第40話 バースデーイベント1~ハルル
誕生日会なのに1人……お菓子がいっぱいだけど、微妙に誕生日感がない……。ホールケーキをみんなで囲んでロウソクの火を消したりしたい……。べ、別にかまってちゃんじゃないんだからねっ!
「BGMとかほしいなあ」
あまりに退屈で、ぼんやりと独り言をつぶやいてしまう。
と、オルゴールのジングルベルが流れ出す。
あれ? 誰かボクのお願いを聞いてくれたのかな? まあ、もう新年明けたけどね……。
ふーむ。
ケーキに、このチョコレートのポッキーでもロウソク代わりに立ててみるかな……。
17本……は無理だ。剣山みたいになっちゃう。3本くらいで良いか。んー、火の代わりに……ポリンキーのめんたいこ味でも刺しとくか。……なんかそれっぽい。
ハッピバースデートゥミー♪
……むなしい。
チップスターを2つ咥えて、アヒル! グワッグワッ。
……むなしい。もう帰りたい。
「そろそろ限界やないか? 撮れ高はまあまあやけど、はじめよか」
ん、衝立の後ろからシオの声が聞こえた? もうとっくに限界ですよ。帰っていい?
「カエデちゃ~ん! トップバッターは私よ~♡」
イスを持参したハルルが衝立の陰からひょっこりと現れる。
トップバッター?
「まったくもう。こんなところに押し込めてー。何? これ罰ゲーム?」
回答次第ではホントに帰らせてもらうからね!
「違うわよ~。これからが誕生日会の本番! 順番をクジで決めてたの~」
ハルルが小さくたたまれた紙を広げてみせる。マジックで数字の「1」と書かれていた。
「順番って何の?」
「カエデちゃんとの握手会よ!」
「はい?」
「バースデーイベントよ!」
なんでバースデーイベントでボクの握手会が開かれるのさ……。普通逆じゃない? アイドルと握手したりチェキ撮ったりしたいんですけど⁉ なんか恐ろしい手段でチェキが流出したりしないならね。
「ほら、握手会! 早く握手して!」
ハルルが両手を差し出してくる。
いや、お菓子とかケーキとかテーブルにいっぱいだからこれを片づけないと。
「時間なくなっちゃうでしょ!」
「時間?」
「1人5分って決まってるのよ~」
「ああ、握手会だからか。って5分けっこう長いね。普通は1回10秒だったりしない?」
「え~、5分でも短いわよ~。50年にしたいのに~」
どんだけー。おばあちゃんになっちゃうよ。
「はいはい、わかりました。5分でいいです。で、握手すれば良いの?」
おそるおそる右手を差し出す。ハルルの両手が迎えるようにボクの右手をがっちりと抑え込んでくる。
ハルルの手、つめたっ! 汗びっしょりだし……。
「ふっ、カエデちゃんの手、汗びっしょりね」
ハルルが鼻で笑ってくる。
「いやいや、ボクじゃないよ。ハルルの汗だからね。とりあえず拭いたら?」
負けじとボクも鼻で笑ってあげよう。
「い・や・よ! 握手の時間が減るでしょ!」
ハルルが力いっぱいボクの手を握りしめてくる。
痛い痛い痛い! ゴリラさん、ボクの手はリンゴじゃないからつぶさないでくださいっ!
