第46話 その時ボクは、時間を跳躍した?
「メイメイ……小籠包100個も注文したの⁉」
テーブルが小籠包の蒸し器のタワーで埋まっている……。
「カエくんカエくん、1箱に4つ入っているので400個ですよ~」
メイメイが一番上の蒸し器を開いて中を見せてくる。閉じ込められていた湯気が開放されるとともに、小ぶりでかわいらしい小籠包の4つ顔をのぞかせた。
まったく……うれしそうに言うんじゃないよ!
1人100個食べないといけないの? ほかの食べ物何にも注文できないじゃん……。そもそもメイメイ以外小籠包100個も完食できないんじゃ……。
「ええ……それでこれ、どうするのさ……」
「小籠包初めてですか~? 諸説ありますけど~、まずは破れないようにこの大きなレンゲ上に1個乗せて頭のところを箸で破って~」
「いや、小籠包の食べ方ではなくてですね……」
あ、小籠包ってそうやって食べるものなんだ? 中の肉汁は熱いし、しばらく冷めるまで置いておいてから食べてたんだけど、いつも油断してやけどしちゃってたんだよね。
「まあまあまあ、今日は小籠包を食べに来たわけだし、メイメイちゃんが気を利かせてたくさん注文してくれたわけだし、皆の物、心行くまでたくさん食べるポン!」
小籠包の神様はとっても前向きね……。あとその設定いつまで続けるの? 毎回神様のセリフの時だけ付け髭するの大変じゃない?
「いっただきま~す♡ アチチ。いや~ん、舌やけどしちゃった~♡ カエちゃん唾つけて冷やして~♡」
ナギチが若干赤くなった舌を出しながら迫ってくる。
メイメイの食べ方の説明聞いてた? 目をつぶって……何どうしてほしいの? ここでボクがその気になって、ホントにその伸びた長い舌を吸ったらどうする気なのさ……。
「はいこれ」
コップを持ち上げて、中の氷水にナギチの舌を漬けて冷やしてやる。
「ひゃん! つふぇふぁい!」
ナギチは声にならない悲鳴を上げて、すぐに舌が引っ込んでいった。
まったくもう……。あざすぎるとそのうち痛い目に合うよ……。
「おいしいですね~」
「なかなか良き! 食べ放題とは思えないクオリティですな~ポン♡」
向かいのコンビはこちらの席など気にも留めていないのか、すでに小籠包のディップパーティーが始まっていた。レンゲを4つ使って、1箱全部違う味を……動きが洗練されている!
え、あれ⁉ こっちに積まれている蒸し器の中身がもう空になってる! すでに食べ終えて空の蒸し器が……もう20個も⁉ え、いつの間に⁉ ボク、まだ1つも食べてないのに⁉
「ボクも食べてみようっと。そろそろ少し冷めて食べ頃かな?」
メイメイのマネをして、レンゲに小籠包を1つ乗せる。上のクルクル巻かれた頭の部分を箸で割って、と……最初は何をつけたら良いかな。
「カエくん、最初は何もつけずに中のお汁を吸ってみてください~」
「最初はプレーンがいいのね。熱くないかな……」
「ちょっとレンゲにこぼして飲めば冷ませますよ~」
おお、なるほど。
言われたとおりにレンゲを傾けて中の汁をこぼしていく。
きれいな油! あーこの匂い。めちゃくちゃ食欲をそそるね。
「いただきまーす!」
ふーふーしたあとに、レンゲに口をつける。
これは――。
「ん、まい! 肉汁うまっ!」
「神の飲み物だポン♡」
ホント神だ!
小籠包の神様ありがとう!
「えー、ホントおいしい! 中身もそのまま食べて良いのかな?」
「最初はそのままがぶりと! やっちゃえニッサン!」
マキ……もう、えーちゃんはそのCMやってないんだよ。でもなんかちょっと似てる……。もしかしてメイメイってモノマネもできる人かな。これまでモノマネしてるところなんて見たことなかったけど。特徴を捉えるのがうまいっていうか、まあ役者ってみんなそういうものだったりするのかな?
