第31話 定期公演#1 その5~ミュージカル:メイプルの冒険
『メイプルの冒険~出会い編~』
舞台の幕が上がる。
夜の噴水前、メイメイちゃんのアカペラから始まるオリジナルのミュージカルだ。
名曲『ありのままで』のBメロからサビへ。
会場はメイメイちゃんの歌以外まったくの無音。誰も言葉を発さず、ただその姿を見つめ、美声に酔いしれている。
それは陰に潜んでいるボク、メープルちゃんも同じだ。息を潜め、その歌声に聞き入っている。
歌声。その表情。すべてが美しい。
「そこに誰かいるの⁉」
歌を中断してメイメイちゃんが振り返る。
「すみません! 怪しい者ではございません!」
ボクは物陰から転がり出る。
「私は~怪しい者ではありません~♪ ただあなたの歌声が美しく~少しでも近くで聞きたかった~♪」
ボクの歌。若干声が上擦る。
会場からクスクスと笑い声が漏れてくる。
そ、想定通り! あえて下手にね? あえてだよ!
「あら、まあ……」
「いけないとは知りつつも、この柵を超えて……」
「かわいい侵入者さんですこと。今宵は~満月~♪ もう少しだけ~歌いたい~の~♪ 良かったら聞いていってくださいませんか?」
メイメイちゃんが歌いながら立ち上がる。
「ぜひ! あなたの歌声をもっと聞きたい!」
ボクの懇願に、メイメイちゃんが小さく頷いて応える。
メイメイちゃんは目を閉じ、胸の前で手を組むと、静かに歌いだした。
1stシングルのカップリング曲『ある初夏の日の出来事』だ。
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ずっと1人 歩いてきた
孤独を感じたことはない
気づけば 暦では初夏の日
でもまだ少し 肌寒いね
隣には誰もいない。ずっと1人でいることが当たり前だった。
自分自身が孤独であることさえ気づかない。
でもそこに憂いはない。ただ無感情。悲しみなど感じたことはない。
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初夏の楽しい出来事を歌っているはずなのに、序盤はどこか物悲しいストーリーだ。それに今日は周りにほかの4人がいない。それがより淋しさを加速させているように感じる。
だけどメイメイの歌声はいつもよりも力強く、孤独な状況に対しての悲しみは感じられない。
* * *
メイメイちゃんの歌が終わる。
拍手。観客からも惜しみない拍手が送られる。
その拍手が鳴りやむのを待ってから、ボクはお礼を言った。
「ありがとうございます。こんな怪しいボクを通報せずに、美しい歌まで聞かせてくださって」
「こちらこそ歌を聞いてくださってありがとうございます。私はいつも1人。誰に聞かせるわけでもなく、夜な夜な寝室を抜け出しては小鳥たちと歌っていただけ。今夜はとても刺激的な夜でした」
「それではボクはこれで」
立ち上がり一礼。ボクはすぐに柵のほうへと歩き出す。
「待ってください! 歌の感想を。人に聞かせたのは初めてですの。良かったところと悪かったところをぜひ、感想をお聞かせ願いたいです」
その言葉に足を止めて振り返る。大きく息を吸ってからボクは歌いだす。
「あなたの声質は~うつく~しい~。これまでに~出会った~誰~よりも~。天性の才能だ~」
ボクは歌を止め、立ち止まる。
「あなたの声帯は歌うためにあると言っても良い。脳に響いてくる心地よさ、1/fの揺らぎを感じます。ずっと聞いていたい。録音して毎日寝る前に聞きたい……ボクは今どうして録音機材を持っていないんだ! ああクソッ!」
膝を叩いて悔しがる。大げさに。舞台上を転がって悔しがる。
客席からはクスクスと小さな笑いが起こった。
「あ、えっと……ありがとうございます。そんなに評価してくださってうれしいです」
「ですが、あなたは才能に頼りすぎだ! ボイストレーニングがまるで足りていない。音域が狭い。低音はほとんど出ていないし、高音もブレブレです。才能はあるのにもったいない!」
ボクは立ち上がり、メイメイちゃんに激しく詰め寄っていく。
「私……そんなにダメですか……」
メイメイちゃんが泣きそうな顔で尋ねる。
「いいえ~、むしろポテンシャルの塊~だ~。こんなに~大きなお屋敷のご令嬢~。高くて立派な~ボイストレーナーを雇い~なさい~」
「えっと、えっと?」
「まずはボイストレーニングが何よりも必要です。それとどんな歌を歌っていくかをプロデュースする者、今後の売り出し方について戦略を立てるマネージメントをする者がいると良いでしょう。そうすれば、あなたが世界の歌姫となるのも夢ではない!」
