第1話 定期公演の日の早朝
早朝5時。いつもよりずっと早く、目覚ましの音に起こされる。
アラームを止め、ぼんやりとした意識の中のっそりと体を起こす。まだ外は薄暗い。
今日は待ちに待った定期公演の日だ。
いつもより早起きで睡眠時間は短いはずだけど、なんだかよく眠れた気がする。
ほっぺたを叩いて気合を入れる。
「さあ、素早く準備して出かけよう」
今日はボクも舞台に立つんだ。緊張していないといったらウソになるけれど、しっかり練習してきた。準備は万全だ。大丈夫。やれる。
「かえでくん、おはようございます」
「おはよう」
リビングに出ると、すでにレイは着替えを済ませていた。2ndシングルのジャケット写真の衣装、の色違いバージョン。≪初夏≫のみんなが着るのはエメラルドグリーンを基調とした制服だけど、ボクたちが着るのはクリーム色を基調とした制服になっている。
「似合ってるね。とってもかわいい」
「ありがとうございます。首元にふわふわのファーがついていて暖かいですよ」
冬用の衣装って感じだよね。足元はムートンブーツだし暖かそう。ボクたちが着るほうの衣装はなんだか雪みたい……雪見だいふくみたいな印象があるね。ちょっと食べたくなってきた。
「MCコーナーで着用する舞台用の衣装はすでに収納済みですが、もう一度袖を通して確認しますか?」
「ん、あー、昨日も仕舞う前に確認したし、あとは現地で良いかな」
「わかりました。ではコーヒーを淹れておきますから、制服に着替えてきてください」
「はーい」
レイの指示のもと、再び部屋へと戻っていく。
あ、まだ顔洗ってないや。
「かえでくん、急いでください。集合時間まであと15分しかないです」
急かしてくるレイ。
でも15分もあるし……。
「全自動お助けモードを作動しますか?」
「あ、うん。お願いします」
「了解しました。全自動お助けモードを作動します」
レイがそう宣言すると、ボクの部屋から制服を抱えたパンダレイ(パンダの着ぐるみ型パジャマを着ている)が登場する。最近レイはパンダのパジャマがお気に入りのご様子。
「失礼します」
パンダレイはボクを抱きかかえ、そのまま洗面所へと運んでくれる。
説明しよう。全自動お助けモードとは、ボクが遅刻しそうな時や時間がない時に、立っているだけで身だしなみを含めて何から何までレイが準備を手伝ってくれるという、画期的な甘えん坊システムなのだ! 黙って待っているだけで顔も洗ってくれて歯も磨いてくれる、ご飯も食べさせてくれるよ♪
「お化粧は現地のメイクルームで行います。今日はステージ用のものを準備しています」
「はーい。お願いします」
そうか。今日はボクもお化粧をする必要があるのか。
いまだにお化粧のルールというかセオリーというか、何がどうなってそうなるのかまったくわかっていない。
いつも目を閉じているとレイが良い感じにやってくれる……。「かえでくんは基が良いのでほんの少ししか手を入れていません」と言うけれど、それでも10分くらいはかかるしなあ。使用前と使用後で鏡を見比べると、なんかいろいろパキッとしている気がする。キリッかな? IQ10くらいは高く見えるんじゃないかな?
「あれ、なんか今日は胸がきつい気がするけど……」
いつもよりもブラジャーがかっちりしているというか、締め付けというよりフィット感がすごい?
「それもステージ用です。揺れて擦れないようにしっかりとパットも入れてあります」
ふーん。そういうものかあ。
まあでもダンスするわけじゃないからそこまでは。……ちょっとくらい擦れてもいいから激しく揺れて「やっぱりステージではしっかりとしたブラをしたほうがいいよね」みたいなこと言ってみたいなあ。
なんてことを妄想をしている間に、ボクの着替えは終わっていた。
「身だしなみ完成です」
「いつもありがとう。ホントに助かるよ」
姿見の前に立って自分でも仕上がりを確認する。なかなかボクもイケてる気がしてくるね♪
って、ものすごいシャッター音。
連写しすぎでは?
って、パンダレイ! ローアングルやめっ!
「半分冗談です。ちゃんとスパッツも着用していますから下から撮っても大丈夫です」
パンダレイが立ちあがって照れ笑いをする。
そういう問題かなあ。
「コーヒーを飲んで、歯を磨いたら出発です。お茶請けになぎささんお手製の羊羹は出しますか?」
キッチンからレイの声がかかる。
「うん、もらおっかな。ありがとう」
最近ナギチのスイーツ作りの動画は、和菓子編に突入しているらしい。おすそ分けに色々もらえるんだけど、和菓子って甘さ控えめだし実質0キロカロリーだからいくら食べても安心だよね♪
「コーヒーに合うかは微妙だけど、羊羹大好き!」
「これはですね、なぎささんがコーヒーに合う羊羹というテーマで動画を制作されていまして。その時の完成品です」
へぇー。コーヒーに合う羊羹かあ。
「これはなぎささんの受け売りですが、もともと餡子はコーヒーの苦みと相性が良いとのことで、餡子の後味の甘さとコーヒーの苦みを調和させる数値を割り出してこし餡の甘さを調整されたのがこれです」
「なんだか研究テーマっぽいなあ。料理は科学とは言うけれど、ホントにそういう研究もありそうだね」
たんに勘で作っているだけじゃダメなのはわかるけど、突き詰めると甘みと苦みの感じ方まで数値化しないといけないのかあ。
「このコーヒーも、豆の種類、焙煎の仕方も調整されているので、きっとおいしくいただけますよ」
そう言って香りが強めなコーヒーとこし餡の羊羹を2切れ、ボクの前に出してくれた。
「ほぇー。そんなすごいものをちゃんと理解できるかな。いただきまーす」
まずはコーヒー。
んー、苦みを感じさせる強い香りが鼻いっぱいに広がってしあわせー。
あふー、深煎りの重厚な苦みが染みるねー。眠気がじんわりと消えていくのを感じるよ。温度も飲みやすく調整されてて助かるわー。
「コーヒーおいしいなあ。ここでさらに羊羹を投入すると?」
フォークで小さく切って、いただきます。
甘っ! でもスッと溶けて消える後味のすっきりさ。洋菓子のグラニュー糖にはないやさしさがここにある!
もうちょっと羊羹を大きく切ってー、口に含んだ状態でコーヒーを1口。
「こ、これは⁉」
「どうですか? お口に合いましたか?」
「う、うまいぞぉぉぉぉぉぉぉ!」
なんだこれは。コーヒーと餡子。合いすぎじゃないか! え、なんでコーヒーに入れる砂糖ってグラニュー糖なの⁉ もう直接餡子入れるので良くない⁉ え、うそ、これ今まで知らなかったの人生損してんじゃん!
「合い過ぎる! これはマリアージュなんてもんじゃない!」
「それはよかったですね。この映像を送ってあげたらなぎささんも喜ぶと思います」
映像? ボクの食リポ撮影されてたの? 素でオーバーリアクションしてて超恥ずかしいんですけどっ!
「ちょちょちょ、ちゃんとした食リポ取り直そ? もっと良いやつやるからさ」
「こういうのはファーストテイクが1番良いのです。それにもう、なぎささんに送ってしまいました」
ええー! はずかしいってばー。
ピロンッ。
あ、ナギチからDMが。
『好き♡』
うん……既読スルー。
「さ、集合場所へ行かなきゃ!」
「コーヒーを飲んだあとは、しっかりと歯を磨きましょうね」
「はーい」
さて、いよいよ定期公演だ!