と、そんなことより小籠包!
「おほー! 中身もうまー! もちもちの皮と中のお肉が絶妙! ちょっと量が少なくて、もっと食べたいってなるね!」
「ですよ~。だから4個セットしてから次々に食べるんですよ~」
気持ちはわかるけど、若干お行儀が悪いような……。まあ食べ放題のお店だからそれくらいは許されるかな?
「次はなんかタレをつけてみたいな。何があるんだろ」
えーっと、しょうゆと黒酢とポン酢と酢コショウ? 酢コショウって何だろ。
「カエちゃんはレンゲを持って待っててね。私が乗せてあげる♡」
ナギチが小籠包をつまんでボクの空のレンゲに乗せてくれる。
「ありがとー。次は定番の黒酢かな? カエちゃんはお酢好きな人?」
「んーそんなには得意じゃないかも。しょうゆのほうが良いかなあ」
すっぱいのはそこまで得意じゃなくて。むせちゃうし。
「それなら1滴だけ、香りづけにね♡ ベースはおしょうゆにしましょ~」
ナギチは手慣れた手つきで小籠包の頭を割っていく。肉汁はこぼさずに、中に黒酢を1滴だけ垂らすと、今度はしょうゆを3滴ほどたらした。
「ふ~ふ~ふ~♡ おいしくな~れ、ナギナギちゅ~ん♡」
初めて聞いたわ、その掛け声。
「あ、ありがとね、ナギチ。……いただきます」
「どういたしまして~♡ じゃあ両側から同時に食べようね♡」
なんでやねん。1人で食べさせてよ。小籠包でポッキーゲームやろうとする人初めて見たわ。
がぶり。
ポッキーゲームのルール無視。1口で小籠包をまるごと口に放り込む。
「あ~ん♡ 私の分がない~♡」
なんでちょっとうれしそうなのさ……って、うまい! 口の中に広がる黒酢の香り! これならすっぱくないしぜんぜん嫌じゃない。むしろこの香りが心地良いぞー!
「黒酢おいしいじゃん! 香り付けならぜんぜんいけるわ!」
やるなー、ナギチ。
小籠包好きっていうだけあるね。良い食べ方知ってるんだ。
「こちらご注文のシュウマイと、カニシュウマイと、エビシュウマイです。空いている器はおさげしますね」
ウェイトレスさんが次の蒸し器を持ってやってきた、だと⁉ 小籠包400個あるんだぞ⁉ 誰だ、追加注文なんてしたやつは⁉
「わ~、ありがとうございます~!」
小さく拍手している人物……メイメイだ!
やはり犯人はメイメイ。いつの間に追加注文を⁉ 注文用のタブレットはこっちに回収してあるはずなのに!
「まだ小籠包たくさんあるのにどうするのさ……」
「え~、もう全部食べちゃいましたよ~。カエくんのところのしか残ってませんよ~」
うっそ⁉
え、これも空? これも空? 100個あった蒸し器が全部空だ! KARA⁉
「そんなまさか。ありえない……ボクはいつのまに時間を跳躍したんだ……」
まだ2個しか食べてないのに。400個あった小籠包が残り2個⁉ ボクAIリカイフノウ……ピーピー。
「わ~シュウマイもおいしそうですよ~」
「私もシュウマイ大好き♡ カエちゃん、あ~ん♡」
「わたしカニシュウマイ好きなんだ♡ ポン……マイ」
キャラ!
シュウマイの神様を急きょ作るんじゃない!
こうしてボクはおそろしい大食い3人組に囲まれながら、飲茶食べ放題のお店の完食レコードを大幅更新したのだった。
そもそもなんだよ。その完食レコードって……。
チャンピオンはお店の壁に写真を飾られるシステムだっていうけど……やっぱりここはフードファイターが集う店だったのかな。
いや、ちょっと待って? 今までのチャンピオンの写真って……メイメイとレイだ! すでに常連かっ! だからあんな無茶な注文が通ったのか……。ちょっと店ー! 殿堂入りとか何とかでこの人たち出入り禁止にしてよー!