メイメイちゃんの手を握り、いかに未来が明るいか熱弁する。
「私が世界の歌姫に⁉」
「今夜はステキな歌をありがとうございました。それでは失礼します」
ボクは早口でアドバイスを言い残すと足早に立ち去る。
「お待ちになって!」
「なんでしょう? お望みの通り、感想は述べましたが」
「私はただここで夜な夜な歌っていればそれで満足でした。ですが、あなたの話を聞いて、少し欲が出てきてしまいました」
「欲、ですか?」
「私は~もっと~歌がうたいた~いのです~。たくさんの~人に聞いて~ほしいと~思ってしまったのです~。なんて欲深い~のかしら~」
「それは~とても~良いこ~とだ~。あなたの~才能をもってすれば~、多く~の人に~感動を~与え~られる~のだから~」
そうだ。
その欲は持って当然の欲。夢ではなく、少しの努力で届くものだ。
「でもそれは……私1人ではできそうにもないです……」
「ですからボイストレーナーとプロデューサーとマネージャーを――」
才能は十分だ。あとは適切な努力をするだけだから。
「あなた! 私はあなたが良いです!」
「はい?」
「私のマネージャーさんになってください!」
メイメイちゃんがボクに向かって手を差し出す。
「それはできません。あなたとボクでは身分が違いすぎます」
「いいえ、私はあなたが良いのです」
メイメイちゃんが目を輝かせて頼み込んでくる。
ボクはあごに手を当てて思案する。
観客たちの目が、ボクの次の言葉に注目しているのを感じる。
少しの間を置く。
それから遠慮がちにメイメイちゃんの手を取った。
「わかりました。お引き受けしましょう」
「ありがとうございます。私のマネージャーさん」
「ボクがマネージャーになったからには、ビシバシいきます。24時間スケジュールを管理します。一緒に世界を目指しましょう」
「え、ちょっと? 世界⁉ えっと……」
戸惑うメイメイちゃん。
笑顔全開のメープルちゃん。
「さあ~、なによりも~睡眠で~す。こんな~時間に~起きていてはいけない! 毎日~20時には~就寝してもらいま~す」
「え⁉ それだと晩餐会に出られな、キャッ」
ボクはメイメイちゃんをお姫様抱っこし、城に向かって歩き出す。
若干の悲鳴と、拍手。そして、「いけいけ」という指笛。
「早く寝室へ。子守歌を歌ってあげましょう」
「子守歌! 私初めてです~」
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ねんねん ころりよ おころりよ
キミはボクの 腕の中
今日も姫は 眠りつく
夢の中でも Sing a Song!
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レイが一生懸命考えてくれた歌詞。
とってもステキなんだけど、何度歌っても子守歌には思えない……。
Sing a Song!
ボクの1サビのソロの時点でもうこの時点で笑われちゃってるからね。
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ねんねん ころりよ おころりよ
私はベッドで あなた待つ
添い寝を期待し あなた待つ
あなたは視線に 気づかない
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メイメイちゃんのソロパート。
切ない片想いを綴った歌詞だ。
思わず観客たちからため息が漏れる。
最後はボク、メープルちゃんのソロパート。
メイメイの美しい歌声に負けないように……邪魔しないように……。
だんだんと舞台の照明が絞られていく。
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ねんねん ころりよ おころりよ
できることなら この腕に
抱きしめてしまいたいと妄想す
けれどもそれは 叶わぬ夢
キミが眠るの じっと待つ
ボクの愛しい お姫様
ねんねん ころりよ おころりよ
ボクの愛しい お姫様
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ボクの愛しいお姫様。
ああ、この楽しいひと時も、もう終わってしまうね。
キミの美しさ、そして気高さが1人でも多くの人に伝わりますように。
ボクの愛しいお姫様。
Fin.