「ちょっと力を加減して……。握手なんて形式的なものでしょ。今じゃなくたって良いじゃない……」
「誕生日のカエデちゃんと握手できるのは今だけなの!」
ふーむ。そういうものかあ。まあそう言われればそういうものか……。ボクの握手に価値があるかは知らないけど。
「それで……これはこの先何をすれば良いの?」
「え~と、軽快なトークで私のことを楽しませて、また来たいな~って思ってくれるような握手会にして?」
何その上目遣いにアヒル口……すっごくかわいいですけど、言ってることがエグいんですが。
「あ、そうだ。カエデちゃん髪の毛だいぶ伸びたよね。そろそろあの髪留め使えるんじゃないの?」
ハルルが右手を離してボクの髪に触れる。
くせ毛なので見た目はあんまり伸びてないように見えるけど、実は引っ張れば肩にギリギリ届くくらいまでは伸びてきてるんだ。よくわかったね。
「そうだねー。なんかお守り代わりに端末のストラップとしてつけてたけど、そろそろ本来の役目を果たしてもらおうかな」
夏にハルルからもらった四つ葉の髪ゴム。そろそろつけてみようか。
「せっかくだからハルルが結んでくれる? 人のはできるけど、自分の髪をちゃんと留めたことないから」
「しょうがないなあ。じゃあこっちきて後ろ向いて」
ハルルが苦笑する。
いいじゃない、それくらい甘えてもさ。
言われたとおり、テーブルを脇に避けてから、ハルルに背中を向けて立った。
「髪留めも貸して」
四つ葉の髪留めを端末から取り外し、上半身だけ振り返ってハルルに渡す。ハルルはそれを手ではなく、口で受け取る。すぐに両手はボクの髪を撫でつけ始めた。
「んんっんっん~」
「え、なに?」
髪留めを加えたまま何かをしゃべってくるが、何も聞き取れない……。ハルルが一度口から髪留めを放す。
「相変わらずクセっ毛ねって言ったのよ」
「はいはい、そうですね。このまま伸ばすならストパーかけようかなー?」
「これくらいならヘアアイロンで十分よ」
「ふーん、そういうものなんだ?」
「それに、くしゃくしゃのほうがカエデちゃんっぽくてかわいいわよ」
「はいはい、そりゃどうもー」
でもなあ。きれいに整ったまっすぐな髪にもあこがれるわけで……。痛っ!
「急に引っ張らないでよー」
「んんんん?」
ごめんね、かな? まあいいや、おとなしくしてますからお願いします。
後ろに髪が引っ張られて集められていく感覚。そこまできつくなく、少し緩めに縛ってくれているようだった。
「はい、できました、と」
「ありがとう! えーと、鏡……」
この辺りにはないな……。
「写真撮ってあげる。端末貸して」
お守り代わりのストラップとお別れした端末をハルルに手渡す。
「ほら笑って~。何枚か撮るからポーズポーズ♪」
ポーズ⁉ 蘇るトラウマ……。もう下着姿は……。
「何固まってるの? ほら横向いたり、髪ちょっとかき上げたりしてよ~」
ああ、そういうポーズか。なんだ……。
言われるままにいろいろと……なんかモデルみたい。ちょっと楽しくなってくる。
「ああ、良いわね~。かわいい。良い表情! あ~それ、もっとちょうだい。上目遣いに! 視線外して遠く見て。唇に手を当てて。はい、目をつぶってキス顔もらっちゃおうかしら。キャ~最高♡」
とまあそんな感じで何カットくらい撮影されたのか……。
「ほら見て~。かわいく撮れたわよ♡」
興奮気味にハルルが端末を見せてくる。
お、おお……。これがボク? なんだかちょっとかわいいかも……。
「髪留め1つでこんなに変わるんだ……」
「そうよ~。オシャレはそんなに難しくないのよ。ちょっとずつ興味を持とうね」
ハルルがそっと四つ葉の髪ゴムに触れる。
なんだかちょっと楽しくなってきたかも。サイドの髪だけ三つ編みにしたりするのもやってみたい。
ピピピピ。
会議室の反対側の角のほうからタイマーの音が聞こえてくる。
「あ~もう時間! 握手しそこねたわ!」
恨めしそうにボクを見てくる。いや悪かったってば……。
「じゃあ最後に握手しよう?」
ボクは両手を差し出しながら言った。
「うん! カエデちゃん、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
がっちりと両手で握手をした後、ハルルは小さく手を振りながら仕切りの外へと消えていった。
握手会も悪くない、かな。




