第5話 すべてが無に帰する時、キミは何を想う
『ボンバーワン! ボンバーワン! ボンバーワン! ボンバーワン!』
大音量で繰り返される機械音。
これの意味するところは――。
「ば、爆弾発見の報告ですっ!」
サクにゃんが震える声でそう宣言する。
そう、だよね……。
「桜……誤作動ではなくて、確かな情報なの?」
都が不安そうに、警告音を発し続けるトランシーバーを見つめる。
どうか誤作動であってくれ――。
それはここにいる全員の気持ちを代弁していた。
「誤作動の可能性がないわけではありません! でも実際に確かめないと……。発見場所は施設の外のようです。……正確な場所、出ました! 正面入り口階段下の噴水付近です!」
サクにゃんが、ノートパソコンを開いて位置情報を特定できたようだった。その様子を、遅れて入ってきたハルル、ナギチ、ウーミーの3人が見つめる。
「わ、私見てくるわね!」
居ても立っても居られなくなったのか、もう1つのトランシーバーを片手に、ナギチが控室を出ようとする。都がその手をつかみ、制止した。
「渚さん、ダメよ! 行ってはいけないわ。まずは現場責任者の花さんに連絡。その指示に従って行動よ」
「せやな。ほんまに爆弾やったら大変なことやで。警備の人らも危険やし、警察とも連携してすぐに――」
都の意見に同調するシオ。その言葉をサクにゃんが遮った。
「待ってください! ここはサクラに任せてください! こんな時のための――」
「さっちゃん……これはもう、大人の人たちに任せたほうが良いですわ。危ないことはしないでほしいですわ……」
ウーミーがそっと近寄っていき、トランクケースを物色するサクにゃんの肩に手をおいた。
「みっちゃん、大丈夫です! こんなこともあろうかと、『ボンバーイレイサーにゃんだふる』も開発してあります!」
「その……『ボンバーイレイサーにゃんだふる』というと――」
「爆弾処理をするネコ型ロボットです!」
ですよね。
でも爆弾処理を機械に任せるのって、それホントに大丈夫なの……。
「桜、それはもう警察の仕事よ。勝手に触って爆発でもしたらどうするつもりなの?」
「最大半径10mに防衛フィールドを展開して作業をするので大丈夫です!」
でも爆弾の規模もわからないんじゃその防御フィールドとやらで爆発を防げるのかわからないんじゃ……。
「爆弾の規模、種類、予想影響範囲をデータベースと照合して、解体可能かどうかをチェックします。解体できる種類の爆弾の場合だけ解体を行うのでその間に警察と連携して避難誘導をお願いします!」
「花さんと連絡ついたわよ。こっちで対処するから手を出すなって。避難経路を指示するからその場で待機、ですって」
いつの間にかハルルが花さんと通話を繋げていたようだ。
「春さん。サクラに通話させてください!」
ハルルの同意も待たずに端末をひったくる。耳を当てて花さんと小声で何やら話始めた。
「いや、うーん。普通に考えて勝手に爆弾処理はダメでしょ……」
「そうよね。いたずらや誤作動だったとしても、警察に任せるべきだと思うわ」
非合法大好き、警察大嫌いのウタもさすがに同意してくる。
だよね、危険すぎる。
「やはり今日の公演は中止……ですよね」
レイが消え入るような声でぼそりとつぶやいた。
通話中のサクにゃんを除く全員が息を飲む。
爆弾のことで頭がいっぱいだったけれど……そうか、中止か……。
その時、控室の鉄扉が開いて、メイメイが姿を現す。
「あれ~? みんな難しい顔してどうしたんですか~?」
場違いなほど明るい声。
1人だけ部屋の外にいたのか。つまりメイメイは、まだこの状況を知らない……。
「メイメイ……今までどこに行ってたの?」
「ちょっとお手洗いで、ししょー直伝の精神統一をしてました~」
胸の前で手を合わせて目を閉じる動作。マキの教えだ。きっと準備万端なのだろう。
ああ、ここで非情なる現状を告げなければいけないのか。
この公演に賭けていた。あんなにも準備をがんばってきたメイメイに――。
だけど、それはボクの役割だ。
「メイメイ、落ち着いて聞いてほしい」
「なんですか~?」
この笑顔が絶望に変わる……それは見たくない……。
でも――。
「さっき会場の外の噴水付近で爆弾が見つかったんだ……。今は花さんの指示で待機中。でもきっとこれからすぐに避難しなければいけないよ。だから今日は……」
そこまで口にしたところで、メイメイがボクの手を取った。
「爆弾ですか! 爆発したら大変です! 何してるんですか~? こんなところにいたら危険ですよ。カエくんもみんなすぐに避難しないと!」
「え、でも……今日の公演――」
「公演はいつだってできます。命のほうが大切ですよ~。早く避難をしましょう~」
そう言い放つと、メイメイはボクの手を強く引き歩き出す。
でもボクは見てしまった。
メイメイが正面に向きなおる瞬間の表情を――。
下唇を固く噛み、感情を押し殺していた。
さっきまであんなにも輝いていた瞳はくすみ、色を失っていた。
これまで準備してきたすべてが無に帰する。
それが自分のせいでもなく、仲間のせいでもなく――怒りも悲しみもぶつけるべき相手もいない。
ああ、ボクは無力だ。
「そうね、避難経路を確認しないと……でも一体どのルートから?」
非常用マップを確認しながら都がつぶやく。
「そやな~、正面階段を通らないルートやろな……」
「とすると、裏手に回るこのルートが良さそうですわ~」
「でもそのルートだと、正面玄関に近いところを通るから、回り道でもこっちのルートのほうが良くないかしら?」
ボクは無力だ。
「怖くて一歩も歩けないわ~。誰か抱っこして連れてって」
ボクは無力だ。
「ナギサ。今はふざけている時じゃないのよ。TPOをわきまえて」
ボクは無力だ。
「ハルちゃんひどい~。ちょっと空気を和ませようとしただけなのに~」
ああ、メイメイ。
こんな時、ボクはどうして何もできないのだろう。
苦しんでいるキミがそばにいるというのに、かける言葉すら持っていないのだ。
ボクは無力だ。
『今日がダメでも次の機会があるよ』
『また一緒に準備をし直そう』
違うだろ。
そんな気休めを言って何になるっていうんだよ。
ボクにできることがあるとしたら、それは――。




