第26話 シェフのきまぐれプリンアラモードスペシャル限定バージョンカスタムマックスタイプ2
勢いで探偵団を結成してみたものの、そんな活動している余裕なんてあったっけ? 今週末は対バンだし、来週末は本番のオーディションなんだよ……。
でもメンバーのことを知るのは技術よりも大切かもしれない。ダンスコンテストをするわけじゃないんだし……ああ、むずかしい。
「尾行します!」
「尾行ですね」
探偵の基本はやっぱり尾行ですよね。まずは2人が行きそうなところに……レッスンの後だから食堂かな?
「レイちゃん、2人は今どこにいますか~?」
「そうですね、現在地は……カフェから出てエレベーターホールに向かっているところの用です」
ハンチング帽にサングラスをかけてトレンチコート姿の2人が話し合っている。
いつ用意したのさ。形から入りすぎじゃないですかね。
「カエくん、早く支度してください~。おいていきますよ~」
メイメイがイスにかかったトレンチコートその他一式を指さす。
あ、これ、ボクも着るんですね……。ボクのだけトレンチコートの色おかしくない? 2人のはベージュなのに、ボクのはショッキングピンクなんですけど、これ逆に目立ちませんかね?
あれ? サングラスもパーティーグッズだし、デザインひまわりなんですけど。ハンチング帽だけ普通にみんなとおそろい……逆になんでさ。
「はい……着ました……」
「かわいい、かわいい」ってキャッキャしながら、2人して連写してきたり、腕組んでツーショット自撮りしてくるのやめてくれませんか……。尾行は遊びじゃないんですよ⁉
「2人が動きました! かえでくん、いつまで遊んでいるんですか? おいっていっちゃいますよ」
「ますよ~」
遊んでいたのはメイメイとレイなんだけど……。まあ2人が楽しそうなら、もうそれでいいか……。
「はい……すみません……」
いや、そうじゃないよ、待って待って! スルーしそうになったけれど、なんでレイは2人の位置を把握してるの⁉ まさかレイ……やっちゃってるの⁉
「つかぬことをお伺いしますが……アカリさんたちの位置はどうやってチェックを?」
言葉を選びながら恐る恐る尋ねる。
「こんなこともあろうかと、あかりさんとうたさんの端末をハッキングしてGPS情報をわたしの端末に送信するようにしておいたんですよぅ」
こっわっ! レイさん何してくれてるんですか⁉「えっへん」じゃないからね?
「ナイス、レイちゃん!」
「ナイスじゃないよ! それ普通に犯罪だからね?」
「悪用しないから大丈夫ですよぅ」
「今めっちゃ悪用してますよ……」
「せっかくレイちゃんがハッキングしてくれたのに! カエくんは2人のこと気にならないんですか⁉」
そりゃあ気にはなりますけども……。良いのかな、これ……。
「おや、2人はエレベーターで1階へ降りたようですね。どこに向かっているんでしょうか」
「私たちも1階に行かなきゃ! カエくんダッシュだよ~」
「わかったよ……」
ボクらは慌ててレコーディング室を後にした。
ねえ、トレンチコートが足に絡まって、めっちゃ走りにくいんですけど脱いで良いですか? 3人でこんな格好しているから、ちょっと視線集めちゃってるし。
* * *
「2人ともストップです」
1階ロビーを通り、エントランスを抜けてビルの外に出たところで、先頭のレイが立ち止まる。
「ここを曲がった先に2人はいます。おしずかに」
小声のレイが口に指をあてた。
この先は敷地内の公園というか、ベンチが2つ並んでいる小さな空間だ。反対側には大きなオープンカフェスペースがあるので、こちらは少し人気が少ない。今は夜なので、おそらくほかに人はいないだろう。
「さて、このあとどうしますか?」
「カエくん、どうしよう?」
いや、2人でボクを見るのやめてくれないかな? 探偵団を結成したのはメイメイですよ……。ボクも賛同したけどさ。
「とりあえず様子を見てみる? 何してるんだろ」
太めの木の陰に隠れて、2人のほうを覗ってみる。うーん、暗くてよく見えないな。2人でベンチに座っているのだけはわかるんだけど。
「かえでくん、これを」
「イヤフォン? つければいいの?」
『私、歌もダンスもほかのマネージャーたちみたいにうまくできなくて、足を引っ張ってしまいそうで……』
イヤフォンから詩お姉ちゃんの声が聞こえてくる。
「これは⁉」
「かえでくん、しずかに! 端末から音を拾っているだけです」
だけです、ってさー。盗聴もですか……。もう何があっても驚かないよ……。
『カエちゃんとかシーちゃんとかダンスの正確性すごいよね。歌はミャコちゃんのが好きかな♪』
『私、学校でも普通で、何やっても平均よりちょっと上くらいだけど、1番取ったりはできないの……』
『んふふっ、ウーちゃんかわいい♪ 技術的に1番じゃなくてもね、アイドルはいいんだよ。誰かのハートを撃ち抜いたら~か・ち♪』
うーむ。アカリさん良いこと言うなあ。振りを盛大に間違えたりした子がブレイクしたりするもんね。何が良いのかなんてわからないものだよ。
