第45話 ボクとナギチとメイメイと小籠包の神様と
「メイメイちゃん遅いぞ~」
駅ビルの前。大きな動作で手を振っているのは、マキだった。
「ししょー、遅くなりました~。まだ時間間に合いますか~?」
メイメイの声のトーンが上がり、マキに走り寄っていく。マキの口元に何か……白い髭?
「ギリセーフ! あと5秒だポン!」
ああ……あなたが小籠包の神様でしたか……。急に帰りたくなってきた……。
「良かったです~。私、しっかりとお腹すかせてきましたよ~!」
自分のお腹を叩いて見せる。
メイメイがめずらしく紺色のコンビニットワンピースを着ていた。普段よそ行きの時にもめったに着ないフレアスカートのワンピース。その理由をボクは知っている……。
メイメイはこのあと限界まで食べる気なんだ。食べても太らないメイメイと言えども、物理法則には逆らえない。そう、食べた後はお腹ポッコリさんに。それを目立たなくするためのワンピース……。
「私はカエちゃんと2人きりが良かったなぁ……」
ボクの横にはナギチ。若干テンションが下がり気味の様子で並んで歩いている。
まあね、ボクも最初はそのつもりで提案してたんだけどね。だけどナギチも自業自得なところあるよね。あの誕生日会の控室で「デートの約束をした」って自慢しまくったのはナギチでしょ? だからこうなってるんだよ。口は禍の元ってね。
「さあ、飲茶食べ放題に行くポン」
はい、小籠包の神様……。
ボクと、ナギチと、メイメイと、白い付け髭装備の小籠包の神様の4人かあ。しっかりコスプレまでして、今日はその設定で行くんですね。マイフレンド……。
このメンバーで食べ放題は……マジでいきたくないな……。
* * *
お店の前にはたくさんの人が並んでいた。それにもかかわらず、ボクたちは着いてすぐに待たされることなく席に案内される。予約をしているってすばらしいね。それだけは小籠包の神様に感謝だわ。
ボックス席のベンチシート。ボクとナギチ、メイメイとマキが並んで座る。
ナギチ近いよ……。座席の配分守って。
体を押して遠ざけると、ナギチは若干不服そうな表情で「ぶぅー」と鳴いた。それを見て、何がおもしろいのかマキが大きな声をあげて笑う。
満員電車じゃないんだから、もっと席はゆったり使おう?
「お時間90分制となっております。当店のご利用は初めてでいらっしゃいますか?」
「はい、初めてです!」
ウェイトレスさんの確認に、マキが手を上げて元気よく答える。
「ご来店ありがとうございます。それではご説明します。当店オーダーバイキングとなっておりまして、そちらのタッチパネルからご注文いただけます。お飲み物はセルフサービスとなっておりますので、左手奥のバーカウンターをご利用ください。料理の食べ残しが多い場合は追加料金をご請求させていただくこともございますのでご注意ください。説明は以上になります。何かご不明な点がございましたらタッチパネルから従業員をお呼びください。それでは失礼いたします」
ウェイトレスさんはめちゃくちゃ早口で淀みなくマニュアルを読み上げると、早々に立ち去っていった。
「すごいねえ。まるで早口言葉だ」
「ここの教育は行き届いているわね。あっちのテーブルでも他の店員さんが一言一句まったく同じ説明をしていたわ」
マキが隣のテーブルに目線を送る。
さすがマキ。隣のテーブルの観察まで……大学生くらいの男女のカップルだ。うらやましかったのかな?
「ここの制服かわいいですし、アルバイトしてみたいですね~」
「私もウェイトレスしてみようかな~。どうかなカエちゃん♡」
「いや、うん。似合う……んじゃないかな?」
そんなに上目遣いでにじり寄られてもね……。基本ナギチは何着ても似合うよ。スタイルめっちゃ良いし。……宇宙で二番目にかわいいらしいし?
「制服売ってもらえるか聞いてこようっと♪」
「待ちなさい」
席を立っていこうとするナギチの手をつかんで止める。
なぜ斜め上の行動を取ろうとするのか。お店の制服を買おうとするな。
「ダメに決まってるでしょ! ボクたちは客! おとなしく飲茶を食べる! お金を払う! 帰る! これ以上のことをしちゃダメ。わかった⁉」
「は~い。あとで記念撮影だけでもお願いしよ~っと」
わかってるのかな、ホントに……。
「カエく~ん、飲み物持ってきましたよ~。カエくんはこのブレンド茶が好きなんですよね~?」
いや……その濁り切った泡出てる飲み物何? 絶対お茶じゃないよね。炭酸とかいろいろ入ってるよね⁉
「自分で持ってくるから大丈夫。それはマキが飲んでて」
「なんでわたしなの⁉ わたし何も言ってないよ⁉」
若干ニヤつきながら烏龍茶を飲んでいたマキが慌てたように抗議する。
「メイメイが1人でこんなことするわけないでしょ。絶対マキがやらせたに決まってます」
「濡れ衣だ~! メイメイちゃん、カエデがいじめるよ~!」
マキがメイメイに抱きついて胸に顔をこすりつける。たまにチラリとこちらを見て悪い笑みを浮かべている。
くっ……無視しよう。ボクも烏龍茶とってこよーっと。
* * *
「それにしてもこのお店大盛況だね。バーカウンターめっちゃ混んでたわー」
と、ボクが烏龍茶を片手にテーブルに戻ると、すでに事件は起きていた……。
「これはいったい何事……? マキ⁉」
「いやいやいや、これはホントに! 絶対にわたしじゃないから!」
首がちぎれんばかりにブンブン振って否定する。
じゃあ、ナギチ⁉
「う、うちやないよ⁉ なんもしてへん!」
エセ関西弁が出てる……ってことは違うか。
「ということは……メイメイさん?」
「しゅん」
メイメイが下を向いて反省していた。
犯人はメイメイ。
小籠包の蒸し器がテーブルいっぱいに、座ったらお互いの顔が見えないくらいにうずたかく積まれていた……。
蒸し器の数が10個……が10段……合計100個も⁉
「いつの間に、こんなに頼んじゃってもう……」
店側も注文上限とかつけておけよー!
え、でもどうするのよ、これ⁉




