなぐ。
ステージは暗転し、辺りは真っ暗闇だ。
会場からは大きな拍手。ボクたちは深く頭を下げ続ける。
次第に拍手が収まってきたあたりで、ゆっくりと頭を上げ、臨時控室へと戻ることにした。
舞台の下からふと見上げると、すでに舞台上にはウーミーとウタが上がり『Honey, Feel The Rhythm』の説明を始めていた。
ああ、終わった。楽しい時間が終わってしまったね。
ボクたちのミュージカルはどうだったのだろう。
楽しんでもらえただろうか。
「サツキ、カエデちゃん、お疲れさま!」
臨時控室に戻ると、ハルルがいの一番に声をかけてくれる。
「お2人とも、お疲れさまでした」
続いてレイも。そしてほかのみんなも、次々にねぎらいの言葉をかけてくれる。ありがたい。
「疲れたよ……。どうだったのかなあ」
コメント欄の評判など気になってしまう。
AIのお客さんたちは、想定していたところとは違うところで笑ったり盛り上がってりしていたから、あれで良かったのか、やりたかったことが伝わったのか少し不安だ。
「私は楽しかったですよ~。カエくんと舞台で一緒に歌えて、それだけで楽しかったです」
メイメイがつないだ手を顔の高さまで持ち上げて、笑いかけてくれた。
上気した顔。流れ落ちる汗。全身から湯気が立ち上るのが見える。
ボクたちは全力でやりきったんだもんね。それで良かったんだよね。
「気になるならあとで自分たちでゆっくりと見なさいね。かいつまんで言うと――」
都がなんとなくコメント欄の流れを教えてくれた。
最初のメイメイの『ありのままで』にみんなが感心し、ボクが歌いだすと爆笑コメントが一斉に投稿されたらしい。
なんだ、AIの人たちと同じじゃないか……。
なぜミュージカル風なのか、最後のほうまでわりと疑問が呈されていたので、もしかしたら普通の劇のほうがすんなり受け入れられたのかもしれない、と。
うーん。マキししょーの判断ミスか?
最後の子守歌のところでは、感動して泣いている人も多数いたらしい。
ホントに?
レイの歌詞大正義ってこと⁉
(れいちゃん大正義です)
そ、そうですか。まさか作詞の才能もおありだったとは……。レイ先生って呼ばないといけませんね。
(かえでくんが歌うための歌詞なので、イメージが湧きやすかったです)
姫とプロデューサーの想いが交錯する恋の歌。
お互いの気持ちを秘めたまま語らない恋の歌だった。
あの短い舞台の時間では、出逢いから恋と言われると唐突感はあるものの、子守歌自体はとても素敵なものだったと思うよ。
すべてを隠してねんねんころりよ。
* * *
さあ、そうこうしているうちに、ウーミーとウタの『Honey, Feel The Rhythm』が終わりの時間を告げる。
みんなそろって舞台へ!
レイがウーミーの早着替えを手伝って、ラスト2曲へとなだれ込む手筈となっている。ライブも終盤だ。
舞台上の4人がつなぎのトーク中。『メイプルの冒険』について盛り上がっている。
ハルルが「私も舞台出たかったな~」とこぼせば、メイメイが「次の定期公演でやればいいじゃないですか~」とやり返していた。
そうか、2月公演……っていっても3月になりそうだけど、定期公演#2はハルルがメインMCなんだったね。どんなコーナーをやるんだろう。もう準備はしているはずだけど、自分たちのことで手いっぱいになっていて、ハルルの話をぜんぜん聞いてないな。
「かえでくん、もう目を開けても良いです」
はい。
それで、この目隠しシステムは必要なの?
誰かが着替える度に何でボクは目を閉じてないといけないのかな……。
(今日のかえでくんは心が男性寄りなので)
そういう問題なの……。
舞台に上がって気持ちが高ぶっているとかそういうこと? 自分ではその違いがぜんぜん分からないんですけど。
ウーミーが舞台へと駆け戻り、5曲目『僕たちのワルツは永遠の光』の準備に入る。ラストの『サツマイモラブ』もMCなしで続けて歌う流れになっているから、これでメイメイのMCは終わりを迎えることになるわけだ。
まあ、ラストのラストに締めのアイサツはあるけどね。
新曲『僕たちのワルツは永遠の光』が始まる。
4分の3拍子で構成されるゆったりとしたリズムのバラード曲。
ナギチがメインで歌う曲となっている。
明るく楽しい未来を目指して、いつまでもみんなで歩いていきたい。そんな想いがこめられているようだ。
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僕たちのワルツは光
永遠に輝く光
あの空の向こうを目指してね
どこまでも歩いて行こう
いつまでも笑っていたい
未来はしあわせ
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もしも『ある初夏の日の出来事』がメイメイの決意を表す曲だとするなら、『僕たちのワルツは永遠の光』はナギチの心の清らかさを表す曲なのかもしれない。
ナギチは良くも悪くも自分に正直な人だ。会話の中に裏の意図なんて存在しない。だから一緒にいると気持ちが楽になる。心が救われる気がするのだ。
ナギチが思い描く未来がしあわせなら、ボクたちはしあわせになるに違いない。
安らぎの『僕たちのワルツは永遠の光』が終わった後は、最後の盛り上がりソング。『サツマイモラブ』へと突入していく。
AIの観客たちはすでに『サツマイモラブ』の口上も学習済みらしい。コメント欄は文字で、会場はあらん限りの声で最後の曲を応援する。
今日はオンラインライブ。アンコールはない。
ボクたちの定期公演#1は『サツマイモラブ』で最高潮に盛り上がった後、余韻を残さずに終了した。




