第47話 新年会? いいえ『脳波信号VampireType-B』よ
「みんな、急に集まってもらって悪かったわね」
花さんがボクたちマネージャー陣を全員集めたということは――。
「新年会のお誘いやんな。今日は浴びるほど飲むんや~」
シオがこぶしを高々と突き上げる。
「会場のほうはわたしが予約しておきます」
「処女の生き血を出すお店、頼むわね」
「かしこまりました。検索してみます」
そんな物騒なお店、検索結果に出るわけないでしょ……。
「新年会いいねー。じゃあボクはこのあと別の新年会があるからお先に失礼しますね」
この集団に巻き込まれたら一巻の終わりだ。あっという間にお菓子と生き血とオイルまみれ、スキャンダルまみれにされてしまう。
「あいつをつかまえるんや~。火あぶりにして生き血を真祖の末裔様に捧げるんや~」
「うわっ、面倒な話題がこっちきた⁉ ちょっと都! いい加減黙ってないでこの状況を何とか……都さん?」
ツッコミ役不在のコントはつらいのよ。都さん、難しい顔していったいどうされましたか?
「おーい、都ー? ずっと黙って……お腹減ったの?」
都、無言。
「ミヤちゃんどうしたんや? なんや悩みごとかえ?」
シオも近づいてきて都の顔の前で手を振る。
しかしそれでも何の反応も示さない。
「おーい、おーい。都さーん? おもち食べ過ぎでもちもち?」
ほっぺたをむにっと引っ張ってみてもやっぱり無反応。
いよいよおかしい……。
「ふふ、実験成功ね♪」
ウタが軽やかなステップを踏みながら近づいてくる。
最近苦虫を嚙み潰したような顔ばっかりしていたウタとは思えないステキな笑顔ですね。
「いつになく上機嫌だねえ。実験って何?」
「せ・ん・の・う♪」
人差し指でボクの鼻をちょんちょん触るのはやめて?
って、洗脳⁉
「洗脳って何⁉」
「あ、ウタちゃんやってしまったんやな……。ダメやって言うたやんか……」
「そう、吸血鬼の支配下にね♪」
マジで⁉ え、じゃあ都って――。
「血を吸われて吸血鬼になっちゃったの⁉」
「今から私の奴隷よ♪」
ウタが都の顔に自身の頬を寄せながら微笑む。しかし都はまったくと言っていいほど反応をしない。よく見れば目の焦点もあっておらず、どこか遠くを見つめているように見える。
「ちゃうねん。だまされたらあかんで」
シオが深く深くため息をついた。
「ちゃう?」
「これはトリックや。耳の後ろをよく見てみぃ」
シオに促されて都の背後に回る。
と、左耳の裏に5mmほどの金色に輝く金属――チップが装着されていた。
「あ、これチップだ⁉『脳波信号バイパスくんUltima』だ!」
『脳波信号バイパスくんUltima』とは、脳が出す運動系の指令を体に伝わらないように良い感じにチップに集積して記録する――つまりチップを装着された人は、体の自由が奪われて身動きが取れなくなるという恐ろしい発明品なのだ。
ちなみにサクにゃんのチームが開発したものだよ。
チップをつけられていたから、都の自由が奪われて吸血鬼の奴隷になったかのように見えたんだ……。だまされたわ。
「カエちんちゃうねん。それは『脳波信号バイパスくんUltima』じゃないねん」
「違うの? これはいったい?」
「バレてしまってはしかたないわね。それは『脳波信号VampireType-B』よ」
「『脳波信号VampireType-B』だって⁉……って、なにそれ?」
乗っかってはみたものの、まあ、バンパイアなんだろうなーってのと、Type-Bって血のブラッドのことなんだろうなあってことくらいしかわからないんですけど。
「まるで吸血鬼に支配されたかのように、体の自由が利かなくなるという血の呪いのアイテムよ」
ウタが自慢げに腕を組みながら宣言する。
「つまり『脳波信号バイパスくんUltima』と同じ?」
「ちゃうねん。体の自由を奪うだけじゃないねん。起動中の記憶も奪うねん」
「あー、そうか。『脳波信号バイパスくんUltima』は体の自由が奪われるだけで、首から上は普通に動いて会話できるはずだもんね。Type-Bさらにやばいやつじゃん……」
もはや体の自由が奪われていることすらも気づけない……たしかに実質的には洗脳だ!
「こんなものをサクにゃんたちが?」
サクにゃんチーム大丈夫か? これはやりすぎなのでは?
「私が違法改造しました。えっへん」
ウタが胸を反らして自慢げに言う。
「えっへんじゃないでしょ。せっかく試験をパスした製品版のはずなのに、それを違法改造しないでください」
「気づかれなければどうということはないのよ。気づかなければ今までと変わらない平和な世の中なのよね」
「無茶苦茶な理論だよ……。ダメ、早く外して自由にしてあげて」
都がかわいそうでしょ。
「楓、周りを見てみなさい」
周り? ウタは何を言って……あれ⁉
「花さん⁉ レイ⁉ え、シオも⁉」
みんな遠い目をしたままかたまってる⁉
「まさかみんなの自由を⁉」
「この世はすべて私の思うがまま。私という偉大なる吸血鬼の末裔の支配下に置かれることになるのよ」
ウタがテーブルの上に仁王立ちになる。高らかな笑い声とともに世界征服を宣言した。
「そんなことボクが許さな……あれ、体が動かない⁉」
うわー、ボクの体の自由が⁉
「あなたの耳の後ろには特別に『脳波信号バイパスくんUltima』を取りつけておいたわ」
「な、なぜそんなことを⁉」
「最後まで意識を奪わないほうが楽しめるじゃない?」
ウタがボクの頬に舌を這わせる。
「うぅ……みんな……ボクに力がないばかりに助けることもできず……」
「さあ、じっくりとその血を吸わせてもらうかしらね。ああ、恐怖が最高のスパイスになるわ……」
ウタが恍惚の表情でボクの首筋を嘗め回す。
ああ、みんな……ごめん。ボクだけ先に吸血鬼の奴隷になってしまうみたいです……。
「いただきます♡」
ウタの長く伸びた犬歯が首筋に突き刺さったところで、ボクの意識は途絶えた。
* * *
「という夢を見たんだ……ホント怖かった……」
「ずいぶんうなされていたので心配しました。それはこわかったですね」
「レイー、ウタが怖いよぉ。吸血鬼の奴隷になりたくないよぉ」
夜中。
ボクは悪夢にうなされていたらしい。寝汗びっしょりのまま、レイの胸で泣いた。
夢で良かった……。初夢じゃなくて良かった……。こんなのが正夢になったとしたら……。