『今度は失敗したくなくて……灯さん、わざわざ一緒に練習付き合ってくれてありがとう』
『んふふっ、アカリも練習しないといけなかったからちょうど良かったよ。バディなんだからこれからも一緒に練習しよ♪』
あれ? 普通に良い感じの会話だなあ、これ。恋人の会話には聞こえない。
「普通……ですね……」
「ちぇ~、暗がりでキスすると思ったのに~、つまんないの~」
「こらこら、つまんないとか言わないの。詩お姉ちゃんも普通に悩んでるんだね。そしてアカリさんはやっぱりイケメンだ」
大人の余裕ってやつなのか。2歳しか違わないけれど、だいぶ大人な態度に思える。ボクが18の時は……『メイメイ命』の生活でしたね、今と変わらないので判定不能。
『そろそろ時間も遅いし、ウーちゃんもおうちに帰らないとね。このまま帰る? それとも……』
『えっと、その……部屋に寄りたいなって。……ダメ?』
『アカリはいいよ♪ ご両親は心配しない?』
『うちは放任主義だから平気よ。そもそも私もあっちの寮暮らしだもの』
『OK♪ ちょっとサッちゃんに確認入れるね』
と、メイメイの端末が震える。
「あ、アカリちゃんからメッセ!『今はどこ? もし食堂なら、ついでにいつものやつ、アカリの分も買ってきてくれないかな♪』だって~。おっけーっと」
メイメイが返信する。
「いつものって何?」
「えーと、その~、いつものあれです~」
「甘い物、食べてるね?」
「そ、それは……アカリちゃんが! アカリちゃんが欲しがるのでしかたなくですよ~。ピィ~ピピ~」
「さつきさん、ちょっとおしずかに」
メイメイ、口笛を吹くんじゃない。見つかるでしょ!
「2人が動きます。隠れますよ」
レイの号令のもと、忍び足でビルの陰へ隠れて2人をやり過ごす。
ふぅ、バレなかった。意外と探偵楽しいな。
「これからどうしましょう~?」
さすがに暑くなったのか、メイメイがトレンチコートを脱いでいる。それならボクもこのパーティーグッズを取って良いよね……。
「ところで、あかりさんに何を頼まれてるんですか?」
「えっと~。『シェフのきまぐれプリンアラモードスペシャル限定バージョンカスタムマックスタイプ2』です~」
「あの伝説の『シェフのきまぐれプリンアラモードスペシャル限定バージョンカスタムマックス』にタイプ2が登場したのですか? タイプ1は常に売り切れでどんなものか見たことないのですが」
いや、そのなんとかマックスって何よ? そんなのメニューにあったっけ?
「ちっちっちっ、レイちゃんはまだまだですね~。注文の仕方があるんですよ~。仕方ないから今回特別に教えてあげちゃいますよ」
出た~。メイメイ名物先輩風ピューピューマックスタイプ2!
「くやしい……ですが、お願いします」
「おっけ~。じゃあ食堂へれっつご~」
意気揚々と風を切って先頭を歩くメイメイ先輩。マジパネェっす。
「こっちです~」
食堂につくと、メイメイは注文カウンターではなく、食器返却カウンターのほうへと歩いていく。
「ここから注文するんですよ~見ててくださいね」
裏メニューか何かなのか……緊張する。
「おばちゃ~ん、私です~。『シェフのきまぐれプリンアラモードスペシャル限定バージョンカスタムマックスタイプ2』を2つほしいです~」
メイメイは大声でカウンター内のおばちゃんに声をかけている。
「あらあら、お得意様の早月ちゃんね。今日もかわいいわね。用意できてるわよ」
「わ~、おばちゃんありがとう~。今日はどんなの~?」
「今日は抹茶プリン・紅茶プリン・ほうじ茶プリン~夢の三大プリンがついに競演よ」
「おいしそう~! アカリちゃんも喜びそう! おばちゃんありがとう~」
「また感想を聞かせてね」
和やかに会話を終え、メイメイがどでかいケーキ箱を抱えてこちらに戻ってきた。
「ね?」
「ね、じゃないよ。普通にレジを通さない裏口購入じゃん」
「これは……わたしにはハードルが高そうです……」
レイ、急にコミュ障発動するのやめて……。なんだか悲しくなっちゃう。
「じゃあ、これを持って部屋に帰りましょう~。アカリちゃんに連絡っと」
「メイメイ、ちょっと待って。今2人はたぶん部屋にいるんだよね? 今なにしてるんだろう」
メイメイが部屋に帰る連絡をする前に、会話だけでも聞いてみたい。
「なるほど、いいでしょう。かえでくんのご要望にお応えして、現在の2人の様子を見てみましょうか」
ふふん、とレイの鼻息が荒い。
端末を少し操作した後、ボクとメイメイに画面を見せてきた。
「これは⁉」
「アカリちゃんとウタちゃんです~。すご~い!」
盗撮……これどこから撮ってるのよ。部屋を引きで撮ってるんですけど……。もう端末のハッキング関係なくなっちゃってるじゃん……。
「「「あ!」」」
まさに今、アカリさんが詩お姉ちゃんを自分の胸に引き寄せて抱きしめていた。
布ずれの音だけで、声はない。
しばらく抱き合ったままだったが、詩お姉ちゃんが顔を上げ、アカリさんのほうを見る。
「「「あ!」」」
その時! 我々メイカエレイ探偵団はついに目撃した!




